鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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五章 流浪

八.長門

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 土佐から伊予に入り、堀江で船に乗って周防の柳井に着いた。
着いた途端に、翔隆は辺りを警戒する。
精神を集中しなくても、〝狭霧〟の気が充満しているからだ。
〈…ここは狭霧の領地…〉
そこから山陽道沿いに西へと向かう。
〈ここは毛利…元就の領地………まさかとは思うが…〉
今川家や斎藤家のように、狭霧と………いや。そんな筈は無い。……そう思いたい。


  それから桜が満開な四月になり、長門ながとの国境に入っていくと、何かが付けてきているのが分かった。
「狭霧が来ていますよ、父上」
樟美が言って馬を止めた。
そして、馬から降りて短刀を抜く。
「数は、五十以上…」
「分かっている。馬の周りを頼むぞ」
「はい。包帯は取っていいですよ!」
「ん…それは有り難いな」
悠長に話し合い、影疾かげときの前後に立つ。

 その内、狭霧一族八十名程が周りを取り囲んできた。
その前に、大将らしき者が出てくる。
「お前が腑抜け嫡子か」
「…嬉しい褒め言葉だな、京羅の小伜」
「…噂と随分と違うな。仲々の度胸じゃないか。オレはお屋形の子では無い。お屋形の長男である弓駿ゆみはやが長男、弓景ゆみかげだ!」
「ほう………随分と一門が多いのだな」
翔隆は感心したように言う。
そんな堂々とした態度に、弓景(三十二歳)は少したじろいでいた。
他の者達も気圧されたようで、一定の距離を保って近付こうとしない。
〈噂は人を惑わすというのは本当だな…〉
つくづく思いながら、翔隆は身構えた。 
「さあ来い!」
「うおおっ!」 
雄叫びを上げて、二十名程が襲いかかってきた。
翔隆は手刀や蹴りなどで相手を打ちのめし、樟美はすばしっこく動いて敵を翻弄し、虚をいて相手の急所を短刀で突いている。
卑劣な手を使おうと浅葱を狙うが、不思議な事に野鳥が守るように飛び交っていて手が出せずにいた。
〈京羅の孫ーーー〉
この男はどう見ても二十代半ば…いや、一族は見た目で年齢が区別出来ないが、ともかく二十~三十に見える。
〈では京羅は幾つなのか…〉
いや、何年生きているのか?
 …それは分からないが少なくとも長男が〝ゆみはや〟という名だという事は分かった。
翔隆は京羅てきの系図があれば有り難いな、などと思う。
〈京羅ーーーいや、狭霧の系図などあるのか…?〉
考えながらじっと弓景を見ると、しかめっ面をされた。
「薄気味の悪い奴め!!」
そう叫んで弓景は刀を弾いて残った手勢を連れて引き上げていった。
「…何処が気味が悪かったのだ…?」
思わず呟くと、樟美が足元に来る。
「また何か考えながら相手を見てましたか?」
「ああ…それが悪いのか?」
「そうでしょうね」
そんな会話をしながら、翔隆と樟美は息を整えて浅葱を見る。
浅葱は馬上で色とりどりの野鳥と戯れて笑っている。
「鳥に、好かれたようだな」
「はい」
樟美が答える。
一族としての《力》か、天性のものかは分からないが頼もしい護衛が付いたようだ。
新しい供を引き連れて、翔隆一行は更に西へと向かった。
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