14 / 41
第三章 絆
1 旧友との再会
しおりを挟むエリア二にある食堂の片隅で、羅深思は中央に集まるガイドの集団を見ながら深いため息を吐いた。今日は上海に旅立つ王逸輝のお別れ会だが、混ざりに行く気は全く起きない。
彼の頭を悩ませているのは、施設長の研究の件だ。誘いを受けてからもう三日も経つが、羅深思はまだその答えを出せずにいる。
今までの王永雄の行いを思うと、騙されているのではと勘繰らずにはいられなかった。この場所が軍事色の強い施設ということもあり、何らかの殺戮兵器として使われるのではという懸念があるのだ。
「おめでとう!」
「向こうでも元気でな!」
取り巻きたちの羨ましそうな祝いの言葉と拍手が聞こえてきた。出発の時間がきたらしく、集まっていた人々の輪が広がっていく。
羅深思はひとまず考えるのを後にして顔を上げた。
輪の中心へ視線を向けると、ちょうど王逸輝が大勢のガイドに見送られながら、誇らしげに胸を張って食堂を出て行くところだった。エリア一の側からは、センチネル訓練生たちがニヤニヤしながらその様子を見物している。
前途多難な王逸輝の将来を心の中で案じつつ、羅深思はこれでやっと本格的にガイドとセンチネルの橋渡しができると安堵した。
楊福安の暴走の件もあり、現在センチネルたちの訓練は体力を付けるための屋内運動だけで、能力を使うことを禁止している。これは、まだ和解の準備ができていないガイドとセンチネルを引き離すための処置でもあるのだ。
「羅先輩、これでやっと静かになりますね」
一緒に地獄行きの王逸輝を見物していた李光が、喜びを隠しきれずニマニマしながら話しかけてくる。隠し事ができない彼を肘で小突き、羅深思も頷いた。
「だな。もう少しすれば、センチネルへの不当な態度も大人しくなるだろ」
扇動する頭が居なくなった集団はどうなるかというと、大抵は代わりを務める人間が現れるものだ。
しかし、王逸輝が率いていた集団は腰巾着ばかりで、誰も次のリーダーになろうとしない。それどころか、自分もいい思いをしたいと羅深思にすり寄ってくる始末だ。
自分が次のリーダーとなって彼らを誘導すべきか、羅深思はまだ決めかねていた。まとめて上海送りにするのもいいが、向こうの施設が受け入れてくれるかは怪しい。
「残った残党をどうするかな。他に適任がいると助かるんだけど……」
残党たちがこちらをチラチラ窺っていることに気付き、羅深思はエリア一の食堂に移動することにした。
食堂へ入ると、教え子の訓練生たちは炭酸ジュースで乾杯している最中だった。彼らは羅深思と李光に気付き、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「羅先生! ちょうど今、お祝いしてたんです!」
「先生たちも一緒に祝いましょうよ!」
あっという間に取り囲まれた二人は、訓練生たちの集まる食堂の片隅にやって来た。
テーブルには豚の丸焼きを始めとしたご馳走が並び、別の席には切り分けられた様々な種類のケーキがある。
何日か前、羅深思がセンチネルたちへのご褒美として、週に一回好きな食べ物を取り寄せる権利を与えていた。みんなで今日に合わせてご馳走を注文したようだ。
羅深思がビュッフェ会場のようになった一角で料理を選んでいると、背後から呼びかけてくる声があった。
「羅先生、李光兄、一緒に食べませんか?」
聞き馴染みのある声に振り返ると、宋堅が皿いっぱいに盛り付けた料理を持って満面の笑みを浮かべていた。その隣には、同じように料理の皿を手にした楊福安が控えめに佇んでいる。
物静かな彼は、期待と不安の入り混じった目でじっと見つめてきた。一緒に来てほしそうなその眼差しに、羅深思は優しく笑みを返す。
「いいね、席取っておいてくれる? 料理取ったらすぐに行くから」
「やった! 行こうぜ福安!」
宋堅は大喜びで飛び跳ね、友の返事を待たずに空きテーブルへ駆けて行く。後に残された楊福安は、嬉しそうに目を輝かせて目礼すると、料理を溢さないようにゆっくりと歩き出した。
二人の背中を見送った李光が、ニヤつきながら羅深思へ視線を向ける。
「慕われてますね、羅先生」
「まあ、少しはね」
王永雄施設長の思惑で、訓練生たちはずいぶん大変な目に遭っていたことだろう。そこに羅深思のような『自分たちを尊重してくれる大人』が現れたのだから無理もない。
李光が大皿に色々な料理を山のように積んでいる間に、羅深思は訓練生たちに頼まれて、こんがり焼けていい香りのする豚の丸焼きを切り崩した。
教え子たちに取り分けてやりながら、楊福安たちにも持って行ってあげようかと考えていると、肉目当ての列から勇偉がやって来る。
「どうした? 順番は守れよ」
てっきり横入りだと思ったが、彼は浮かない顔をして口を開いた。
「先生、あんたにお客さん」
ぶっきらぼうな彼の言葉に、羅深思は切り分けていた肉から顔を上げる。振り返って見ると、勇偉の後ろに背の高い男性が立っていた。
スポーツ刈りのいかにも体育会系な見た目をした男性は、白と黒のジャンパーを腰に巻いている。羅深思と目が合うと、彼はにっと笑った。
「深思! 俺のこと覚えてるか?」
懐かしいその姿に、羅深思は顔を輝かせた。彼は上海の研究施設でお世話になった先輩ガイドだ。
「浩明兄!」
「何? 知り合い?」
つまみ食いしたのか、口に赤いソースをつけながら李光が寄って来る。彼の持つ皿にはこれでもかと料理が乗せられ、一つつまむと雪崩が起きそうだ。
「俺の先輩ガイドだよ! でも、なんでここにいるんだ?」
ガイドたちの指導をしていた柳浩明は、ある日突然移動になり、羅深思より一年も前に上海の施設から出て行った。だが、それっきり彼の消息を知るものはなく、死んだのではと噂されていた。
「ガイドたちの指導に当たれって、こっちに配属されたんだよ。まあ、馬鹿どもから追い出されたわけだが」
『馬鹿ども』とは恐らく王逸輝たちのことだろう。黙って様子を窺っていた勇偉が、口を挟んできた。
「この人、赴任初日に逸輝の犬野郎をぶん殴ったんだよ。俺たちを庇って……」
ガイドに助けられたことが癪なのか、勇偉は複雑そうな顔をしている。しかし、羅深思にはその光景がありあり目に浮かぶようだった。
なぜなら、柳浩明は元軍人で、上下関係にも規律にもかなり厳しい男なのだ。取り巻きを作り勝手な行動をする王逸輝とかち合えば、手が出るに決まっている。
「あの馬鹿息子な。親が議員だとかで、俺のこと締め出しやがったんだよ。その点、お前は上手くやったな」
取り巻きたちの態度には察するものがあり、羅深思はその事実には驚かなかった。
それにしても、と羅深思は心の中で考える。柳浩明がここにいるのは朗報だ。実力も指導力も申し分ない。
「浩明兄、ちょっと頼まれごとしてくれない?」
お伺いを立てるように上目遣いに見て、羅深思は持て余していた王逸輝の取り巻きたちの面倒をお願いした。王逸輝がいなくなったので、彼をエリア二に戻しても問題ないだろうという判断だ。
「俺? お前が面倒見てやりゃいいじゃねぇか。そういうの得意だろ?」
「ちょっと忙しくてさ。可愛い教え子もできたし……」
言葉を濁し、ちらりと楊福安の方へ目をやる。『可愛い教え子』はそわそわしながら羅深思の方を見ていた。訓練を始めるにはいい頃合いだ。
「頼むよ明兄! ガイドの方にまで手が回んないんだよ」
両手を合わせて拝み倒すと、柳浩明はやれやれと肩を竦めた。
「しょうがねぇな。まあ、お前に貸し作んのも悪くねぇか」
「ありがとう! あ、後でちょっと相談があるんだけど」
誰にも相談できず困っていたが、元軍人の彼なら王永雄の研究について違った角度から意見を言ってくれるかもしれない。期待を込めてそう言うと、柳浩明は頼れる兄貴の顔で頷いた。
「さては、また厄介なことに首突っ込んだな? いいぜ。とりあえず、お前の可愛い教え子たちに挨拶してやるか」
豪快に笑うと、柳浩明は息を潜めて逃げようとしていた勇偉の首根っこを捕まえた。どうやら、気骨のありそうな彼を気に入ったらしい。
「俺は飯取ってくるからよ、お前は早く行ってやんな。さっきからずっと見てるぞ」
彼も楊福安の視線に気付いていたようだ。
羅深思は「ずいぶん懐かれてるな」というからかいの言葉を無視すると、料理を手早く選んで皿に盛り付ける。そして忘れずに豚の丸焼きの皿も持ち、待ち焦がれたようにこちらを窺い見ている楊福安と宋堅の元へ向かった。
3
あなたにおすすめの小説
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。
うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!!
高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。
ムーン様にも投稿してます。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
有能副会長はポンコツを隠したい。
さんから
BL
2.6タイトル変更しました。
この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。
こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。
ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる