鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

八.市姫と花

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 二月の二十一日には信長の次男、茶筅ちゃせん丸が誕生。
三月の七日には、三男の三七さんしち丸が生まれる…。
 本当は、三七丸が二月十五日に誕生して次男となる筈が、二十日遅れて信長の耳に届いた
為に三男となってしまったのだ。
 命名は、次男が茶筅に出来る程髪の毛が多かったから〝茶筅丸〟。
…三男は、三月七日で〝三七丸〟。
 ……分かりやすい名だ…。

三月三日の桃の節句。
 翔隆は信長の妹姫である市姫(十二歳)の相手をするように言われて、側に居た。
市姫は、花を活けている…。
〈…大人になられたな〉
しみじみと思う。幼い時に少し話し相手をしたり…相手をしてきたが、最近は急に大人びてきた。
「いかがです?」
市姫に言われて、ハッと我に返る。
「え? あ……お美しいです」
褒めると、クスクスとお市が笑った。
「わたくしを見て言われても困ります。花の事です」
「あ……」
翔隆は赤くなって咳払いをすると、横を向いた。
「その…済みません…」
「…昔は、よく相手をして下さいましたね」
ふとお市は話題を変えた。
「父上が亡くなられて…悲しみに沈む中、励ましに来てくれましたね」
お市は懐かしそうに、庭を眺めて言う。翔隆は、それに微笑して頷く。
「信長様も心配されておりましたので……。お市様が悲しい顔をされておられるのは、皆…寂しいですから」
そう言うと、お市はじっと翔隆を見つめた。
「皆…ですか?」
「はい。信長様も家中の者達も皆、お市様が好きですから」
何の他意もなく、笑って翔隆が言った。その笑みを見て、お市はくすりと笑う。
「…その笑顔…変わりませんね…」
「え?」
お市は、微笑を浮かべて懐かしそうに庭を眺めた。
「…あれは、冬でしたね…。わたくしが、どうしても蓮の花が見たいとだだをこねて…」
「あ…お市様は信秀様のお墓に供えて、極楽浄土に行かせてあげたい、と申されましたね」
「ふふ…。そう信じていたのです。…冬だというのに、貴方はあちこちを探し回って…一輪、持って来て下さいました。わたくしはその誠意に感激したのですが…あれは、何か不思議な力で咲かせたのですか?」
「…恥ずかしながら、我が師に頼みまして…」
翔隆が素直に答えると、お市は驚いたような、感心したような表情で翔隆を見つめる。
「…そうでしたか……。ありがとう」
ニコリとして礼を言うと、翔隆は苦笑して俯いた。ふいに、お市は真顔になる。
「…翔隆どの…」
「はい」
「………いえ。何でもありません」
何かを言い掛けてやめると、お市はそっとはさみを置いて再び庭を見つめた。
 …何を言おうとしたかったのかは、翔隆には分からずにいた。
 
 それから、一時後に信長の下に戻る。
側には身籠もっている吉乃きつのの方と膝で甘える奇妙丸(二歳)がいた。
「おう、とび…」
信長が言い掛けると、奇妙丸がよちよちと這って翔隆の側まできた。
「いかがなさいました?」
「あー」
「何か良い事でもあったのですか?」
微笑みながら抱き上げると、奇妙丸は喜んで両手を振って笑う。
「まあ、奇妙丸は翔隆どのの事が好きなのですね」
吉乃きつのが微笑して言うと、信長が笑って言った。
「こやつ、早くもわしの〝軍師〟を取る気か!」
「まあ…」
吉乃の方も侍従も、翔隆と奇妙丸を見て笑った。
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