鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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五章 流浪

十.鍋島信生

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  放っておくと、翔隆はそのまま二十日も歩き続け、佐賀平野にある嘉瀬川の河岸で立ち止まり、側の木の根に腰を下ろした。
樟美は何も言わずにその木に影疾かげときを繋ぎ、浅葱を降ろして竹弓を持って魚を捕りに河に向かい、浅葱が薪となる木の枝を集め始めた。
そんな二人の姿を見つめながら、翔隆は悲しくなってきた。
〈…何で私はこう……すぐに落ち込むのだろうか……〉
我ながら嫌気が差すが、止めようもなかった。
今までの言動を振り返ってみても、一族の為ではなく自分の為の物が多い………。
〈…何でも自分でやりたがるから悪いんだ…。いっそ動けなかったら、諦めも付く…〉
何を思ってか、翔隆は鞍に取り付けてある短刀を抜く。
〈…足でも腕でも切り落とせば……!〉
そう考えて、短刀を振り上げた。
 ――――その時、何者かに後ろからガッと腕を掴まれた。
…見ると、体格のいい、見知らぬ男が立っていた。
「何ばしようとしよっ? そぎゃん思い詰めた顔ばして…」
「……離してくれ」
冷たい目で睨み付けるが、男はただ苦笑して右手をより強く掴んできた。
牢人ろうにんと見受けられるが……死ぬ気か?」
「…違う……」
「では物騒な物は、しまわなかとな」
そう言って男は短刀を取り上げて、鞘に収めた。
翔隆はそれを再び取る気力も無く、溜め息を吐いて木の根に座り込んだ。
と、そこに浅葱がやってきて男をぽかぽかと叩いた。
「ととさまをいじめないで!」
「…随分と若い〝ととさま〟だな。拙者は、いじめたりはしなかよ」
そう言うと、浅葱はじっと男を見つめて害は無いと判断してにこりと笑う。
「おじちゃん、名前は? あたし浅葱」
「拙者は佐嘉城の主で、鍋島なべしま孫四郎信生のぶなりと申す」
それを聞いて、浅葱はふふっと笑いながら駆けていく。
「…あんなあぎゃん可愛い和子がいるのに、変な気ば起こすとは、駄目な父親だな」
「………分かっている…」
翔隆は頭を抱える。
そんな翔隆の隣りに、鍋島なべしま孫四郎信生のぶなり(二十六歳・後の直茂)は自然に座った。
「良い日和だな。…のう牢人、当てが無かなら、拙者の下で働かなかか?」
「………いえ」
「あの子らば、養う銭があっのか?」
「………いえ…」
そんなそぎゃん事では暮らしていけなかとやなかろかにゃ。…大分修羅場ば潜ってきたようだがあいどん……悩む暇があっのなら…」
「分かっている!!」
思わず怒鳴ってしまう。
孫四郎信生は驚きもせず怒りもせず、優しく翔隆を見つめた。
翔隆は胸がズキッと痛み、俯く。
「済みませぬ…出会って間も無いのに……」
「いや。拙者も差し出た真似ば至した。許されよ」
「いえ………」
話している内に、いつもの翔隆らしさを取り戻していた。
「………これが、いけないんですね…」
「ん…?」
孫四郎信生のぶなりが首を傾げて見るが、翔隆はただ苦笑する。
こんな風に変な考えを持つから、いつも悪い方向に行ってしまうのだ。
何だか、鍋島信生に諭されたような気分になった。
「貴殿と、初めて会った気がしません」
「ん? …拙者もばい」
そう答え、笑い合った。
その内、鍋島信生は立ち上がる。
「こいから、あっ友人の所へ行くのあいどん…共に来なかか? あの子達も腹ば空かせよっようだし…」
そう言われて見ると、樟美が魚捕りに苦戦しており、浅葱が応援していた。
「…お言葉に甘えて…」
翔隆は苦笑して言い、樟美達にそれを伝えて馬に乗らせた。


 案内されて来た所は、森の中…。
獣道しか無い森の奥深くまで入っていくと、集落があった。
〈ここは……〉
小屋の造り方、武器の置き方、そしてこの独特の雰囲気…―――間違いなく、一族の物だ。
その中から、髭もじゃの体格のいい男がやって来た。
「おお、殿やん! 元気そうじゃな!」
「お主、また熊のようにごとなりおったなぁ」
二人は気心の知れた仲のようで、肩を叩き合って笑った。
そして、熊のような男が厳つい顔で翔隆を見る。
「そ奴は?」
「ああ、友人ばい。名は…――――そういえば聞いていなかったな!」
孫四郎信生は笑って翔隆に言った。
翔隆も気が付いて、苦い顔で頭を掻く。
「…まさか、こんな所で一族と会えるなんて、思ってもみなかった…」
名を告げる前にそう言うと、周りの者達がザワッとして、その男は殺気立ち翔隆達を一族が取り囲む。
「なっ何だ?! まずかとか?」
鍋島信生が心配そうにきょろきょろと皆を見る。 
「ぬし! 何者ばい?!」
「人に名を聞く時は、自ら先に名乗るものではないか…?」
「ぬ! …ふん、生意気な…良いとやなかろかにゃ! わしはここ九州の一族ば率いてる相根そねっちゅうモンばいっ!」
「九州を……そうか……………」 
「さっさと名乗らんか!!」
「んー…今、名を言いたく無いのだ……。井戸を借りるぞ」
翔隆は、やる気がなさそうに歩いて相根の横を通り抜け、井戸に行くと水を汲む。
そして、その水を頭から被る。
すると染めていた髪が、嫡子である証の銀鼠色に変わっていく…。
 すると、周りからどよめきの声が上がり、うろたえ始める。
立ち入る話ではないと見て、信生は静観する。
翔隆はずぶ濡れのまま振り返り、眉を顰めて相根(六十三歳)を見た。
「目は《力》で変えてあるから、解く訳にはいかん。許せ…」
「ま、まさか…そ…そぎゃん……、と、翔隆…様?!」
相根そねは目を見開いて動揺する。
「…え、な、なしてっ」
「……私を知っているという事は、天文二十二年の折に居たのだな。覚えていてくれるとは、嬉しい限りだが……」
「覚えるも何も……あぎゃんすんげえ《力》で爆発起こして、狭霧五百以上ば全滅させちまう嫡子ば、忘れごとも忘れられなかっ!!」
「やめてくれ…今の私は、あの頃と違う……」
「何ば弱気な!」
そう言って相根はバシンと翔隆の背を叩いた。
そして笑いながら、そのままパンパンと背を叩く。
「ガハハハハ! あいからわしら話し合ったんばい。聞けばあんたは、一人で京羅の猛者共ば相手に戦こうておるというじゃないか戦うとーちゅうなかかっ! そぎゃん勇侠な男に惚れなか奴はいなか!! ちょーど良かった! わしらも、あんたば長として認める!!」
「相根…殿…」
「なにばしけた面しとるばい! あんた長とやなかろかや! しっかりしてくれな、困るばい!!」
そう言い相根は笑った。
その屈託の無い笑顔が、翔隆には頼もしく、また嬉しく思えて、涙が溢れた。
「………済まん…ありがとう…っ」
それを見て、信生は微笑んで相根の下に行き、肩を叩く。
「情の厚い、良い大将だな」
「おう!! こいからはこの人が我らの自慢の長たい!」
そう言ってまた、相根は大声で笑った。

 それから翔隆達は、一丈(十尺。三百三㎝)はあろう広さの小屋に通されて、麦飯と山菜の煮物等を馳走になった。
腹が一杯になると、樟美と浅葱は眠ってしまう。
その間に、翔隆はここに来る事になった経緯いきさつを大まかに説明した。
「そうか……。気ば落とされるな」
信生が苦笑して言う。
「ん……人に仕えるというのは……難しいものだな」
そう呟くように言うと、相根が笑った。
「アッハッハッ! そぎゃん事ば言ったら皆大変ばい! 何があろうと、命を懸けっぎ真心が伝わっぎやなかろか!」
「ん……」
「そうそう、わしはな、この殿さんに命ば助けられてのお。狭霧の手練十五人と戦っておって、もう駄目かと思った時に殿さんに救われて…そいからは、何かと助け合っよっんだ!」
相根そねは、酒をがばがばと呑みながら話す。
「そいばってん…困った事になー……筑前の頭だやまち、その……」
吉弘よしひろ鎭種しげたね殿の事であろう? そんなに言いにくそうにしなくともいいよ。…ここに来る前に会ってきたから」
「! あの分からず屋の頑固者に…」
「手厳しく言われた。長たる資格は無い、と……何も言い返せなかったよ」
翔隆は悲しげに目を細めた。
そんな翔隆の盃に酒を注ぎながら、信生のぶなりが微笑んで言う。
「一度の失敗でくよくよしていては、そいこそ大将としての資格も、好機も、逃してしまうぞ?」
「鍋島殿…」
「不知火は、古くからおるんじゃろう? 勇猛果敢に立ち向かってこそ、華ば咲かせる一族なんであろうが。あんたばしっかりと和ば築き一族の上に立ち、指揮せんばならんのじゃろう?」
「ん……」
「人はな、優れた大将の下にいてこそ、力ば発揮出来るものたい」
その言葉は翔隆の心に染み入り、とても頼もしく感じられた。
「ん、ありがとう!」
もう、それ以上の言葉はいらない。
落ち込む時はとことん落ち込むが、そこから立ち直るのが早いのが翔隆の長所だ。
鍋島信生のぶなりの言葉のお陰で、翔隆は充分に勇気と自信を取り戻していた。
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