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第二章 不和
7 トラウマ
しおりを挟むセンチネル訓練生たちのガイドへの認識を改めることに成功した羅深思は、新しい見解を話し合う彼らを残して静かに講義室を後にした。足早に廊下を突き進んでいると、李光が慌てて追いかけてくる。
「羅先輩! そんなに急いでどこへ行くんですか?」
息を弾ませて付いてくる彼に、羅深思は振り返って笑みを向けた。
「施設長の所だよ。ちょっと確認したいことがあってな」
ガイドやセンチネルについての偏った知識、間違いだらけのそれをいつまでも放置しているなんてさすがにおかしい。一番怪しいのはやはり、施設を統括している王永雄だ。
羅深思の目的地が施設長の元だと分かるなり、李光は握った拳を上げ、脅すような格好とはちぐはぐな真夏の太陽のように眩しい笑顔を見せた。
「殴り込みならお供しますよ! 姉さんに横っ面を張り倒してこいって言われてるんで」
研究室から優秀な人材を奪われた腹いせなのか、彼は姉から余計なことを命じられたらしい。羅深思が上海の施設を出る時にも、抵抗する李耀室長と揉めに揉めたが、まさか弟を刺客として送り込むほど怒っていたとは。
拳では張り倒すも何もないだろうと苦笑しつつ、羅深思は振り上げられた拳の上にそっと手を置いて下げさせた。
「暴力はやめとけよ。ここから追い出されても知らないぞ」
度胸があるのか、単によく考えていないだけなのか、李光は不満げに頬を膨らませながらも引き下がった。
二人は勢いのままエリア三に乗り込んだが、いざ王永雄のいる研究室までやってくると、李光は部外者としてつまみ出されてしまう。援護を失った羅深思は、資料だらけの部屋で王永雄と対峙することになった。
王永雄は写真立てを手に、部屋の入り口に背を向けて立っていた。羅深思が来ることはあらかじめ分かっていたようで、まるで驚いた様子がない。
こちらに来るよう視線で促され、羅深思はゆっくりと彼の隣までやって来た。
「ご家族ですか?」
写真に写っていたのは笑顔の女性と四歳くらいの男の子だ。女性の切れ長な目は王永雄とよく似ている。
「ええ。姉と甥です」
どこか寂しさを滲ませながら、王永雄はそう答えた。そして持っていた写立てを大切そうにデスクの端に置くと、羅深思に顔だけを向ける。
「それで、何の用です? また何か提案でもありましたか?」
呆れ半分にそう言った彼の表情は、元の胡散臭い微笑みに変わっていた。
一瞬だけいつもと様子が違っていたのが気になったものの、羅深思はここに来た目的を思い出して本題に入った。
「なぜガイドに対する誤解を放置したままにしたんですか?」
のらりくらりとかわされないよう、単刀直入に尋ねる。
だが、王永雄は相変わらず雲を掴むような態度で、質問に答えようとしない。そして真意を測りかねる柔和な笑みを口元に湛え、不意に全く違う話を始めた。
「一説には、強力な力を持つセンチネルは強いトラウマを抱えているとか」
それは一部の研究者しか知らない一説だ。羅深思の疑いは確信に変わった。
これだけ詳しいのに、センチネルとガイドの間にある様々な問題を放置し続けているのは、何らかの狙いがあってのことだろう。
「楊福安のことですか?」
どう切り崩したものか。思考を巡らせながら尋ねると、王永雄はふっと笑みを漏らす。
「いえ、あなたのことですよ。羅深思」
急に自分の名が呼ばれ、羅深思は小さく息を呑んだ。
王永雄は一体自分の何を知っているのだろう。微笑む彼の顔を見ても、得体の知れなさが漂うばかりだ。
冷や汗が背中を伝うも、羅深思は平静を装って答えた。
「……言っている意味が分かりませんね」
「ガイドの代わり以上の働きをするでたらめな力……どうすればそんな力に目覚めるんでしょうね」
王永雄の言葉はまるで尋問だった。真意を確かめに来たはずなのに、逆に探りを入れられた羅深思は誤魔化し笑いを浮かべる。
「知りません。どんな能力に目覚めるか、規則性はないはずですよ」
強力な力を持つセンチネル自体が珍しいため、王永雄の言う『一説』はあくまで噂レベルのものだ。しかし、続く言葉に羅深思の表情は凍りついた。
「張力飛」
上海の大型ショッピングモールでの凄惨な事故、その原因となったセンチネルの青年の名だ。王永雄は初めて会った時からすでに、件のセンチネルと羅深思の関係を知っていたに違いない。
羅深思の顔からふっと笑みが消え、部屋の中は急に張り詰めた空気に満たされる。しかし、王永雄はさして気にする風でもなく、淡々と言葉を続けた。
「暴走事故の前日、あなたは彼と会っていましたよね? 一体何を話していたんですか?」
その質問に、羅深思は答えることができなかった。指先が白くなるほど拳を強く握り締め、ただ沈黙を貫く。
あの日、羅深思は久しぶりに会った張力飛と少しだけ雑談をした後、「頑張ってね」と声援を送って別れた。なぜ都会にいるはずの彼が地元へ戻ってきていたのか、考えることすらしなかった。
きっと何も言わなくても、彼は事件現場へ向かっただろう。しかし、彼の心が危うい状態だったのは間違いない。
もしあの時自分が彼の異変に気付いていれば、事故は止められたのではないか。その考えは、張力飛の最期を映した動画を見て以来、羅深思の心に暗い影を落としていた。
「彼が亡くなった後、あなたは随分熱心に事故当時のことを調べていましたね」
成る程、と羅深思は納得する。
政府に反する動きがあれば、監視対象になることがあると噂に聞いていた。
センチネルの事故死は政府の無理解による不祥事で、何があったか世間には公表されていない。そんなことを嗅ぎ回っていては、反政府の疑いをかけられるのは当然だ。
知られていたからには、もはや取り繕う必要はない。羅深思は深く息を吐いた。
「あんた、本当に嫌なやつだな」
皮肉に歪んだ笑みを浮かべながら、羅深思は飄々とした態度を崩さない王永雄に軽蔑の眼差しを向ける。
政府によるセンチネルへの非人道的な扱いは、これだけ研究が進んでいるのに未だ改善の兆しもない。正しい情報を広めようとすることの何が悪だと言うのだろうか。
反抗的な態度を気にするでもなく、王永雄はふっと鼻で笑う。
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
政府の監視下に置かれるのか、それともどこか別の研究所へ送られるのか。その処遇は施設長次第だ。羅深思は身構えたまま続く言葉を待った。
だが、王永雄は批難の眼差しを咎めることはなく、むしろ嬉しそうな声で言った。
「誤解しないでください。私はあなたの味方ですよ」
「……どういう意味です?」
もはや彼の言葉の何を信じればいいか分からず、羅深思は眉を顰める。詰めるような今の話の流れで、どうすれば味方と判断できると言うのだろう。
疑いの眼差しを向けられた王永雄は、一層笑みを深めた。
「センチネルをこの世から消す薬……そんなものがあったらいいと思いませんか?」
あまりにも非情な言葉に羅深思はカッとなり、思わず手が出そうになった。ぐっと拳を握り締めたまま踏み止まると、代わりに刺すような鋭い目で彼を睨む。
「彼らは好きで能力に目覚めたわけではありません。一方的に命を奪うなんて……」
「違いますよ。殺すのではなく、彼らの能力を消したいんです。そのためにも、あなたにはぜひ私の研究に協力していただきたい」
能力を無効化するという力は、一時的にセンチネルを普通の人と同じにしてくれる。ただし、それはあくまでも触れている間だけだ。治療薬に使える保証はない。
「もしかして……俺を呼んだのはそのためですか?」
この地下城にある訓練施設からの緊急要請の条件は、一度に大勢の調律ができるガイドだった。ほとんど羅深思を名指ししたと言ってもいい。
ガイドとセンチネルの不和の解消以外に何か狙いがあるとは思っていたが、まさか一連の騒動は全て、羅深思を呼び出すために仕組んだものだったとは。
「ご名答です。あなたの『講義』は実に面白かったですよ。さすがは李耀の育てた人材ですね」
挑発するような口調に、羅深思は考えるよりも先に体が動いていた。
怒りに任せ、王永雄の胸ぐらを掴む。ぶつかった弾みで写真立てが床に落ち、けたたましい音を立てた。
「あんた……それだけのために大勢を危険に晒したのか?」
研究員ならその危険は誰よりも知っているはずだ。能力に振り回され、思うように生きられない彼らを犠牲にするなんて許されるはずがない。
しかし、こんな状況にも拘らず、王永雄は臆することなく羅深思を見つめ返した。
「先ほどの写真、彼らはもうこの世にいないんです……」
呟くように吐き出された言葉に、羅深思は途端に冷や水を浴びせられた気分になる。そして、今までの話からある推測に辿り着いた。
「まさか、三年前の事故……」
否定も肯定もされなかったが、羅深思は彼の態度に確信した。
上海のショッピングモールで起きたセンチネルによる暴走事故。当時の犠牲者は死者が四百人以上、負傷者は二千人。家族連れが多い休日の昼下がりの出来事だった。
王永雄のセンチネルに対する当たりのきつさは、事故で身内を失ったせいなのか。羅深思は掴んでいた手を離すと、床に落ちた写真立てをそっと拾い上げた。
「ご愁傷様です……でも、だからといってセンチネルの命を無視していい理由にはなりませんよ」
センチネルも一般人も、どちらも同じ命だ。
羅深思は写真立てが壊れていないことを確かめると、元の場所に置き直した。
解放された王永雄は、その行動を見て小さく笑みを漏らす。
「あなたは本当にお人好しですね。そんなんだから変な能力に目覚めるんですよ」
「なっ……」
からかうような声音に、羅深思は言葉も出ない。先ほどまでのしおらしい態度はなんだったのか、狐に摘まれた気分だ。
王永雄は掴まれていた襟元を正し、羅深思に向かって変わらぬ態度で言った。
「あなたが優秀で良かった。研究の件、少し考えてみてください。返事は急ぎませんから」
笑顔の彼に送り出され、羅深思は研究室を後にする。頭の中では、たった今知らされた数々の情報が渦巻いていた。
扉をくぐると、李光が出迎えてくれる。どうやらずっと外で待っていてくれたらしい。
「あっ、羅先輩! 横っ面張り飛ばせましたか?」
期待の眼差しに、羅深思は力なく笑いかけた。
「いや、なんか逆に張り飛ばされた気分……」
機密に関わることなので、おいそれと相談することもできない。これからどうすべきか、羅深思は心の中で頭を抱えた。
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