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第六章 千灯夜に願いを乗せて
18 ぴったりの衣装
しおりを挟む食後の予定を話し合っていると、注文した料理が続々と運ばれてくる。あっという間に朱塗りのテーブルが料理でいっぱいになり、食欲を誘う良い香りが辺りを包み込んだ。盛り付けられた皿は野菜の彩りも美しく、香りだけでなく目でも楽しめる。
呉宇軒がどれから食べようか迷っていると、李浩然がクラゲの酢和えを小皿に取ってくれた。口まで運んでくれるおまけ付きだ。
黒酢の効いたクラゲの頭を食べさせてもらい、呉宇軒はコリコリとした食感を楽しみながら顔を綻ばせた。
「美味い! でも、この味うちの店のにちょっと似てるな」
彼が修行中の北京料理の店にも同じメニューがあり、かなり味付けの癖が似ている。これは同じ調味料を隠し味に使っていないと出せない味だ。試しに豚の肘肉の煮込みに箸をつけてみると、それもやはり店の味によく似ていた。
「もしかしたら、師匠の師匠か弟子の店だったりするのかもな」
呉宇軒は冗談交じりにそう言ったが、同じ北京にある店なので案外あり得ない話でもないかもしれない。
美容にうるさい女子たちはツバメの巣やフカヒレに大喜びで、すっかり前日の疲れも吹き飛んだらしい。酒も入ってわいわいと賑やかな食卓になった。
昼食を終えると、当初の予定通り貸し衣装を扱う店へ行こうという話になる。呉宇軒がどのチームが一番似合っているか競争しようと提案したので、仲間たちは話し合いをしてチームを組み、好きな衣装を扱っている店へまっしぐらに駆けて行った。優勝したチームにはみんなで夕飯と酒を奢ると付け加えたので、仲間たちはやる気満々だ。
食休みをしながらネットで情報を漁っていた呉宇軒は、優勝を狙えそうな良い情報を見つけ、幼馴染を連れて泊まっているホテルへと戻った。
「ここで借りられるのか?」
「そうだよ! お前にピッタリの衣装があるんだ」
幼馴染が衣装を着た姿を思い描き、呉宇軒は上機嫌に答えた。
彼らの泊まっているホテルでも貸し衣装のサービスがあり、なんと最近人気急上昇中の時代劇ドラマ『華侠仙神伝』とコラボ中なのだ。その人気にあやかれば優勝は難くないと踏んでいた。
元は小説が原作で、作中では主人公コンビが奪われた秘宝を取り戻すために中国各地を旅している。呉宇軒が特に好きなのは作中で何度も登場する食事シーンで、主人公の相棒の仙人、玄薄が食べる郷土料理の数々だ。自分の知らない料理が出る度にワクワクしてテレビに齧り付いていた。
ちょうど入り口にドラマの看板があり、幼馴染の目論見に気付いた李浩然がふっと笑みを浮かべる。
「君が好きなドラマだな」
「うん! 何を着せたいかもう分かっちゃった?」
貸し衣装の窓口で受付を済ませると、案内に従って二人は衣装部屋へ足を踏み入れた。色とりどりの衣装や小物がたくさんあり、その中の一角に『華侠仙神伝』の特設コーナーがある。そこには作中に出てくる主要キャラクターの衣装がずらりと並んでいた。
「玄薄って浩然にちょっと似てるんだよな」
白いヒラヒラした衣装を手に取り、呉宇軒はくすりと笑う。
作中で描かれている玄薄のキャラクター設定に、美食家で美味しいものに目がないという一文がある。それも、食事をしなくてもいい『辟穀』をマスターしているのに食い意地が張っているという、なんとも可愛らしい設定なのだ。仙人特有の浮世離れして清廉とした雰囲気も李浩然にぴったりだった。
「食い意地張ってるとこなんてそっくり!」
「そう言う君は木春によく似ている」
からかわれた李浩然は、そう言ってお返しすると呉宇軒に微笑んだ。主人公の木春は春風のように溌剌とした伊達男で、剣を持たず拳だけで戦う。喧嘩っ早くて料理上手という設定があり、確かに親近感が湧く。
「着替え終わるまで覗くんじゃないぞ?」
李浩然に衣装を手渡して念を押すと、呉宇軒は木春が着ている黒い衣装を持ってカーテンの奥へ入った。SNSに上げる用にこの手の衣装をよく着ていたので、助けを借りることもなく慣れた手つきで着替えていく。靴までしっかり履き替えてカーテンを開けると、ほぼ同時に向かいのカーテンが開き、ゆったりとした白い衣装に身を包んだ李浩然が現れた。
彼が一歩踏み出すと薄青に染まった長い裾がふわりと揺れ、銀の糸で施された繊細な刺繍の紋様がキラキラと光を反射する。優雅で美しいその姿に見惚れていると、すぐに係の人がやって来て奥へ連れて行かれ、衣装に合わせたカツラを被せられた。
仙人の衣装を着た李浩然は、長い髪のカツラを被ると一層それっぽくなる。いつもと違う髪型の幼馴染を見た呉宇軒は、惚れ惚れしてうっとりとため息を吐いた。
「やっぱりよく似合ってる。めちゃくちゃ格好いい!」
ドラマ版の役者も美形だったが、李浩然の姿はそれを上回っている。凛として上品な彼は清らかな空気を纏い、まさしく仙界から降りて来た仙人そのものだ。木春の衣装を着た呉宇軒は、忙しなく彼の周りをぐるぐる回り、心ゆくまで眺めてうんうんと頷いた。
「イメージ通り! まるで小説から出てきたみたいだな」
「君もイメージ通りだ」
侠客らしく髪を高い位置でひとまとめにしたカツラを被った呉宇軒は、袖を絞った黒い衣装だ。鮮やかな赤を差し色にして、裾に金の刺繍を施した威厳ある雰囲気のデザインになっており、李浩然の衣装とは対照的に動きやすさを重視した作りになっている。
その場でくるりと回ってみせると、李浩然が拍手をしてくれる。お互いの格好を褒め合っていると、係の女性が顔を輝かせてやって来た。
「お二人ともよくお似合いですね! 良ければ化粧もしましょうか?」
『華侠仙神伝』の主役二人が自らの力を解放する時に、顔に独特の模様と化粧が現れるという設定があった。より原作に近付けるべく、呉宇軒は彼女の申し出に喜んで頷いた。何せ、夕飯とお酒が掛かっているのだ。打てる手は全て打つに限る。
李浩然は目尻に青い顔料でラインを引かれて涼しげな目元になり、呉宇軒の方は赤色の顔料が使われた。木春に扮した彼の方は額に丹砂で炎のような模様を描かれて、出来上がりを見るとなかなか様になっている。
「どう?」
鏡で出来栄えをじっくり眺めた呉宇軒が振り返って尋ねると、目尻に涼しげな色を添えた李浩然は優しく微笑み、彼の頬を優しく撫でた。
「よく似合っている」
「お前もすごく似合ってるよ! 優勝は俺たちがいただきだな!」
仲間たちをびっくりさせてやろうと意気込んで衣装室を出ようとすると、係の女性に引き止められる。何事かと思うも、彼女は片手にカメラを持っていて、ぜひ一枚写真をと頼まれた。
「ホテルのブログ用に写真を撮らせていただけませんか?もちろん衣装代をサービスしますよ!」
「いいですよ! 格好良く撮ってくださいね」
二つ返事で引き受けると、別の部屋へ案内された。そこには撮影用の豪華なセットがいくつも組まれていて、すでに何人かの観光客が記念撮影をしている。彼らの前を通り過ぎるとドラマを観ているファンが居たようで、完成度の高い二人を見て「本物?」とザワザワし始めた。
鮮やかな紅葉が覗く丸窓の前へ行くと、呉宇軒は窓枠にひょいと腰掛けて片足だけを下ろし、小説の表紙と同じポーズを取った。すると係の女性が緑色の表紙の古めかしい書物を持って来てくれる。小物まで原作再現だ。
玄薄に扮した李浩然は、少し離れた所で腕を組んで壁に寄りかかり、本の表紙と同じように視線だけを呉宇軒の方へ向ける。二人が完璧な構図でポーズを取ったので、係の人は大喜びで写真を何枚も取った。
「すごい! お二人とも最高です! 玄薄と木春が本の中から出てきたみたい!!」
係の人があまりにも興奮するので、騒ぎを聞きつけた見物人たちが彼女の後ろにぞろぞろ並び始める。そして、その中の一人が呉宇軒に気が付いた。
「嘘っ!? よく見たら軒軒じゃん!」
「本当だ! えっ? じゃあ、隣の人ってもしかして……」
二人はいつも一緒なので芋づる式に李浩然も気付かれてしまい、見物人がどんどん増えていく。
「浩然、お前が格好良すぎて女子が押し寄せて来たぞ」
ニヤニヤしながら窓枠から降りた呉宇軒は、持っていた書物で李浩然の胸をポンと叩いた。これはドラマで実際にあったワンシーンを的確に再現していて、見物人たちは大盛り上がりだ。
「君のせいだろう」
役になりきって冷淡な表情をした彼は、そう言うと呉宇軒の手首を掴んで不躾な手を退ける。その動きも表情もドラマの玄薄そっくりで、呉宇軒は自分の見立ては間違ってなかったなと口元を緩ませた。
野次馬たちの中には動画を撮影し始めた人も居て、原作再現を始めた二人の一挙一動に大興奮している。ここだけ妙な熱気に包まれ、集まって来た人々が騒ぐので収集がつかなくなってきた。
「君たち静かにね。あんまり煩いと、こわーい仙人様に怒られちゃうよ?」
原作のセリフそのままに注意すると、野次馬たちは途端に水を打ったように静かになり、期待の眼差しで李浩然へ目を向ける。みんな彼が玄薄のセリフを口にするのを待っているのだ。彼はしばらく難しい顔をして押し黙っていたが、こほんと咳払いをして口を開いた。
「道を開けなさい」
凛とした声が響く。見物していた女の子たちは息を呑み、静かに脇に避けて道を開けた。
二人が通り過ぎる間も大人しく、すれ違いざまに彼女たちの表情を盗み見た呉宇軒は思わずニヤリとした。
みんな李浩然の端正な横顔に釘付けで骨抜きになっている。もともと玄薄は一二を争う人気キャラクターだったが、その格好を眉目秀麗な李浩然がしているのだから女子がときめかない訳がない。こんなに大勢を虜にするなんて、さすが自慢の幼馴染だ。
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