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六章 決別
八.夢と現
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………何の夢であろうか…?
また、現実でも見ているのか…?
周りは何処かの座敷……評定場であろうか……?
何故か目の前に、柴田権六勝家・森三左衛門可成・滝川彦右衛門一益・佐久間右衛門尉信盛・佐々内蔵助成政・池田勝三郎恒興・前田又左衛門利家などが揃っていた。
〈ああ……もしかして、信長様の目から見た……〉
そう思った時、信長の声がした。
「さて…どこが良い、権六」
「は、それがしは美濃か越前を…」
「では三左は!」
「はい。大殿さまの居城のお側の城を」
「ふん………彦右衛門は」
「はっ。伊勢を…」
「右衛門!」
「大和を」
「内蔵助!」
「柴田どのが越前ならば、拙者は加賀を」
「なれば後備えとして、能登を」
と、利家が言った。すると続いて
「では和泉か摂津を!」
と恒興が言う。
どうやら領地は何処がいいかを話しているようだ。
まだ尾張一国の大名だというのに、気が早い話だ。
「ふん……良かろう。下がって良いぞ」
そう言われ皆が下がる。
…何だか、以前に比べて口数が少なくなったような気がする…。
誰も居なくなると、幼くも美しい小姓が銚子を持って側にやってきた。
〈…見た事の無い子だな……〉
知らない内に何もかもが変わっていく気がして、胸が抉られる思いになる。
信長はその小姓から酒を貰って呑んで、まるで側女を可愛がるかのようにその小姓を自分の膝の上に寝転がらせて、その髪を撫でる。
それを見て、翔隆は胸が締め付けられた。
〈もう…私の居場所は無いのかもしれん………っ〉
そう思う反面、胸の底から炎が沸き上がるような、歯痒くて焦れったい思いに駆られた。
…これが、〝嫉妬〟か………。
信長から離れれば離れるだけ、様々なものが自分の知らないものに変わっていく…。
もう、口すら利いて貰えないのではないか…?
いや! 会っても貰えないのではあるまいか?
〈………駄目かもしれない…〉
何をしても、何を言っても許されていて信頼されていて、愛されている…と、過信していた……し過ぎていた…。
だから、今回の解任も何とかなると軽く考え過ぎていたようだ。
だが、このままでは…――――。
「のう、お蘭」
「はい?」
「長政めに市を嫁がせて同盟し、竹千代に五徳を嫁がせるかのぅ…」
「宜しいかと…」
「おお、その前に武田に嫁を送らねば……なるべく、家康が楽になるように、な」
「はい」
「…上杉に養子を出そうとしたら断りおったしのぉ…まあ良い。後は美濃と伊勢に取り掛かるのみ…」
信長は独り喋り続けている。
〈……もし…許されなかったら………〉
そう思った時、小姓がやってくる。
「殿、矢苑忠長どのがお見えにござりまするが…」
「…ふん」
信長は不機嫌そうに言った。
それだけで小姓は一礼して下がっていく。
……それは、〝会わない〟との返答なのだ。それが、翔隆の不安と恐怖を決定的なものにした。
〈もう、会ってもくれない…っ!〉
そう思った瞬間に、暗黒がねっとりと纏わり付き、翔隆は深く…深く落ちていった………。
パシッ
突然頬を叩かれて、翔隆はハッと目を覚ました。
「大丈夫か?」
目の前に、卯松の顔が見えた。
「卯松…様……」
「酷く魘されていたぞ……〝お許しを〟と、何度も繰り返し言って。……あーあ……汗と涙でぐちゃぐちゃだ」
そう言って卯松は苦笑した。
側には、与六と樟美と一成、東原も居た。
翔隆は両手の甲で顔を覆う。
体中が熱くて痛いが、何より胸が激しく痛む…。
〈どうすればいい……っ?!〉
その手の間から、涙がとめどなく溢れ落ちる。
それを真顔で見ながら、卯松が喋る。
「…わしは、お主がどの様な男か知らん。故に女子のように泣いていても何も言わぬが………その前に、着替えて向こうの畳へ移れ。東原が対処に困っている」
「卯松さま…」
的を得た言葉に、東原は余計におろついた。
翔隆はくすっと笑い、額に置いてあった布で顔を拭いて起き上がった。
「…申し訳ない…」
「ああ、いえ。高熱なので、ゆるりとお着替え下され」
頷いて着替えて別の床に移り、心配そうに見つめる我が子の頭を撫でる。
「…済まんな樟美……足止めさせてしまって……」
「いえ。……眠って下さい…」
「お前も寝なさい」
微笑んで言い、翔隆は一成を見る。
一成はとても複雑な顔をしていた。
〈……義成の事を………どう、するべきか…〉
皆と話し合いたい。
しかし、ここに家臣や一族を呼ぶ訳にはいかない。
「一成…」
「はい」
「戻っていいぞ」
「?! しかしそのお体では…!」
「…また襲ってくるには絶好の機であろうが、向こうも長として色々と学ばねばならぬ状況だろう」
「陽炎か清修が来たら何とするのですかっ!」
「………清修…」
陽炎は、絶対に来ない。
それだけは確信出来た。
いや…あれだけ義成に執着していたのだから、わざわざ離れて殺しに来るよりも、側に居る事を選ぶだろうと思ったのだ。
だが清修は………。
〈…そういえば……風麻呂が来た時に、撤退を促したのは清修……〉
風麻呂が凄い《力》を持つ烏だと、分かっていたかのような口振りだった…。
何故?
「ここを出立されるまでは、私も何処にも行きませぬ」
「一成…邸は……」
「常に、誰か居るようにはしています。冬音様は信長公の下……居城を一族がお守りしておりますれば、心配はご無用」
そう言い切られてしまうと、何とも言い返せない。何か考えている間に、一成は眠ってしまった樟美を連れて行ってしまう。
〈………義成…〉
拓須に、傷を消して貰ったと言っていた…。
では拓須は、初めから何もかも知っていたのか?
〈また……か〉
一族の事も、羽隆の時も、何もかも総てを知っていて何も教えてはくれない……。
いや、聞いた所で何一つ教えてはくれないのだろう…。
〈…そんな考え自体、甘いのだろうな……〉
しかし、《術》に関しては、惜し気もなく何でも教えてくれた……それは、感謝しているし、やはり信頼している自分が居る………。
〈義成も…―――何でも教えてくれた…〉
思い出すと、辛くなった…。
身動きが取れない今、最強の敵となった義成に対して、どうすればいい…?
何をどう考えても、辛くて哀しくて涙が出る。
涙を拭いながら、翔隆は気を失うように眠りに落ちてしまった――――。
また、現実でも見ているのか…?
周りは何処かの座敷……評定場であろうか……?
何故か目の前に、柴田権六勝家・森三左衛門可成・滝川彦右衛門一益・佐久間右衛門尉信盛・佐々内蔵助成政・池田勝三郎恒興・前田又左衛門利家などが揃っていた。
〈ああ……もしかして、信長様の目から見た……〉
そう思った時、信長の声がした。
「さて…どこが良い、権六」
「は、それがしは美濃か越前を…」
「では三左は!」
「はい。大殿さまの居城のお側の城を」
「ふん………彦右衛門は」
「はっ。伊勢を…」
「右衛門!」
「大和を」
「内蔵助!」
「柴田どのが越前ならば、拙者は加賀を」
「なれば後備えとして、能登を」
と、利家が言った。すると続いて
「では和泉か摂津を!」
と恒興が言う。
どうやら領地は何処がいいかを話しているようだ。
まだ尾張一国の大名だというのに、気が早い話だ。
「ふん……良かろう。下がって良いぞ」
そう言われ皆が下がる。
…何だか、以前に比べて口数が少なくなったような気がする…。
誰も居なくなると、幼くも美しい小姓が銚子を持って側にやってきた。
〈…見た事の無い子だな……〉
知らない内に何もかもが変わっていく気がして、胸が抉られる思いになる。
信長はその小姓から酒を貰って呑んで、まるで側女を可愛がるかのようにその小姓を自分の膝の上に寝転がらせて、その髪を撫でる。
それを見て、翔隆は胸が締め付けられた。
〈もう…私の居場所は無いのかもしれん………っ〉
そう思う反面、胸の底から炎が沸き上がるような、歯痒くて焦れったい思いに駆られた。
…これが、〝嫉妬〟か………。
信長から離れれば離れるだけ、様々なものが自分の知らないものに変わっていく…。
もう、口すら利いて貰えないのではないか…?
いや! 会っても貰えないのではあるまいか?
〈………駄目かもしれない…〉
何をしても、何を言っても許されていて信頼されていて、愛されている…と、過信していた……し過ぎていた…。
だから、今回の解任も何とかなると軽く考え過ぎていたようだ。
だが、このままでは…――――。
「のう、お蘭」
「はい?」
「長政めに市を嫁がせて同盟し、竹千代に五徳を嫁がせるかのぅ…」
「宜しいかと…」
「おお、その前に武田に嫁を送らねば……なるべく、家康が楽になるように、な」
「はい」
「…上杉に養子を出そうとしたら断りおったしのぉ…まあ良い。後は美濃と伊勢に取り掛かるのみ…」
信長は独り喋り続けている。
〈……もし…許されなかったら………〉
そう思った時、小姓がやってくる。
「殿、矢苑忠長どのがお見えにござりまするが…」
「…ふん」
信長は不機嫌そうに言った。
それだけで小姓は一礼して下がっていく。
……それは、〝会わない〟との返答なのだ。それが、翔隆の不安と恐怖を決定的なものにした。
〈もう、会ってもくれない…っ!〉
そう思った瞬間に、暗黒がねっとりと纏わり付き、翔隆は深く…深く落ちていった………。
パシッ
突然頬を叩かれて、翔隆はハッと目を覚ました。
「大丈夫か?」
目の前に、卯松の顔が見えた。
「卯松…様……」
「酷く魘されていたぞ……〝お許しを〟と、何度も繰り返し言って。……あーあ……汗と涙でぐちゃぐちゃだ」
そう言って卯松は苦笑した。
側には、与六と樟美と一成、東原も居た。
翔隆は両手の甲で顔を覆う。
体中が熱くて痛いが、何より胸が激しく痛む…。
〈どうすればいい……っ?!〉
その手の間から、涙がとめどなく溢れ落ちる。
それを真顔で見ながら、卯松が喋る。
「…わしは、お主がどの様な男か知らん。故に女子のように泣いていても何も言わぬが………その前に、着替えて向こうの畳へ移れ。東原が対処に困っている」
「卯松さま…」
的を得た言葉に、東原は余計におろついた。
翔隆はくすっと笑い、額に置いてあった布で顔を拭いて起き上がった。
「…申し訳ない…」
「ああ、いえ。高熱なので、ゆるりとお着替え下され」
頷いて着替えて別の床に移り、心配そうに見つめる我が子の頭を撫でる。
「…済まんな樟美……足止めさせてしまって……」
「いえ。……眠って下さい…」
「お前も寝なさい」
微笑んで言い、翔隆は一成を見る。
一成はとても複雑な顔をしていた。
〈……義成の事を………どう、するべきか…〉
皆と話し合いたい。
しかし、ここに家臣や一族を呼ぶ訳にはいかない。
「一成…」
「はい」
「戻っていいぞ」
「?! しかしそのお体では…!」
「…また襲ってくるには絶好の機であろうが、向こうも長として色々と学ばねばならぬ状況だろう」
「陽炎か清修が来たら何とするのですかっ!」
「………清修…」
陽炎は、絶対に来ない。
それだけは確信出来た。
いや…あれだけ義成に執着していたのだから、わざわざ離れて殺しに来るよりも、側に居る事を選ぶだろうと思ったのだ。
だが清修は………。
〈…そういえば……風麻呂が来た時に、撤退を促したのは清修……〉
風麻呂が凄い《力》を持つ烏だと、分かっていたかのような口振りだった…。
何故?
「ここを出立されるまでは、私も何処にも行きませぬ」
「一成…邸は……」
「常に、誰か居るようにはしています。冬音様は信長公の下……居城を一族がお守りしておりますれば、心配はご無用」
そう言い切られてしまうと、何とも言い返せない。何か考えている間に、一成は眠ってしまった樟美を連れて行ってしまう。
〈………義成…〉
拓須に、傷を消して貰ったと言っていた…。
では拓須は、初めから何もかも知っていたのか?
〈また……か〉
一族の事も、羽隆の時も、何もかも総てを知っていて何も教えてはくれない……。
いや、聞いた所で何一つ教えてはくれないのだろう…。
〈…そんな考え自体、甘いのだろうな……〉
しかし、《術》に関しては、惜し気もなく何でも教えてくれた……それは、感謝しているし、やはり信頼している自分が居る………。
〈義成も…―――何でも教えてくれた…〉
思い出すと、辛くなった…。
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