真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第十章 不穏

10 離れたくないのに

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 夕食も終わり、呂子星リューズーシン謝桑陽シエサンヤンの二人が皿洗いをすると申し出てくれたので、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染と二人でベッドに上がり、ゴロゴロしながら食休みをしていた。もっとも、朝の件で休めるような状況ではなく、彼は携帯に表示された大学の専用掲示板から目が離せないでいる。
 夕食時が過ぎたにも関わらず、掲示板に書き込まれる勢いは衰える様子がない。それどころか、より一層議論が白熱しているようで、犯人の手掛かりを求めてああでもない、こうでもないと話し合っている。
 彼らのやり取りをずっと見守っていた呉宇軒ウーユーシュェンは、文字を追いすぎて目が疲れてきた。しまいにはあくびまで出て、どうにも見ていられなくなる。すると、ベッドの奥で枕を独占していた李浩然リーハオランが、彼の体に手を回して抱き寄せてきた。

阿軒アーシュェン、そろそろ止めにしよう」

「んー、もうちょっとだけ」

 目新しい情報は全くないというのに、自分のことで話し合っていると思うと気になってしまう。やめようやめようと思っていてもつい携帯に手が伸びて、呉宇軒ウーユーシュェンは先ほどからずっと同じことを繰り返していた。

阿軒アーシュェン

 催促する声が耳元で響き、彼は今度こそ携帯の電源を落として布団の上に伏せた。見ていても進展がないし、こうでもしないとキリがない。

「はいはい、分かったよ。構ってほしいのか?」

 いじけた顔をしている李浩然リーハオランに笑ってそう聞くと、彼は置きっぱなしになっていた呉宇軒ウーユーシュェンの携帯をサッと奪い取り、枕の下に隠してしまう。そのせいで、彼がいる間は二度と携帯に触れなくなってしまった。
 不満を訴えてくる眼差しに、呉宇軒ウーユーシュェンは苦笑いを返した。

「悪かったって、そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」

 しばらく放ったらかしにしていたので、李浩然リーハオランはすっかりへそを曲げてしまい、ムッと唇を引き結んで返事もしない。その表情は小さい頃に構ってもらえずいじけていた彼とほとんど変わっておらず、呉宇軒ウーユーシュェンはくすりと笑みを漏らして彼の胸の上に乗っかった。

然然ランラン、どうしたら機嫌直してくれる?」

 ご機嫌斜めな瞳を覗き込みながら、蜂蜜のように甘ったるい声で尋ねる。すると、背中に回された李浩然リーハオランの手がぴくりと反応した。頑なに不機嫌な表情を崩さずにいるが、もうひと押しでその態度も和らぐだろう。
 体を預けてべったり胸を押し付け、呉宇軒ウーユーシュェンは畳み掛けるように囁いた。

「可愛い小然シャオラン、俺のこと嫌いになっちゃったのか? ほら、兄ちゃんに笑顔を見せてごらん?」

 小さな子どもにするように話しかけると、ついに幼馴染の唇が緩い弧を描く。しかし、彼は返事の代わりに呉宇軒ウーユーシュェンの体をぐっと抱き寄せ、その唇にそっと口づけた。
 二段ベッドの下では、食事を終えた友人たちがまだ寛いでいる。彼の行動はあまりにも大胆で、呉宇軒ウーユーシュェンは思わず息を呑んだ。今誰かにベッドの上を覗かれたら大変なことになる。
 幼馴染の浮かべる不敵な含み笑いに、彼は唐突に身の危険を感じた。
 まさか真面目な李浩然リーハオランがそんなことをするわけがないと思いつつ、腕に力を入れて彼の上から降りようとする。ところがその時、呉宇軒ウーユーシュェンの視界は突然ぐるりと反転した。
 それは一瞬のことで、気付いた時には背中にベッドの柔らかな感触があった。おかしなことに、今度は李浩然リーハオランが自分を見下ろしている。楽しそうなその瞳には、驚いた顔をした呉宇軒ウーユーシュェンが映っていた。

「なに……」

 全て言い終わる前に唇が重なり、出かかった言葉を飲み込む。抵抗しようと手を伸ばすも、その動きを読んでいた李浩然リーハオランの手に絡め取られ、シーツの上に縫い付けられてしまった。
 何度も柔らかな唇が押しつけられ、話す隙もない。触れては離れて、吸い付くような細やかな音は友人たちの笑い声に掻き消えるものの、彼らに聞こえてしまうのではと胸がドキドキした。



 朝の事件や午後からの打ち合わせに時間を取られ、二人でゆっくりする時間がなかったせいだろうか。李浩然リーハオランの口づけは、まるで離れていた時間を取り戻すかのように執拗で、どんどんエスカレートしていく。しまいには唇の間から舌が滑り込んできて、呉宇軒ウーユーシュェンは身を強張らせた。
 しかし、これ以上はまずいと思いながらも、どうしても彼を止めることができない。心のどこかで、まだ幼馴染が女子と一緒にいた光景が引っかかっているのだ。

「……んっ」

 度重なる口づけに、鼻にかかった甘い声が漏れる。もはや抵抗する気も起きずされるがままになっていると、呉宇軒ウーユーシュェンの手を掴んでいた力がふっと緩む。彼はもっと深く繋がりたいと、ねだるように李浩然リーハオランの腰に足を絡めた。
 息継ぎもほとんどしないまま熱烈に唇を貪り合っていると、急にシャッとカーテンを引く音がしてベッドの上が薄暗くなる。二人は驚いて口を離し、揃ってまだゆらゆらと揺れているカーテンの方を向いた。
 遮光性抜群な二枚の布の間から、僅かに部屋の明かりが漏れ出ている。誰かが呉宇軒ウーユーシュェンのベッドのカーテンを引いて閉じてしまったらしい。
 息を潜めながら、彼は消え入りそうなほど小さな声で幼馴染に尋ねた。

「今の誰だった?」

 すると、彼に倣って李浩然リーハオランも小さな声で返す。

「見ていない」

 カーテンの向こうからは相変わらず笑い声が聞こえてきていて、先ほどのことが嘘のようだ。いつまで経ってもベッドの上の二人について話に上ることはなく、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の胸を押して優しく退かすと、カーテンは閉じたまま隙間からそっと顔だけを出した。
 ベッドの真下には酔いが回って大笑いしている隣人たち。そして窓際では猫奴マオヌー王茗ワンミンに絡み酒をしている。食器洗い組の二人はまだ帰ってきていないので、残るは一人しかいない。
 ご機嫌な隣人たちの聞き役に徹していたイーサンが視線を感じて振り返り、呉宇軒ウーユーシュェンと目が合うなり嫌そうに顔を歪める。それから彼は口パクで「さっさと引っ込め! この変態ども!」と悪態をついた。気を利かせてカーテンを閉めてくれたのは間違いなく彼だ。
 呉宇軒ウーユーシュェンがお礼を言おうと口を開くも、李浩然リーハオランが上に乗ってきて押し潰され、ぐえっと蛙が潰れたような声が漏れる。二人してカーテンから頭だけを出していたせいで、部屋に帰ってきた呂子星リューズーシンがびくっと飛び上がった。

「お前ら、なに遊んでやがる。もう遅いが、そろそろ帰らなくていいのか?」

 後半はご機嫌で笑っている酔っ払いの友人たちへ向けてだ。確かに窓の外はもう真っ暗で、街灯の光が煌々と輝いている。
 来客が帰り支度を始める中、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の袖を引いて甘えた声を出した。

然然ランラン、今日はもう遅いし、泊まっていかない?」

 いつでも泊まりに来ると約束していたことを思い出し、離れたくない一心で引き止める。しかし、李浩然リーハオランは申し訳なさそうに眉を下げながら、やんわりと袖を掴む手を離させた。

「今日はもう帰る。泊まるのはまた今度」

 さっきまであんなに情熱的だったのに。
 ムッとして唇を尖らせると、李浩然リーハオランは困ったように微笑みながら触れるだけのキスをした。
 望みがないと分かり、呉宇軒ウーユーシュェンはがっくりと肩を落とす。最近ずっと彼と一緒に寝ていたから、一人きりのベッドは広く感じて寂しい。
 我儘を言って引き止めていると呂子星リューズーシンに叱られてしまい、呉宇軒ウーユーシュェンは不貞腐れながら玄関まで幼馴染を送ることにした。



 玄関の扉を開けると、凍えるほど冷たい風が吹き込んでくる。呉宇軒ウーユーシュェンは思わずぶるりと身震いして李浩然リーハオランのコートの中に飛び込み、上目遣いでお願いした。

「うわっ……寒過ぎて風邪引きそう! こんな中帰るなんて大変だぞ。やっぱり今日は泊まれば?」

 目一杯可愛こぶっておねだりしていると、イーサンが冷ややかな目を向けながら口を挟んでくる。

「タクシーあるから大丈夫だぞ。さっさと寮に戻れよ」

 彼と李浩然リーハオランは寮暮らしではないため、あらかじめ呼んでおいたタクシーを待たせているのだ。道の向こうには二台分のヘッドライトが光っていて、客が来るのを待っている。
 別の寮の猫奴マオヌーだけは、呉宇軒ウーユーシュェンを鼻で笑ってから足早に自分の寮へ帰っていった。

「君はもう中に入って」

 李浩然リーハオランは、幼馴染がいつまでも外にいては風邪を引いてしまうと心配で動けないでいる。だが、呉宇軒ウーユーシュェンの方は彼にぴったりと身を寄せてニヤリと笑った。

「中になら入ってるよ!」

 ほら、とコートの中に腕を突っ込んで彼の体を抱きしめる。屁理屈を捏ねる呉宇軒ウーユーシュェンに、イーサンは付き合ってられるかと呆れ顔で歩き出した。
 その後ろ姿をしばらく見送っていた李浩然リーハオランは、彼が充分に離れたことを確認すると、呉宇軒ウーユーシュェンの頬を優しく撫でる。それから彼は別れを惜しむようにしっかりと唇を重ね、優しく微笑んだ。

「おやすみ」

「お前がいないと眠れる気がしないよ……」

 これ以上は引き止められないと分かり、呉宇軒ウーユーシュェンは拗ねて眉根を寄せる。すると李浩然リーハオランは優しげに目を細め、甘やかな声で囁いた。

「夢の中で待っていて」

 一体そんなキザな言葉をどこで覚えてきたのだろう。彼の不意打ちに面喰らい、思わず抱きしめていた手から力が抜ける。
 驚く呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオランはもう一度キスをして、寮の入り口へ向かってそっと背中を押した。
 行きなさいと促され、もう踏みとどまることもできない。仕方なく寮の扉を潜った呉宇軒ウーユーシュェンは、幼馴染の背中が闇の向こうへ消えるまで、未練がましく窓から見守っていた。
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