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六章 決別
二十二.信じる心
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富士、狭霧拠点。
陽炎は清修を伴って、新しい長〝焔羅〟に報告に来た。
「―――珂室を失って済まぬ…」
「いや。ご苦労だったな………少し休むといい」
焔羅は優しく微笑んで、陽炎に言う。
…陽炎の心情を察しての言葉だ。
陽炎はただ頷いて、槍を手に出て行く。
すると、清修が前に出る。
「翔隆めと…疾風が、おりましたぞ」
「それで?」
と聞いたのは京羅。
「疾風は何もせずに……翔隆は我らと戦いましたが………殺せずに面目無い」
すると、焔羅が尋ねる。
「…どうであった?」
「は?」
「あ奴、変わりはなかったか?」
「あぁ……前よりも確実に強くなっておりましたな」
「それで?」
「父親を失った事に、動揺している様子であった……しかし、羽隆の《力》侮っておりましたわ」
それを聞き、焔羅は書物を置く。
〈…これで二人、陽炎が手に掛けた事になる…か。もはや憎悪以外、何も思うまいな〉
そう思い、焔羅は溜め息を吐く。
「ご苦労であられたな。また関東を頼む」
「…はっ」
答えて清修が出て行くと、焔羅はまた書物に目を通す。
そんな焔羅を見て、京羅が喋る。
「まだ、動かぬのか?」
「―――今は時にあらず。…反感を買うであろうが……」
苦笑して答えると、京羅も微苦笑を浮かべる。
「構えるのは良い事ではあるのだが、な…」
「兄上の言いたい事は、分かっておりますよ。ただ…機が、無いので」
〝機〟………焔羅の言いたい事も分かっている。
今の翔隆を襲った所で、苦しませる事は出来ない。
翔隆が織田に戻って初めて、策を実行出来るのだから。
それは、京羅の子供達にも分かっている事だろう。
しかし、いつまでも動かなくては従わせられない…と危惧する京羅をよそに、焔羅は書物ばかり見ていた。
その日、陽炎は伯父・修隆に会いに行っていた。
「………そうか」
弟・羽隆の死を聞いて、静かに呟く。
酒を酌み交わし、修隆は月を仰ぎ見る。
〈将軍と共に逝ったか…〉
弟を想い、ふと思い出したように陽炎に文を渡した。
「これは?」
「死んだら翔隆に渡せ、と言っていたが…お前も読んでおけ」
「何故俺に…」
「いいから読め」
強い口調で言われ、陽炎は渋々文を読む。
そして、眉を吊り上げて文を握り潰そうとして思い留まり、そのまま修隆に投げ返す。
「読んだ!」
「……陽炎…」
「そんな…そんなものでは収まらぬわっ!!」
陽炎は両拳を握り締めて言い、外を見た。
そんな陽炎の怒りも分かるので、修隆は何も言わずに酒を注いでやる。
陽炎は肩の力を抜いて、盃を手にして一気に呑み干す。
「…陽炎」
「何ですか?」
「お前は…――――信じていけるか?」
「!? 伯父御!」
「約束してくれ。この先、何があろうとも…信じて待つ、と」
「今更何を………っ」
陽炎が声を荒げて言い掛けると、修隆はじっと真顔で陽炎を見つめた。
「私は、信じようとしていなかったのやもしれぬ………もはや、捨てられたのだ…と」
「それは…っ!」
「だが、何もしなかった私にも責がある。戦いでしか、などと只の口実で……本当は、会っても良かったのだ。それは、知っているであろう…?」
そう言われると、陽炎はぐっと息詰まる。
「私は、幾度もあった機を逃した……お前は?」
「…お、俺は…」
「ただ戦う為だけではあるまい? 何を試している? 何を問うている?」
「………っ」
「それは…いつか伝わる、と信じているからであろう?」
「伯父御!!」
叫んで、陽炎はわなわなと体を震わせる。
それを悲しげに見て、修隆は酒を注ぐ。
「……私は…信じていなかったのだ。だから、あ奴も来なかった………私が家康様を主としたから、あ奴は来なくなった………だが、お前は間違うな。私のようには、なるな………」
「伯父御………」
そう言う修隆の眼が悲しみに満ちていたので、陽炎は何も言えなくなり酒を呑む。
「私が羽隆を信じられぬ故に、あ奴は迎えには来なかった」
修隆は何度も、自分に言い聞かせるかのように言う。
「………」
「信じなければ、信じては貰えぬ…当たり前の事なのにな。だから、お前は…〝こう〟はなるな」
そう言うと、修隆は涙を流す。
「……翔隆が、羽隆めを助けに入った…か。……ならば、少しは浮かばれような…」
「………」
陽炎は、何も言えずに修隆を見つめた。
羽隆の死を、哀しみ想っていると…分かったからだ。
生暖かい風が吹く中、二人は盃を手に俯いていた…。
陽炎は清修を伴って、新しい長〝焔羅〟に報告に来た。
「―――珂室を失って済まぬ…」
「いや。ご苦労だったな………少し休むといい」
焔羅は優しく微笑んで、陽炎に言う。
…陽炎の心情を察しての言葉だ。
陽炎はただ頷いて、槍を手に出て行く。
すると、清修が前に出る。
「翔隆めと…疾風が、おりましたぞ」
「それで?」
と聞いたのは京羅。
「疾風は何もせずに……翔隆は我らと戦いましたが………殺せずに面目無い」
すると、焔羅が尋ねる。
「…どうであった?」
「は?」
「あ奴、変わりはなかったか?」
「あぁ……前よりも確実に強くなっておりましたな」
「それで?」
「父親を失った事に、動揺している様子であった……しかし、羽隆の《力》侮っておりましたわ」
それを聞き、焔羅は書物を置く。
〈…これで二人、陽炎が手に掛けた事になる…か。もはや憎悪以外、何も思うまいな〉
そう思い、焔羅は溜め息を吐く。
「ご苦労であられたな。また関東を頼む」
「…はっ」
答えて清修が出て行くと、焔羅はまた書物に目を通す。
そんな焔羅を見て、京羅が喋る。
「まだ、動かぬのか?」
「―――今は時にあらず。…反感を買うであろうが……」
苦笑して答えると、京羅も微苦笑を浮かべる。
「構えるのは良い事ではあるのだが、な…」
「兄上の言いたい事は、分かっておりますよ。ただ…機が、無いので」
〝機〟………焔羅の言いたい事も分かっている。
今の翔隆を襲った所で、苦しませる事は出来ない。
翔隆が織田に戻って初めて、策を実行出来るのだから。
それは、京羅の子供達にも分かっている事だろう。
しかし、いつまでも動かなくては従わせられない…と危惧する京羅をよそに、焔羅は書物ばかり見ていた。
その日、陽炎は伯父・修隆に会いに行っていた。
「………そうか」
弟・羽隆の死を聞いて、静かに呟く。
酒を酌み交わし、修隆は月を仰ぎ見る。
〈将軍と共に逝ったか…〉
弟を想い、ふと思い出したように陽炎に文を渡した。
「これは?」
「死んだら翔隆に渡せ、と言っていたが…お前も読んでおけ」
「何故俺に…」
「いいから読め」
強い口調で言われ、陽炎は渋々文を読む。
そして、眉を吊り上げて文を握り潰そうとして思い留まり、そのまま修隆に投げ返す。
「読んだ!」
「……陽炎…」
「そんな…そんなものでは収まらぬわっ!!」
陽炎は両拳を握り締めて言い、外を見た。
そんな陽炎の怒りも分かるので、修隆は何も言わずに酒を注いでやる。
陽炎は肩の力を抜いて、盃を手にして一気に呑み干す。
「…陽炎」
「何ですか?」
「お前は…――――信じていけるか?」
「!? 伯父御!」
「約束してくれ。この先、何があろうとも…信じて待つ、と」
「今更何を………っ」
陽炎が声を荒げて言い掛けると、修隆はじっと真顔で陽炎を見つめた。
「私は、信じようとしていなかったのやもしれぬ………もはや、捨てられたのだ…と」
「それは…っ!」
「だが、何もしなかった私にも責がある。戦いでしか、などと只の口実で……本当は、会っても良かったのだ。それは、知っているであろう…?」
そう言われると、陽炎はぐっと息詰まる。
「私は、幾度もあった機を逃した……お前は?」
「…お、俺は…」
「ただ戦う為だけではあるまい? 何を試している? 何を問うている?」
「………っ」
「それは…いつか伝わる、と信じているからであろう?」
「伯父御!!」
叫んで、陽炎はわなわなと体を震わせる。
それを悲しげに見て、修隆は酒を注ぐ。
「……私は…信じていなかったのだ。だから、あ奴も来なかった………私が家康様を主としたから、あ奴は来なくなった………だが、お前は間違うな。私のようには、なるな………」
「伯父御………」
そう言う修隆の眼が悲しみに満ちていたので、陽炎は何も言えなくなり酒を呑む。
「私が羽隆を信じられぬ故に、あ奴は迎えには来なかった」
修隆は何度も、自分に言い聞かせるかのように言う。
「………」
「信じなければ、信じては貰えぬ…当たり前の事なのにな。だから、お前は…〝こう〟はなるな」
そう言うと、修隆は涙を流す。
「……翔隆が、羽隆めを助けに入った…か。……ならば、少しは浮かばれような…」
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陽炎は、何も言えずに修隆を見つめた。
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