【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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11章 不意打ちは避けられません

5.

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 カシルが僕の様子をおかしいと思い、試合を早く終えるため筋力増強を使ったのは明白だ。

「お前は僕を心配してくれたんでしょ?」
「私の鍛錬不足が原因でございます」

 でもカシルは自分のせいだと譲らない。僕が否定しても堂々巡り。
 だから
「そうか。……僕はお前の腕が無事ならいい。痛みはない? まず冷やしに戻ろうか」
 と事実だけを静かに受け止めることにした。カシルは頑固だ。

「明日は筋肉痛でしょう。昨日のハルトライア様と同じでございますね」
 フっと少し微笑んだカシルが、熱の無い左手で僕を抱き上げる。笑える程度の筋肉痛で済んで良かったよ。

 一足先に帰ることを伝えようと剣を振り合う親子に向かい、僕は声を上げた。
「辺境伯っ、コンラートっ、先に戻っていますねっ。鍛錬頑張ってくださいっ」

「ハルトライア! オレももう休憩する! 終わるっ!」
「始まったばっかでそんな泣き言ぼざく奴は真っ先に殺されるぞ!」
 片手でブンブン両手剣を振り回しコンラートを追い詰める辺境伯から、彼は必至で逃げている。
 あ、首を掴まれて逃げようとした先の地面に剣を突き立てられた。
 完全に遊ばれているようだ。

「仲良し親子だなぁ」と笑う僕に「車いすは後ほど取りに参りますので」とカシルは言い、屋敷へ歩き始めた。

 カシルの腕を冷やすための水場で一番近いのは、厩舎の水場。なのに通り過ぎようとしたから「厩舎に水場あるよ」と言うと顔をしかめられた。
「座っていただく所がございません。お召し物が汚れてしまいます」
「ダメ、すぐ冷やして欲しいからここ寄って」
 これだけは譲れないとむくれると、しぶしぶ「承知いたしました」が返ってきた。
 こんなとこまで頑固じゃなくていいのに。

 裏口からほど近い厩舎の横で、カシルは僕を水場の傍にある藁置き場におろす。藁には飛散防止の茶色い布がかけてあるから、あまりチクチクはしない。ふんわりして快適だ。
 ひひんと啼き声がした。厩舎の中をのぞき見れば、柵の向こうでタイリートがふんふん鼻を鳴らしてる。僕がいることに気付いたようだ。

「こんな場所で申し訳ございません」と謝られたが動物と子供は一緒でいいよ。タイリートも寝るときは藁の上だしね。
「いいから、ほら、早く冷やして」
 水場を指さしてカシルを促した。

 この世界の水道は前世とは少々違う。屋敷まで管を使い水を持ってくるのは一緒だが、出口は魔法陣によって制御されている。魔力がある者が触れば自動でその魔力を吸い水が出る仕組みだ。魔力の無いものは魔晶石という魔力の溜められる石や魔力を含む宝石などを触れさせることで使用が可能だ。少量の魔力で稼働するので誰でも使えて便利なのだ。
 取水口は用途によって変えていて、例えば調理場は蛇口、公園には噴水。そしてここは長いホースから緩いシャワー状に出る仕組みになっている。ホースはぐるぐるにとぐろを巻いておいてある。

 パサ、と音がしてとぐろホースから音へと目を動かした。
 僕の座るすぐ右の藁の上。そこには黒いジャケット。カシルの燕尾服だ。
 隣に立つカシルを見上げると、ジャケットの下の白いウエィストコートを脱いでジャケットと同じ様に藁の上に置くところだった。
 そこでようやく事態に気付いた。
 カシルっ、このまま服を全部脱ぐ気じゃっ!?

 白の蝶ネクタイをほどき、右肘を曲げて手首を顔の近くに持ってくると左手が袖口へと伸びた。大きな節ばった手が小さな白蝶貝のカフリンクスを器用に外した。その動きにどうしてか色気がある。僕は目が釘付けになった。
 留め具を無くした袖口がふわと広がり、するするとシャツ生地が肘まで落ちていく。あらわになった腕のライン。手首から肘にかけての筋肉も鍛えられ筋がくっきり見える。腕にはなにかの爪に引っかかれたような傷跡がいくつか見えた。

 カシルは手にしたカフリンクスとネクタイをスラックスのポケットにしまうと、今度はシャツのボタンをはずしていく。

 どうしよう。心臓がやばい。
 こんなところでカシルの肌を見ることになるなんて。
 冷やせと言っただけなのに。

 あっという間にボタンが外されて、カシルの左手がシャツンの右側をつかみ広げる。あらわになった右肩から上腕、その上腕にはあの魔法陣。前にフォレストベアに切り裂かれた切れ目からかすかに見えたときは、僕の小さな手のひらほどの丸い陣と勝手に思っていたけれど、それは5センチほどの幅で肘寄りの上腕に一周ぐるっと帯状に描かれていた。とても複雑な模様で、カシルの筋肉美を高めるための装飾品にも思えた。

 袖から右腕を引き抜いたカシルは、その袖を濡れないように背中側から回して反対の左肩にかける。右上半身が丸見えだ。脇腹には腕にあるものとよく似た傷痕が見える。これまでいくつもの戦いを乗り越えた痕だろう。
 でもそんな傷も勲章のよう。鍛えられ引き締まった上腕や肩、厚い胸板、そしてシャツに半分隠されてもきれいに割れているとわかる腹筋までもが美しすぎる……

 っもう見れない!
 僕は両手で顔を覆ってしまった。
 前世のルネサンス全盛期の絵画や彫刻並みに整いすぎてるんだ。無駄な脂肪など一つもない。年齢を微塵も感じさせない美しさ。日々の実直な鍛錬が作り上げた完璧な肉体だ。
 そんな崇高なものを僕が見ていいはずがないっ!

 サアアアとシャワーの音が鳴り始めた。
 水も滴るイイ男過ぎるから絶対目を開けてはだめ。
 でも手で顔を隠したままだとカシルが気にする。

 そうだ! 

 僕は藁の上にあおむけにごろんっと寝ころんだ。こうすれば空しか見えない。カシルの体を考えるのはやめだ。
 
 ふう~と深呼吸をして僕は意識をこの秋空に移す。

 もこもことヒツジ雲が楽しそうに浮いている青い空。ひひんと聞こえる馬の鳴き声。風にそよいでながれていく秋の藁の匂い。そして涼しげな水音。
 水場はマイナスイオンが溢れてるって前世じゃ言われてた。この世界にもあるのかな? わかんないけどほんのり水気を含んだ空気が肌に気持ちいい。

 秋の昼下がりは穏やかだ。こうして空だけを眺めてぼーっとする時間なんて取らなかったなぁ。毎日追われるように訓練してたから。先生と出会ってからは本当に。

 ああ、今日はまだコスモスを咲かせていない。あとでここに咲かせよう。
 藁と厩舎とコスモス。秋っぽくて俳句でも詠めそうだ。

 藁、馬、コスモス……
 藁……食む……馬……秋風……コスモスゆれる……ひつじ雲……

 そんな事を考えていたら、僕はいつの間にか目を閉じていた。
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