鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

文字の大きさ
125 / 261
四章 礎

二十七.浅葱

しおりを挟む
  それから、翔隆は睦月を必死で探し回っていた。
 明智光征みつまさ矢苑しおん忠長、嵩美かざみにも手伝ってもらったが、何の手掛かりも無いまま無情に時が過ぎていく…。
 

  雪のちらつく十二月。
 
 侍女達はお産の準備に追われ、翔隆は出仕に行く…。
〈…睦月……何処にいるんだ…っ?! 無事でいてくれ……!!〉
そう思いながら、空を見上げる。すると、信長が側に寄ってきた。
「…また何かあったか?」
「あ……申し訳ございません…。只今…お茶を…」
「茶はいらん。…武田の事か?」
「あ、いえ……私事でございまして……」
悲しそうに翔隆が答えると、信長は苦笑して翔隆の頭をくしゃりと撫でる。
いとまをやる故、行ってくるがいい」
「……はっ…!」
翔隆は深く一礼して立ち去った。
翔隆があんな顔をする時は、〝師匠〟達との事以外に考えられない。――――故に、許したのだ。
 
 睦月を探しに行こうかとも思ったが、翔隆は美濃の竹中半兵衛重虎(十七歳)の下に行った。
菩提山城に着くと、本丸に通される。
半兵衛重虎に会う時は、いつも集落か外だったので、ここに来たのは初めてだ。
お茶を出されて小姓が下がっていくと、翔隆は落ち着かない様子で立つ。
その内に、竹中重虎がやってきて苦笑した。
「殿……茶でも飲まれておられれば宜しいものを…」
そう言って、重虎は座る。
「あ、ああ……済まん。どうも、城は落ち着かなくてな…」
重虎の前に座ると、笑われた。
「大将となれば、いずれ城持ちになりますぞ。慣れておかれなされ」
「う、うむ…」
そわそわとして落ち着かない様子の翔隆を見て、重虎は真顔になって尋ねる。
「何か、重大な事がありましたか?」
「む…睦月がっ! 私の《術》で、睦月が谷に落ちてっ! どうしたらいい?! 見つからぬのだっ…!」
翔隆は、狼狽しながら懇願するように重虎の肩を掴んで言う。
余程の事と見て、重虎は翔隆の両肩を掴んでじっと目を見つめて言う。
「殿。深呼吸をして、落ち着いて説明して下され」
言われて翔隆は、焦心しながらも深呼吸をして俯く。そして一部始終を、重虎に話した。
重虎は頷いて考える。
「…いないという事は、どこぞの民に介抱されているか………もしくは、〔狭霧〕に連れ去られたか、ですな」
冷静に判断して言うと、翔隆が見る間に蒼白した。
「狭霧に…?!」
「有り得るでしょう。裏切り者とはいえ、刺客として放つ程信頼されていた御仁なのですから。私も、矢佐介やさのすけに伝えて探させます故…」
話す途中で、重虎は眉をひそめる。
翔隆が蒼冷めて冷や汗を掻きながら、小刻みに震えていたからだ。
「殿! しっかりなされよ! たとえ狭霧に捕らわれていたとしても、すぐに殺されたりはしませぬ!」
「そう……なのか…?」
なんとも情けない顔で翔隆が聞く。
狭霧の人間に対して、こんなにもうろたえるとは…。
そう思いながらも、重虎はそれを表情かおに出さずに微笑すると、力強く頷いた。
「はい、確信はありまする。…まず第一に、〔狭霧導師〕の守る存在である事。そして、その拓須殿は狭霧に一目置かれる存在……。これらを照らし合わせても、すぐにどうこうするという事は、まず有り得ませぬ」
重虎は、きっぱりと言う。
それを聞いて、翔隆は少し安心したかのように小さく溜め息を漏らす。
「…では、頼む…私も出来る限り探すから……」
「はい」
翔隆は、肩を落としながら城を出た。それを見送り、竹中重虎は溜め息を吐く。
「睦月殿、か…。殿にとっては、本当にあの御仁達が…何よりの支えとなっておられるのだな…」
呟いて、重虎は立ち上がって空を見上げた。以前の義成の時といい…いなくなって混乱する程の支えであるという事は、逆に致命的な弱点でもあるという事。
「厄介だな………この先、何もなければ良いが…」
親のように、兄のように慕い過ぎて、それに捕らわれなければいいのだが…。


 
 邸に着くと、似推里が駆けてきた。
「お生まれになりましたよ!」
「生まれた……」
言われて、はたと気付く。篠姫が産気づいていたのだ!
翔隆はすぐに篠の部屋に行く。
と、篠は生まれた赤子を抱いて乳を与えていた。
「殿、可愛らしい女子おなごにござりまする……したが、掟によれば…この子は…」
篠姫が、悲しげに言った。翔隆は微笑んで篠の横に座り、抱き締める。
「女子だからといって、殺させはしない。安心しろ」
「殿…」
篠姫は大きな瞳で、翔隆を見つめる。それに、翔隆は力強く頷いた。
「名は浅葱。朝焼けの空の色だ…いいな?」
「あい…!」
篠姫は、喜びと安堵で涙を流した…。
 十二月二十四日の事である…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...