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第六章 二人の世界
7 新生
しおりを挟む二週間の成都観光を終えた二人は、羅深思の両親に見送られて再び北京へ舞い戻った。
のびのびと羽を伸ばしたお陰で心は晴れやかで、足取りも軽くなる。
両手で抱えるほど大きな段ボールいっぱいにお土産のお菓子を持った二人は、地下城へ降りるエレベーターに乗り、まずはエリア一にある講義室へ向かった。
「羅先生だ! 福安もいる!」
扉を開けて入るなり、訓練生たちがわっと駆け寄ってくる。ちょうどいいことに、ガイドたちも一緒だった。
「みんな久しぶり! 元気にしてたか?」
集まってきた訓練生たちに尋ねると、彼らは帰ってきた二人をまじまじと見て一斉に話し始めた。
「先生、人体実験されてたって本当ですか?」
荒唐無稽な発言に、別の訓練生が異議を唱える。
「俺は駆け落ちしたって聞いたぞ!」
「施設から脱獄したんじゃないのか?」
どうやら、黙って留守にしたせいで憶測を呼び、あらぬ噂に発展してしまったらしい。危うく地下城の不気味な噂の一員になるところだった。
「ただの旅行だよ。はい、お土産買ってきたよ」
面白みのない答えに、訓練生たちはあっという間に興味を失う。お土産のお菓子の箱を配り終えると、二人は研究室のあるエリア三へ向かった。
事前に楊福安が断りを入れたとはいえ、逃げるように施設を飛び出したので、羅深思は怒られないか心配だった。しかし、研究室に入ると、思わぬ人物たちが出迎えてくれる。
「羅さん、久しぶり!」
「元気にしてたか?」
駆け寄ってきたのは、上海の研究所にいた職員たちだ。それも一人や二人ではなく、大勢が集まっている。
どうして彼らがいるのかと驚いていると、馴染みの職員の一人が教えてくれた。
「例のセンチネル因子発見のお陰で、合同研究が認められたんですよ。王施設長は不服そうでしたけど、これで羅さんもゆっくり休めますね!」
人員が倍以上に増えた上に、李耀の扱いに長けた者ばかりだ。確かに羅深思の負担は大いに減る。
他の職員たちは『魔性の男』を射止めた楊福安に興味津々で、困惑する彼を囲んで質問攻めにしていた。
「二人の出会いは? どっちから告白したの?」
研究一辺倒な生活をしているせいか、恋愛話に飢えているらしい。大勢の研究員にぐいぐい押されて、楊福安は固まっている。
「はいはい、そこまで! 俺の恋人をいじめないでくれよ。続きはまた今度ね」
羅深思は友人たちを追い払い、楊福安を救出した。
蜘蛛の子を散らすように逃げて行った彼らの間から、不仲なはずの李耀室長と王永雄施設長が並んでやって来る。二人は羅深思の前まで来ると、改まって口を開いた。
「深思、よく帰ってきてくれたわ! 寂しかっ……ゴホン、本当にごめんなさい!」
「すみませんでした。私たちは、少しあなたに甘えすぎていたようです」
怒られるどころか二人に謝られ、羅深思は目を丸くさせる。施設長あたりは嫌味の一つや二つ言ってくるものと思っていた。
しかし、二人は何故か怯えたようにチラチラと羅深思の隣に視線を向けて落ち着きがない。不思議に思って横を向くと、楊福安が笑顔で見つめ返してきた。
「羅先生、良かったですね」
クセの強い二人を揃って大人しくさせるなんて、一体どんな脅し方をしたのだろう。羅深思は彼のことだけは絶対に怒らせないようにしようと心に誓った。
「そうそう、午後からは楊志偉書記がお見えになりますよ。研究成果の発表があるので。あなたも挨拶をしておいた方がいいのでは?」
施設長が言うには、研究に進展があったので楊書記が再び来訪するという。
父に再び会えるかもしれないと分かり、楊福安は嬉しそうだ。ただ、恋人の父親と面会することになった羅深思は急に緊張してくる。
息子を託した相手から付き合うことになったと挨拶をされたら、楊書記はどんな顔をするだろうか。
とはいえ、連休の合間にセンチネルたちの今後について考えをまとめていたので、報告するいい機会でもあった。顔を合わせるのは気まずいが、彼は覚悟を決めて同行を申し出た。
一度昼食を挟んでから、羅深思はエリア三にある会議室へ向かう。
さすがに楊福安は部外者なので、会議室の中へは入れられない。そのため、近くにある休憩室で待機させることにした。
「後で絶対来てくださいね!」
「うん。上手いことお父さんを連れてくるよ」
身内への挨拶という一大イベントを早く済ませたいのだろう。可愛い恋人に何度も釘を刺され、羅深思は力強く頷いた。
「じゃあ、行ってくるよ」
頑張って、と応援のキスを貰い、少しだけ足取りが軽くなる。静かに扉を開けて会議室に入ると、円を描くように椅子が並ぶ中、楊書記は部下たちを伴って席に着いていた。会議室は緊張に包まれ、空気が重苦しい。
全員が席に着くと、部屋の壁に掛かった大きなスクリーンを背に、王永雄が全体を見渡して話し始めた。
「本日はお忙しい中、ご足労いただき感謝致します。これより、研究成果の発表および今後の運営方針に関する会議を執り行います」
上海にいた頃は羅深思が李耀室長の代わりに発表していたが、今回は施設長の王永雄が務めてくれるようだ。手元に資料が配られ、施設長が研究の成果を細かく説明していく。
人員が増えたことで抑制剤の開発が早まり、試験段階まで行っていた。ただし、安定した効果はまだ得られていないという。
「ここまで結果が出ているなら、追加の予算と人員の強化をしても良いのでは?」
「他の研究施設との連携も視野に入れましょう」
研究にほとんど参加していない羅深思は、会議室の中に飛び交う意見を静かに聞くに留めていた。
予算の増加と研究施設の連携についてはすぐに意見がまとまり、海外との情報交換については一度持ち帰るという。
研究の意見交換が落ち着いた頃を見計らい、施設長が改まって呼びかけた。
「続きまして、訓練生の教官をしている羅深思から、センチネルの境遇改善について提案があります」
ざわついていた会議室が水を打ったように静まり返る。降って湧いた肩書きに驚いたものの、羅深思は立ち上がって前に出た。
「ご紹介にあずかりました、センチネル訓練生の指導教官を務めております、羅深思と申します」
彼は深く息を吸い、言葉を続けた。
「我が国では、未だセンチネルに対する根強い忌避感が払拭できておりません。現状のままでは、国民の理解を得るには膨大な時間を要すると推測されます。つきましては、私より新たな施策を提案させていただきます」
そこで一区切りし、彼は側で控えていた職員に合図を送った。
大きなスクリーンに文字が映し出され、政治家たちが俄かにざわつき始める。
「センチネル仙人化計画?」
ざわめきの中から声が上がり、羅深思は頷いた。
「アメリカでは、センチネルがヒーローとして受け入れられていると聞きます。私は、彼らが社会に受容されるためには、既存のイメージを刷新する新たな名称が必要であると考えました」
初めに頭に浮かんだのは、楊福安と外出した時に目撃した強盗事件だ。あの時、強盗に入られた店の主人は羅深思のことを仙人だと勘違いしていた。
そこで彼は、年配の人はセンチネルという名称よりも、仙人と呼んだ方が受け入れやすいのではと思ったのだ。何より、今は仙侠ファンタジー映画がヒット中で、国内で仙人需要が高まっている。
「こちらをご覧ください。訓練生たちの飛行訓練の様子です」
スクリーンに映し出されたのは、念能力持ちのセンチネルたちによる飛行訓練の様子だ。木剣に乗って飛び回る姿は、まさしく御剣する仙人だ。
この映像は、言葉で説明するよりもずっと効果があった。半信半疑だった政治家たちの表情が、驚きから感心へと変わる。
「これは……検討してみてもいいかもしれませんね」
「メディアを上手く使えば、ガイドの申請も増えるかもしれませんよ」
映画さながらの光景に勝機を見出したのか、好感触だ。一度話を持ち帰り、詳しいことは後日時間を取ってじっくり話し合うことになった。
息の詰まる会議が終わり、羅深思は約束通り楊志偉書記を連れて休憩室へ戻ってくる。扉を開けると、すぐに楊福安が飛びついてきた。
「思兄、お疲れ様です」
父親の前にも拘らず、彼は遠慮なく羅深思を抱きしめる。気持ちは嬉しいものの、羅深思はばつが悪い思いをすることになった。
「会議はうまく行ったよ。お父さんも連れてきたから」
ぽんぽんと背中を叩いて手を離させると、楊福安は満面の笑みを浮かべて父の元へ駆けていった。
「父さん、お土産持ってきたよ!」
休憩室のテーブルの上には、彼が選んだ土産のお菓子の箱が置き去りにされたままだ。羅深思は箱を手に取ると、楊福安にそっと手渡した。
会議室では気難しい顔をしていた楊志偉は、息子からの土産を嬉しそうに受け取り、優しく尋ねた。
「成都は楽しかったか?」
「うん! パンダがたくさんいた」
いつ話をしたのか、旅行に行ったことは筒抜けだった。楊福安の思い出話は止まることなく、彼の父は穏やかな表情でうんうんと相槌を打つ。
羅深思は微笑ましい親子の会話の邪魔にならないように、そっと近くで待機していた。ただ、心の方は全く穏やかじゃなく、二人の交際についてどう話を切り出そうか頭を悩ませる。
ちょうど話が落ち着いたので、彼は話すなら今しかないと、思い切って口を開いた。
「あの、息子さんとお付き合いさせていただいています」
決死の告白だったというのに、楊志偉は全く驚いた様子はなく、ただ一言「ああ」と言った。
殴られたり罵倒される覚悟でいた羅深思は、あまりの反応の薄さにぽかんとする。
もしかして、意味が通じていなかっただろうか。言葉を変えてもう一度報告しようとしたその時、楊志偉が笑みを漏らした。
「この子から聞いていますよ。世間知らずな息子ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ……って福安! 話してたなら言ってよ!」
彼が黙っていたから、無駄に緊張することになってしまった。
楊福安は上機嫌で、ふふふ、と悪戯っぽく笑う。
「先生の顔を立てたんですよ」
口ではさも気遣っているように言っているが、父への告白イベントを見たかっただけというのは分かっている。羅深思は恥ずかしさを誤魔化すように、彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
髪を乱された楊福安は楽しそうに笑っていたが、ふと真面目な顔をして父を見る。
「父さん、例の件は」
「進行中だ。もう少し待っていなさい」
親子の間で何か取り決めがあったのか、そこだけ見るとビジネスのワンシーンのようだ。蚊帳の外に置かれた羅深思は不思議そうに首を傾げる。
「例の?」
「後のお楽しみです。行きますよ」
お楽しみということは、自分にも関係があるのだろう。可愛い恋人にぐいぐいと手を引かれ、羅深思は頬を緩める。
北京に来て辛いことや苦しいことはたくさんあったが、こうしてそばで支えてくれるかけがえのない人に出会うことができた。この先何が待ち構えていようとも、彼と一緒なら何も怖くはない。
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