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 七月、まだ梅雨は明け切らないけど、久々にすっきりと晴れた爽やかな日。
 あの宣材写真撮影の日から一週間が経ち、ついにミスコンの候補者がおおやけにされる日が来た。
 WEB上では、候補者一人一人のミスコン専用呟きSNSのアカウントが既に開設され、前哨戦が始まっている。
 候補者発表までは顔出し、名前出しはNGなので、SNS上でいま明かされているのは首から下だけの写真と、学部とか出身地とかの小出しの情報だけだ。
 顔と名前の解禁は、都会のど真ん中にある立山大学渋谷キャンパス内で昼から開かれる、大々的なお披露目イベントと同時に行われる。
 そのイベントの開催場所は、築五十年は経つ、古びた校舎の前に設置された野外ステージ。
 その観覧スペースの最前列で、俺は朝から地べたに座り、ひたすら開会を待っていた。
 裕明に頼まれ、一般学生のフリをして、候補者達のガードの役をすることになったのだ。
『学生ミスコンには毎年、マニアのオッサン、通称「ミスコンおじさん」が大勢湧くんだよー。投票を盛り上げてくれる良識ある人が殆どだけど、ミス候補のパンチラ盗撮しようとしたり、やらかす人もいるからさー。防犯のために最前列は守っておきたいんだよねー』
 などと裕明は言っていた。
 今時のミスコンは世間に広く開かれてる分、候補者を守るのも大変らしい。
 目の前には、候補者十二人が横並びに立つことが可能な広い台があるだけのシンプルなステージがあり、そこにはレッドカーペットを思わせる真っ赤な布が張られている。
 三角コーンとバーで仕切られた観覧スペースの中には、早くから場所取りをしていた学生と、ミス目当ての一般の人たちが大勢ひしめいていた。
 その外にもマスコミの人らしい、カメラや機材を持った人たちが大勢、開会を待っている。
 何を見てもただの大学のお祭りの規模を完全に超えていて、自分が出る訳でもないのに緊張してきた。
 航は他の候補者と一緒にどこかに控えているはずだけど、大丈夫だろうか。
 焦って、こけたりしないといいけど。
 ソワソワと心配していると、舞台の両袖にあるスピーカーから大音量のBGMが流れ出した。
 軽妙なリズムの女性アーティストの洋楽だ。
「立山学院大学の皆さん、こんにちはー! 大変お待たせいたしました。今年のミス・ミスター立山コンテスト、お披露目イベントの始まりです!」
 歯切れのよいしゃべり方をする広研の男性司会者が舞台の端に立ち、最初の挨拶を始める。
「伝統ある、わが立山学院大学のミスコンは、数多くの関係者様の応援を頂き、今年でミス立山が40周年、ミスター立山が15周年を迎えました。これからも皆様に愛されるミスコンを目指し、我々立山大学広告研究会一同、精進して参りたいと思います。――それでは早速ですが、候補者の皆様にご入場頂きましょう。どうぞ!」
 司会者が合図すると、赤ステージの裏に建つ古い校舎の二階から続く、コンクリートの外階段から候補者たちが降りてきた。
 みんな撮影の時と全く同じ白ワンピース、白シャツという格好で、自分の名を書いたパネルを手に笑顔を振りまいている。
 待ちに待ったお披露目に、歓声と万雷の拍手が上がる中――日の光にけぶるような金髪をした俺の弟も、緊張の面持ちで階段を降り、ステージに登壇した。
 航は先週の撮影を終えた時から少し肝が据わったのか、以前よりかは堂々として見える。
 彼が大きく手を振りながら他のミスター候補と一緒に並ぶと、観覧スペースから黄色い声援が飛んだ。
「航くーん‼︎ 可愛いー‼︎」
 航がはにかみながらニコッと会釈する。
 もうファンがついてるなんて、さすが航だ。
 急に遠い世界の人になったみたいでちょっと寂しいけど……。
(がんばれ、航)
 手を振りたかったけど、我慢して心の中で応援する。
 そして、全ての男女の候補者が横並びに集結した――と思ったその時、BGMはまだ鳴り続けているのに、急に会場が静かになった。
 なんだろう……と一瞬考えて、大事なことに気が付いた。
 ……そういえば、青磁がまだ出てきていないじゃないか。
 校舎の方に視線を上げると、遅れ気味に建物を出てきた最後の一人が現れる。
 青磁は、悠長に階段を下ってくるところだった。
 自分の名前を書いたパネルを、胸の前に持たずに小脇に抱えているその姿は、一見どう見てもやる気がなさそうな印象だ。
 けれど、彼は容姿もスタイルも、そこだけ異次元に見えるほど周囲と違っている。
 見惚れてしまうような魅力的なアイスブルーの瞳と、透き通るプラチナブロンドの髪、整っているけれど、それ以上に蠱惑的な魅力のある美貌。
 緩くウエーブのかかった前髪はアシメトリーに分けられていて、片目が隠れ、ミステリアスな雰囲気がある。
 見つめているのが急に辛くなって、視線を下げ、ギュッと膝を抱えた。
 あの撮影の後、本当は青磁と会う予定だったんだよな。
 それなのに俺は帰ってしまって……。
 後で電話した時の彼は明らかに機嫌が悪かった。
 それから一度も会っても話してもいないから、こんな最前列で目が合ってしまうのは、ちょっとバツが悪い。
 気付かれないといいなあ……と思っている所に、後ろに座った男子学生達がヒソヒソと会話する声が聞こえてきた。
「髪の毛白っ。しかも虎獣人? さっきのやつは、見た目は人間ぽかったけど、多分犬の獣人だよな。そんな奴ら、出場資格あるのか?」
「話題集めの人寄せパンダなんだろうけど、伝統ある立山のミスコンも、こんなのが出てくるようになっちゃ終わりだな」
 思わず振り向いて、ギリッと睨みつけてしまった。
 これだから、獣人の殆どは大学まで自分たちのコミュニティから出ないんだよな……。
 特に青磁みたいに目立つタイプの獣人に対する人間の反応は、敵対心か好意かのどっちかに偏りがちだ。
 青磁も小さな頃は髪の毛を染めて人間の振りをして、リスクを避けて生きていた過去がある。
 今はどこにいても堂々としてるし、誰に何を言われたって気にもしないだろうけど……。
 ――俺、ちゃんと青磁のことも応援しないとな。
 決心して前に向き直った瞬間、ちょうど俺の前にあたる場所に青磁がいて、驚いて息を飲んだ。
 しかも、その透き通った氷のような瞳が俺をじいっと見ている。
 心まで見透かされたような気分になり、俯いた。
 青磁、何でそんなにこっちを見てる……!?
 みんな観客全員に向けて笑顔で手を振ってるのに、ほぼ真下を見てるとか、メチャクチャ浮いてるぞ。
 恐る恐るもう一度視線をあげると、青磁はやっぱり真顔で俺のことを見ていて、頰が熱くなってきた。
 お前な……真面目にやる気あるのか!?
 戸惑いが止まらない中、BGMが止み、賑やかな男性司会がまたマイクに向かって話し始める。
「今年の候補者の方々も、見た目だけでなく中身も本当に美しい、かっこいい人たちばかり集まってくれました。それでは早速、お一人ずつ自己紹介をして貰いましょう!」
 司会の進行と同時に、マイクを持ったアシスタントの女性が壇の下に現れる。
 列の一番端にいた可愛らしい女子が彼女からマイクを受け取り、前に出て、ごく簡単な自己紹介をし始めた。
「エントリーナンバー1番、教育学部二年の西崎えりです。憧れのミスコン、一生懸命頑張りますのでみなさん応援よろしくお願いします!」
「では、次は2番の東野みかさん、よろしくお願いします」
「はい! エントリーナンバー2番、経済学部三年の東野みかです。何か新しいことに挑戦してみたくて、出場を決意しました……」
 こんな大舞台なのに、候補者達はかなり堂々としている。
 半分芸能人みたいな人も多いらしいし、慣れているんだろうか。
 一人あたりの挨拶の時間が短いので、マイクはスムーズに回っていき、航の出番まであと三人という所に近づいた。
 航の自己紹介は家で練習に付き合ったからもう分かっている。
 だけど、その後の青磁の自己紹介なんて……こんな場で一体何を喋るのか、サッパリ予想がつかない。
(変なことを喋るなよ)
 視線に思いを込めて目の前の青磁を睨んだら、ニヤッと意味ありげに笑われた。
 うっ……。
 これは、絶対に何かを企んでる顔だ。
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