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1章 思い出しました
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僕は悪役だ。
気づいた瞬間の絶望感が僕の意識を焼き切った。そのせいなのか、後で知ったが5日も高熱にうなされていたらしい。4歳の体力でそれを乗り切れたのは幸運だ。
「ハルトライア様っ、ようお目覚めになりました。本当に、本当に良う、ございました……っ」
目覚めてすぐ耳に入ったのはおじいさんの声。そちらに顔を向けると白髪の交じった柔らかな銀髪が見えた。目覚めたばかりで寝ぼけた頭でも誰かはわかる。執事のカシルだ。いつもかけている黒縁メガネをはずして目頭を押さえている。
僕は彼をみて、心配させてごめんの気持ちで少し微笑んだ。カシルの年を取って三重気味になった目元が優しい。その奥で見え隠れする緑の瞳が涙できらきらしてちょっときれいだな、って思った。
彼にハルトライアと呼ばれて自分の立場を思い出す。そうだ、僕はリフシャル候爵の令息、しかも4男かつ庶子だ。
「う、っ……っハル坊ちゃまぁっ」
カシルの後ろから飛び出してきた小柄な女子がうわぁんと泣きながら僕に走り寄りしがみついた。専属メイドのユアだ(見た目二十歳くらい)。黒髪おかっぱからのぞく猫耳がほっぺにあたってこそばゆい。
「ユア、しょんなに、なかにゃい」
「は、はいぃぃっ」
返事はいいが結局泣いている。猫族とのハーフな彼女は僕が生まれたときに乳母としてここに来て、そのままメイドとなった。僕の母親代わりでもある。猫族らしく縦の瞳孔でまん丸な目からこぼれる涙が僕の寝間着に落ちていく。
「ユア、なくの、め」
4歳児のたどたどしい声に彼女は結局泣きながらうんうんとうなずいて、ようやく離れた。そして僕に白湯を渡してくれた。ユアは自身の子が死産で、彼女自身の体も傷つき次の子供が産めなくなったらしい。そのせいか僕のことを我が子のようにかわいがってくれる、こんな悪役令息の僕を。
伝わる優しさに少し恥ずかしい気持ちで俯いたら、シルクの袖からうっすらみえる右の二の腕のイバラのような【つる模様】が目に入り、一瞬にして温かな感情が冷めた。
そのかわりに脳裏に沸いたのはこの5日間に鮮やかになった記憶と未来。そう、このつる模様が記憶を思い出させたのだ。
そしてこのままだと、きっと僕は死ぬだろうことまで。
白湯の入ったコップをぐっと握りしめ、顔を上げた。
「カシル、ユア、おなかしゅいた、おふりょ、はいいたい」
「はいぃっ」
「すぐご用意いたします」
4歳児はうまく発音ができない。しかし二人は笑うこともなくさっと準備に出ていった。僕はぐっと白湯を飲み干す。高熱だったせいか白湯が美味しすぎた。
「ふぅ、しゃぁ、いまのうちに」
ベッドから抜け出し伸びをした。そして机に向かう。この世界の文字は習い始めたところで上手く書けないが、日本語ならなんとか書けるはず。お絵かき用にもらったノートを広げ、羽根ペンにインクを付ける。
書き始めた日本語はへにょへにょでやはり4歳児の手はうまく動かない。でも読めればいい。思い出したことを時系列関係なくひらがなで書きなぐっていった。忘れる前に全部書く。
【ゼロクロスエンゲージ~魔の光陰に弓を引け】
これは前世で妹が好んで読んでいたBL漫画の題名であり、そして僕のいるこの世界だ。(似ているだけかも?)
別にBLが好きだったわけではない、漫画好きが高じて当時中2の妹(4つ下)が買った漫画を読んでいただけだ。恋愛オンリーの少女漫画ではなく、かなりファンタジー要素満載でBLシーンより戦闘シーンが多いくらいだった。高校生になってもいわゆる中二病症候群から抜け出せなかった僕は、このゼロクロスエンゲージのファンタジー世界が気に入って妹が単行本を買うたびに借りて読んでいた。
しかし、気に入っていたとはいえ、自分で買うほどではないし、何より受験勉強に忙しかったので、高3になってからは一度読んだ程度だったと思う。さらに言うと大学入学を気に家を出たから、その時まだ完結していなかった先は情報がない。
今になってはもう遅いが、もっと繰り返し読んでおけばよかったと後悔した。
ゼロクロスエンゲージ、略してゼロエンは異世界転移した高校1年生の上見宮零(かみのみやれい)とレジクシレア王国の第3王子殿下で後の王太子ジークフリクト=ミューズ=レジクシレアの冒険恋愛譚だ。
純日本人のさらさら直毛黒髪醤油顔な美形主人公と柔らかな金髪ウエーブと端正な顔にロイヤルブルー(金の混ざった瑠璃青)の瞳が印象的な王子ジーク。
共に戦い愛を深めていく二人。そして僕はというと、王子の婚約者で悪役令息という完全に当て馬の位置付けだ。男が婚約者なのは跡目争いの種にならないため、というBLあるある設定。
僕の名はハルトライア=ミュー=リフシャル、固くてゴワゴワした赤い髪に紫色の三白眼という悪役顔。そして背中にあるいばらのようなつる模様。これは呪いのようなもので瘴気という淀んだ魔力を吸って成長する。
そして16歳頃には僕の全身を覆う。すると僕は悪役令息よりもっとたちの悪い世界を壊す最強ボス(魔王?)に変化して主人公たちを襲うのだ。
ちなみに僕の記憶にある本の最後がこれ。この後どうやって僕が倒されるのかは分からないが、恋人達のハピエン結末と考えると殺される一択だろう。悪役は散るのが定めだから。
とはいっても僕は死にたくない。日本で死んでここに来たのだから(多分)。たしか家庭教師のバイトに行く途中だったと思う。川で溺れていた犬を助けてからの記憶がない。水泳は得意だったのにな。
あ、だめだだめだ、自分の前世を振り返る時間はない、物語を振り返らないと。
気づいた瞬間の絶望感が僕の意識を焼き切った。そのせいなのか、後で知ったが5日も高熱にうなされていたらしい。4歳の体力でそれを乗り切れたのは幸運だ。
「ハルトライア様っ、ようお目覚めになりました。本当に、本当に良う、ございました……っ」
目覚めてすぐ耳に入ったのはおじいさんの声。そちらに顔を向けると白髪の交じった柔らかな銀髪が見えた。目覚めたばかりで寝ぼけた頭でも誰かはわかる。執事のカシルだ。いつもかけている黒縁メガネをはずして目頭を押さえている。
僕は彼をみて、心配させてごめんの気持ちで少し微笑んだ。カシルの年を取って三重気味になった目元が優しい。その奥で見え隠れする緑の瞳が涙できらきらしてちょっときれいだな、って思った。
彼にハルトライアと呼ばれて自分の立場を思い出す。そうだ、僕はリフシャル候爵の令息、しかも4男かつ庶子だ。
「う、っ……っハル坊ちゃまぁっ」
カシルの後ろから飛び出してきた小柄な女子がうわぁんと泣きながら僕に走り寄りしがみついた。専属メイドのユアだ(見た目二十歳くらい)。黒髪おかっぱからのぞく猫耳がほっぺにあたってこそばゆい。
「ユア、しょんなに、なかにゃい」
「は、はいぃぃっ」
返事はいいが結局泣いている。猫族とのハーフな彼女は僕が生まれたときに乳母としてここに来て、そのままメイドとなった。僕の母親代わりでもある。猫族らしく縦の瞳孔でまん丸な目からこぼれる涙が僕の寝間着に落ちていく。
「ユア、なくの、め」
4歳児のたどたどしい声に彼女は結局泣きながらうんうんとうなずいて、ようやく離れた。そして僕に白湯を渡してくれた。ユアは自身の子が死産で、彼女自身の体も傷つき次の子供が産めなくなったらしい。そのせいか僕のことを我が子のようにかわいがってくれる、こんな悪役令息の僕を。
伝わる優しさに少し恥ずかしい気持ちで俯いたら、シルクの袖からうっすらみえる右の二の腕のイバラのような【つる模様】が目に入り、一瞬にして温かな感情が冷めた。
そのかわりに脳裏に沸いたのはこの5日間に鮮やかになった記憶と未来。そう、このつる模様が記憶を思い出させたのだ。
そしてこのままだと、きっと僕は死ぬだろうことまで。
白湯の入ったコップをぐっと握りしめ、顔を上げた。
「カシル、ユア、おなかしゅいた、おふりょ、はいいたい」
「はいぃっ」
「すぐご用意いたします」
4歳児はうまく発音ができない。しかし二人は笑うこともなくさっと準備に出ていった。僕はぐっと白湯を飲み干す。高熱だったせいか白湯が美味しすぎた。
「ふぅ、しゃぁ、いまのうちに」
ベッドから抜け出し伸びをした。そして机に向かう。この世界の文字は習い始めたところで上手く書けないが、日本語ならなんとか書けるはず。お絵かき用にもらったノートを広げ、羽根ペンにインクを付ける。
書き始めた日本語はへにょへにょでやはり4歳児の手はうまく動かない。でも読めればいい。思い出したことを時系列関係なくひらがなで書きなぐっていった。忘れる前に全部書く。
【ゼロクロスエンゲージ~魔の光陰に弓を引け】
これは前世で妹が好んで読んでいたBL漫画の題名であり、そして僕のいるこの世界だ。(似ているだけかも?)
別にBLが好きだったわけではない、漫画好きが高じて当時中2の妹(4つ下)が買った漫画を読んでいただけだ。恋愛オンリーの少女漫画ではなく、かなりファンタジー要素満載でBLシーンより戦闘シーンが多いくらいだった。高校生になってもいわゆる中二病症候群から抜け出せなかった僕は、このゼロクロスエンゲージのファンタジー世界が気に入って妹が単行本を買うたびに借りて読んでいた。
しかし、気に入っていたとはいえ、自分で買うほどではないし、何より受験勉強に忙しかったので、高3になってからは一度読んだ程度だったと思う。さらに言うと大学入学を気に家を出たから、その時まだ完結していなかった先は情報がない。
今になってはもう遅いが、もっと繰り返し読んでおけばよかったと後悔した。
ゼロクロスエンゲージ、略してゼロエンは異世界転移した高校1年生の上見宮零(かみのみやれい)とレジクシレア王国の第3王子殿下で後の王太子ジークフリクト=ミューズ=レジクシレアの冒険恋愛譚だ。
純日本人のさらさら直毛黒髪醤油顔な美形主人公と柔らかな金髪ウエーブと端正な顔にロイヤルブルー(金の混ざった瑠璃青)の瞳が印象的な王子ジーク。
共に戦い愛を深めていく二人。そして僕はというと、王子の婚約者で悪役令息という完全に当て馬の位置付けだ。男が婚約者なのは跡目争いの種にならないため、というBLあるある設定。
僕の名はハルトライア=ミュー=リフシャル、固くてゴワゴワした赤い髪に紫色の三白眼という悪役顔。そして背中にあるいばらのようなつる模様。これは呪いのようなもので瘴気という淀んだ魔力を吸って成長する。
そして16歳頃には僕の全身を覆う。すると僕は悪役令息よりもっとたちの悪い世界を壊す最強ボス(魔王?)に変化して主人公たちを襲うのだ。
ちなみに僕の記憶にある本の最後がこれ。この後どうやって僕が倒されるのかは分からないが、恋人達のハピエン結末と考えると殺される一択だろう。悪役は散るのが定めだから。
とはいっても僕は死にたくない。日本で死んでここに来たのだから(多分)。たしか家庭教師のバイトに行く途中だったと思う。川で溺れていた犬を助けてからの記憶がない。水泳は得意だったのにな。
あ、だめだだめだ、自分の前世を振り返る時間はない、物語を振り返らないと。
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