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五章 流浪
九.吉弘鎭種
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海を渡り、筑前の芦屋津へ着く頃には、五月となっていた。
今日も雨が降っている。ここまで来ると、もう銭が無くなっていた。
懐かしい竹の弓矢で狩りをして鳥や獣を捕ったり、木の実などで食事をして、野宿をする。
だが、雨の中で廃屋や木々の下で寝るのは、幼子には辛いものであった。
食は何とかなるが、住居がどうにもならない。
働こうにも関所が厳しくて町には入れない。
翔隆は魚や鳥を捕って、見付けた廃墟の中に子供らを入れた。
「魚は焼いておいたから…腹が減ったら食べていろ。ここの近くの岩屋城に用があるから」
「目隠しは取った方が…」
「大丈夫だろう」
そう言って翔隆は行ってしまう。
「…取らないと不審に思われるのに……」
呟いて、樟美は羽を毟った鳥を吊るした。
岩屋城に忍び込んだ翔隆は、ある人物を探していた。
岩屋城城主が、この辺りの一族をまとめて率いているらしいのだ。
人間と関わる上での協力関係らしいが…。
目隠しをしていても、城内の仕組みは何処も似たような物なので、屋根裏や縁の下に潜り込んで様子を窺う。
―――と、いきなり左右からガシッと両腕を掴まれた。
〈しまった…!〉
不覚にも、ここの乱破か一族に捕まってしまったのだ。
相手も〝気〟を消していたので、分からなかったのだ…。
一斉に押さえ込まれて両腕を縛られて何処かへ連れていかれる。
〈参ったな……樟美の言う事を聞いておけば良かったか……〉
そう思いながらも何も言わずに従い、何処かの一室に放り込まれる。
と両腕を丸太で縛り上げられて、いきなり竹刀で叩かれた。
「貴様! どこん間者だ!」
「――――っ」
「言わなかか!!」
奉行らしき者が、容赦なく叩き付ける。
何だか憂さを晴らしているようにも思えた。
〈…哀れだな……〉
などと思うが、その内何も考えられなくなっていった。
三刻程経ったであろうか…?
誰かの足音が聞こえ、ガラリと戸が開く音がした。
「こ奴か、忍び込んだ細作とは」
「はっ。仲々しぶっちく、呻き声一つ上げませぬ」
「ほお…」
その者は、翔隆の前に立ち、じろじろと見る。
「…盲の細作とは間抜け過ぎるとよ。名は!」
「……………」
まだ翔隆は何も言わない。
すると相手は鼻で笑って翔隆の包帯を乱暴にひっぺがした。
すると、翔隆はギロリと相手を睨む。
「ほお! 目の見えるんか!」
「…名は?」
「……?!」
捕らわれの身のくせに名を聞いてくるとは、大胆不敵な事だ。
その男は、フッと笑って腕組みをする。
「ふはは! これは面白か! おれなここ岩屋城ん城主の一門、吉弘鎭種!」
「やはりそうか。私は不知火の翔隆。それだけ言えば分かるであろう?」
「翔隆……!!」
鎭種は驚いて目を丸くする。声は太いが、まだ元服したての若者に見える。
その内、鎭種は人払いをして縄を解いてくれた。
「何用あって来よる!」
「貴殿に話があって…」
「聞かいなか!!」
「聞いてくれ!」
必死に言うと、鎭種は翔隆を睨み付けた。
「おれはなあ! お前のような、うじうじしてから押し付けのましい男は好かんだ!! おれの主君ば持つんば認めて欲しかの為に、おれらば巻き込んで盾にするんか?! ただ単に《力》があればがあればいいってものではないっ! たった八つん掟も守れず、己の不始末も己で片付けられぬような奴に仕えるなんて、まっぴら御免なんやっ!!」
「――――…」
真正面からまくし立てられて、翔隆は言葉を失っていた。
「ハッ! なんば呆けて…まるで都の〝お姫様〟のようやなかか! こぎゃん事位でなんも言えなかようで、なんが…」
バキッ 言葉が出ずに、出たのは拳だった。
「私は…っ! そんなつもりで長になろうというのではない!」
「でな、どげんつもりなんだっちゅう?!」
それでも鎭種はまくし立てる。
「自らやってくるような愚か者がっ!! 大将たる者は、大局ば見て考えねばならなかなんだ! こんな所へ来て、他ん一族はどげんしたっ!? 置いてきよったんか! どうせ軍師でも立てて来よるのやろう?!」
「………!」
図星なだけに、何も言い返せなかった。
「貴様の為に盾となって戦ってくれとる一族の気持ちば考えた事があるか?!」
…一族の気持ち………。
「ここへ来るまでに〝長〟として何かを成したか!?」
……いや、無い。
「大将とは! 感情に流される事なく、常に大海ば見つめ、どうすれば一族の為となるかば考えねばならんのだっ! それが出来るバイか?!」
いや、出来まい…。
「じっと機ば待ち敵ば翻弄し、貴様ば守ろうとしてくれる一族の心に酬いられるんかっ?!」
「―――――」
「ふん………なん一つ出来なかいなら、貴様に長ば名乗る資格やらなんやら―――無か!!」
そう、断言されてしまった。
全ての言葉が分かる訳ではなくとも、その意味は通じていた。
その全ての言葉が胸に突き刺さり、当てはまり過ぎている。
何もかもを否定され、思想を根底から崩されたような気になり、茫然としてしまった。
それを見て、鎭種は胸糞悪そうに舌打ちする。
「さっさと消え失しぇろ! 二度とと来んしゃーな!!」
そう言い放って、荒々しく出て行ってしまう。
〈……資格………………〉
翔隆はそのままよろよろと城を出た。
地面が、空がぐにゃりと曲がって見える…。どうやって来たかは分からないが、子供達の待つ廃墟に行くと、そのまままた歩きだしてしまう。
尋常では無い父の様子に戸惑いながらも、樟美は浅葱を影疾に乗せて捕った獲物も乗せて、後に続く。
「ととさま…?」
浅葱が話し掛けるが、翔隆は虚空を見たまま歩き続けている。
樟美も影疾に乗り、保存に優れる食料を取り出しておく。そして、絵図を書く。
「きっと、失敗したのだろう。そっとしておこう?」
「あい…」
心配だが、どうする事も出来ない。
今日も雨が降っている。ここまで来ると、もう銭が無くなっていた。
懐かしい竹の弓矢で狩りをして鳥や獣を捕ったり、木の実などで食事をして、野宿をする。
だが、雨の中で廃屋や木々の下で寝るのは、幼子には辛いものであった。
食は何とかなるが、住居がどうにもならない。
働こうにも関所が厳しくて町には入れない。
翔隆は魚や鳥を捕って、見付けた廃墟の中に子供らを入れた。
「魚は焼いておいたから…腹が減ったら食べていろ。ここの近くの岩屋城に用があるから」
「目隠しは取った方が…」
「大丈夫だろう」
そう言って翔隆は行ってしまう。
「…取らないと不審に思われるのに……」
呟いて、樟美は羽を毟った鳥を吊るした。
岩屋城に忍び込んだ翔隆は、ある人物を探していた。
岩屋城城主が、この辺りの一族をまとめて率いているらしいのだ。
人間と関わる上での協力関係らしいが…。
目隠しをしていても、城内の仕組みは何処も似たような物なので、屋根裏や縁の下に潜り込んで様子を窺う。
―――と、いきなり左右からガシッと両腕を掴まれた。
〈しまった…!〉
不覚にも、ここの乱破か一族に捕まってしまったのだ。
相手も〝気〟を消していたので、分からなかったのだ…。
一斉に押さえ込まれて両腕を縛られて何処かへ連れていかれる。
〈参ったな……樟美の言う事を聞いておけば良かったか……〉
そう思いながらも何も言わずに従い、何処かの一室に放り込まれる。
と両腕を丸太で縛り上げられて、いきなり竹刀で叩かれた。
「貴様! どこん間者だ!」
「――――っ」
「言わなかか!!」
奉行らしき者が、容赦なく叩き付ける。
何だか憂さを晴らしているようにも思えた。
〈…哀れだな……〉
などと思うが、その内何も考えられなくなっていった。
三刻程経ったであろうか…?
誰かの足音が聞こえ、ガラリと戸が開く音がした。
「こ奴か、忍び込んだ細作とは」
「はっ。仲々しぶっちく、呻き声一つ上げませぬ」
「ほお…」
その者は、翔隆の前に立ち、じろじろと見る。
「…盲の細作とは間抜け過ぎるとよ。名は!」
「……………」
まだ翔隆は何も言わない。
すると相手は鼻で笑って翔隆の包帯を乱暴にひっぺがした。
すると、翔隆はギロリと相手を睨む。
「ほお! 目の見えるんか!」
「…名は?」
「……?!」
捕らわれの身のくせに名を聞いてくるとは、大胆不敵な事だ。
その男は、フッと笑って腕組みをする。
「ふはは! これは面白か! おれなここ岩屋城ん城主の一門、吉弘鎭種!」
「やはりそうか。私は不知火の翔隆。それだけ言えば分かるであろう?」
「翔隆……!!」
鎭種は驚いて目を丸くする。声は太いが、まだ元服したての若者に見える。
その内、鎭種は人払いをして縄を解いてくれた。
「何用あって来よる!」
「貴殿に話があって…」
「聞かいなか!!」
「聞いてくれ!」
必死に言うと、鎭種は翔隆を睨み付けた。
「おれはなあ! お前のような、うじうじしてから押し付けのましい男は好かんだ!! おれの主君ば持つんば認めて欲しかの為に、おれらば巻き込んで盾にするんか?! ただ単に《力》があればがあればいいってものではないっ! たった八つん掟も守れず、己の不始末も己で片付けられぬような奴に仕えるなんて、まっぴら御免なんやっ!!」
「――――…」
真正面からまくし立てられて、翔隆は言葉を失っていた。
「ハッ! なんば呆けて…まるで都の〝お姫様〟のようやなかか! こぎゃん事位でなんも言えなかようで、なんが…」
バキッ 言葉が出ずに、出たのは拳だった。
「私は…っ! そんなつもりで長になろうというのではない!」
「でな、どげんつもりなんだっちゅう?!」
それでも鎭種はまくし立てる。
「自らやってくるような愚か者がっ!! 大将たる者は、大局ば見て考えねばならなかなんだ! こんな所へ来て、他ん一族はどげんしたっ!? 置いてきよったんか! どうせ軍師でも立てて来よるのやろう?!」
「………!」
図星なだけに、何も言い返せなかった。
「貴様の為に盾となって戦ってくれとる一族の気持ちば考えた事があるか?!」
…一族の気持ち………。
「ここへ来るまでに〝長〟として何かを成したか!?」
……いや、無い。
「大将とは! 感情に流される事なく、常に大海ば見つめ、どうすれば一族の為となるかば考えねばならんのだっ! それが出来るバイか?!」
いや、出来まい…。
「じっと機ば待ち敵ば翻弄し、貴様ば守ろうとしてくれる一族の心に酬いられるんかっ?!」
「―――――」
「ふん………なん一つ出来なかいなら、貴様に長ば名乗る資格やらなんやら―――無か!!」
そう、断言されてしまった。
全ての言葉が分かる訳ではなくとも、その意味は通じていた。
その全ての言葉が胸に突き刺さり、当てはまり過ぎている。
何もかもを否定され、思想を根底から崩されたような気になり、茫然としてしまった。
それを見て、鎭種は胸糞悪そうに舌打ちする。
「さっさと消え失しぇろ! 二度とと来んしゃーな!!」
そう言い放って、荒々しく出て行ってしまう。
〈……資格………………〉
翔隆はそのままよろよろと城を出た。
地面が、空がぐにゃりと曲がって見える…。どうやって来たかは分からないが、子供達の待つ廃墟に行くと、そのまままた歩きだしてしまう。
尋常では無い父の様子に戸惑いながらも、樟美は浅葱を影疾に乗せて捕った獲物も乗せて、後に続く。
「ととさま…?」
浅葱が話し掛けるが、翔隆は虚空を見たまま歩き続けている。
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