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第六章 二人の世界
5 帰省
しおりを挟む二人は曇天の中、街中にあるジュエリーショップへ向かい、ペアリングを買ってからタクシーへ乗り込んだ。楊福安は車内でずっと薬指に嵌めた指輪を眺め、嬉しそうにしていた。
少し早めに出たため、夕方からの渋滞に巻き込まれずに済み、タクシーは軽快に道路を進んでいく。しばらくすると、街から少し離れた住宅街に辿り着いた。
「うちはあのマンションの七階だよ」
集合住宅の立ち並ぶ一角を指差し、羅深思は懐かしい光景を噛み締める。夕飯時なので辺りには良い香りが立ち込め、昼食を食べ損ねていた彼はお腹が空いてきた。
「昔はよく、通りに串焼きの店が来てて、買い食いしてたんだ。夜市に行ったら似たようなのが売ってるから、明日食べに行ってみる?」
「いいですね! ぜひ食べてみたいです」
好きなだけ休んでいいという楊福安の言葉に甘え、羅深思は二週間ほど滞在する予定を組んでいた。時間があるので、ゆっくり成都観光をして羽を伸ばすつもりだ。
エレベーターに乗って七階に到着すると、昔と変わらない廊下が出迎えてくれる。両親に会うのは四年ぶりくらいなので、彼はだんだん不安になってきた。
「ど、どうしよ……あっ、手土産買ってない!」
夜逃げ同然に施設を出たので、道中何も買う余裕がなかった。せっかく久しぶりに家族と会うのに、手ぶらはあまりに不自然だ。
「いいから行きますよ! 俺のこと、家族に紹介してくれるって言ったじゃないですか」
土壇場で怖気付いた羅深思の背中をぐいぐい押し、楊福安は彼の実家の前までやって来た。そして、扉の前で尻込みする羅深思の代わりにインターホンを押す。
すぐに扉の奥から「はーい」と母の声が聞こえてきて、羅深思は身を強張らせた。
ガチャリと音がして、香辛料の香りが溢れ出てくる。やけに気合の入った化粧をした母が顔を出し、羅深思を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「深思! 久しぶりじゃないの、元気にしてた?」
嬉しそうに両手を広げ、母が抱きついてくる。この歳で母親からぎゅっと抱きしめられるのは結構恥ずかしい。
「か、母さん……何その化粧」
化粧だけでなく、着ている服までよそ行きの格好だ。何度か恋人を連れてきたことはあったが、こんな母の姿は初めて見る。
「あなたがいい人を連れてくるって言うから、気合い入れたに決まってるでしょ!」
ムッとしてそう言い返すと、彼女はすぐ後ろにいた楊福安に気付き、息子からぱっと手を離した。
「あなたが福安ね! まあ、こんなに可愛い子をたらし込んで……疲れたでしょう? 入って入って」
邪魔と言わんばかりの勢いで息子を押し退けると、彼女はさあさあと楊福安を中に招き入れた。
「お招きありがとうございます。今日はお世話になります」
玄関の扉をくぐり、彼はいかにも好青年らしい笑顔で丁寧に挨拶を返す。礼儀正しいその姿に、母は大層感激した。
「あらぁ、いいのよ。なんていい子なのかしら。自分の家と思って寛いでね」
美青年が相手なせいか、母は聞いたことがないような猫なで声を出す。息子に対するあんまりな態度と言いがかりに、羅深思は眉を顰めた。
「人聞きが悪いなぁ。別にたらし込んでないって」
すると、母は振り返ってキッと羅深思を睨みつけた。久しぶりに見る、我が子をお説教する時の顔だ。
「何言ってるのよ! 母さんにはお見通しよ? あんたったら、いつもそうじゃない。誰彼構わず骨抜きにして……母さん、前の彼女嫌いだったのよね」
急に母が元恋人の話を始めたので、羅深思はぎょっとした。それも嫌いだったなんて、もっと早く言ってくれればよかったのに。
母の勢いは止まらず、思い出したように口を開く。
「そうそう、あんたの元カノたち! 連絡先教えてってしつこかったから、あんたは死んだって言っといたわよ!」
羅深思は研究所に所属してから、情報漏洩を防ぐために外部との連絡を断つように言われていた。しかし、そのせいで実家の方に連絡がいってしまったようだ。
知らないところで死んだことにされていた羅深思は、もう苦笑いするしかなかった。
リビングに通され、羅深思は懐かしい我が家に感動しながら部屋の中を見渡した。
家のものはほとんど変わりなく、最後に見た時のままだ。壁に貼られた色褪せた両親の似顔絵までそのままで、心がジンとする。
「ごめんね、騒がしい母で」
こっそりと耳打ちしたつもりが、キッチンから怒った声が聞こえてきた。
「羅深思、聞こえてるわよ!」
地獄耳の母に怒られ、彼は楊福安に向かってちろりと舌を出す。
二人でソファに座ってお茶を飲んでいると、しばらくして玄関の扉が開く音がした。羅深思が何気なく顔を向けると、母が猛ダッシュで玄関へ向かって行く姿が目に入る。
なんとなく嫌な予感がして、彼は楊福安の両耳を手で塞いだ。
「遅れて申し訳ありませんでした!!」
案の定、必死で謝っている父の声が響く。
長年夫婦のやり取りを見ていた羅深思には、おおよその予想がついていた。恐らく父は、息子が帰省してくることを忘れて寄り道していたに違いない。
怒った様子の母が戻ってきて、その後ろから片頬を赤く腫らした父がリビングに顔を出す。母にスーツのネクタイをきっちり絞められたようで、帰宅したばかりというのにビシッとしている。
昔と変わらず穏やかな顔つきの父は、息子の顔を見ると目尻を下げて微笑んだ。
「深思、久しぶりだなぁ! お友だちまで連れてきて。急に帰ってくるなんてどうしたんだ?」
どうやら、父は息子が恋人を連れてきたとは聞いていないらしい。羅深思はソファから腰を上げ、緊張の面持ちでいた楊福安に手を貸して立たせると、彼のことを父に紹介した。
「大事な人ができたから挨拶しようと思って。この子は恋人の楊福安」
その言葉を聞くなり、父は笑顔のまま固まった。
いくら温厚で優しい父でも、さすがに息子が男の恋人を連れてきたら怒り出すだろうか。そう不安に思ってドキドキしていたが、父はなぜか恐怖に顔を引き攣らせた。
「か、母さん! うちの子が性転換するって!!」
「はあ⁉︎ どうしてそうなるんだよ!」
予想外の言葉に、羅深思は目を丸くさせる。一体いつ女になりたいと言ったのか。
否定の声に父はきょとんとして息子の顔をまじまじと見つめ、恐る恐る尋ねた。
「髪まで伸ばして、女の子になりたいんじゃないのか?」
「これは研究のために伸ばしてるの!」
まさか、そんなところで女認定をされるとは思わなかった。怪しむような視線を感じ、羅深思は「絶対にない!」ときっぱり言い切った。
「しかしなぁ……男同士じゃ結婚できないだろう? どっちが女になるんだ?」
二人の顔を交互に見つめ、父は不思議そうな顔をする。執拗にどちらかを女にしようとする辺り、父の動揺が窺えた。
「別に性転換したからって、結婚できるわけじゃないだろ? 早く着替えてきてよ。俺もうお腹ぺこぺこ」
昼を食いっぱぐれ、おまけに久しぶりの母の手料理が待っていると思うとそろそろ限界だった。
息子にしっしと追い払われた父は不満顔だ。
「スーツじゃ駄目か? 父さん、職場の子に私服がダサいって言われて……」
「いいから行って!」
父はまだ話し足りなそうにしていたが、羅深思は背中を押してリビングから追い出した。
「ごめんな、変な家族で」
「いえ、素敵な方達ですね。なんだか気が抜けてしまいました」
良くも悪くも自由な両親のお陰で、楊福安の緊張もほぐれたようだ。楽しげな笑みに釣られて、羅深思の唇も弧を描く。
ちょうど母が出来上がった料理を運び始めたので、彼らは仲良く手伝いに行った。
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