聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

文字の大きさ
2 / 113
囚われの騎士

2

しおりを挟む
「アビゴール・カイン……この、悪魔め」
 レオンが苦々しく呟くと、相手は唇を歪ませて微笑した。
「……お前は毎回律儀にそう呼んでくれるよな。普通にカインと呼べよ」
 怪異な容貌の青年はいかにも親しげにそう言うと、そっとレオンに近付いてきた。
「久しぶりだな?」
 レオンが剣を抜き放ち、身を守るように構える。
 だが相手はそれを全く意に介さない。
「神に誓いを立てていて、女とは出来ない……って?」
 艶めいた赤い唇からくすりと酷薄な笑い声が漏れる。
「俺は今でも……神に忠誠を誓っている……っ」
 言い返すにはどこか弱さのある声で言い、レオンがカインを睨み上げた。
「身も心もか?……どれ、俺の敬虔な聖騎士様のお身体を確かめてみるとするか」
 銀の髪が煌めき、気付けば悪魔がレオンの背後に回っていた。
 力強い両腕が、まるで恋人を抱くように優しく肩を抱きしめる。
 同時に黒いローブの間から先の尖った尾がしゅるりと飛び出し、レオンの太腿に巻き付いた。
「……!」
 腿の内側に小さな痛みが幾つも走る。
 震える両手から剣が滑り落ち、足元でゴトッと低い音が響いた。
「……血の匂いがする。お前、また殺したな?」
 うなじに唇を埋め、チュ、と音を立てて口付ける音が狭い部屋に響く。
「……っ、殺したくて、殺した訳じゃない……お前のような悪魔に取り憑かれていなければ、あの憐れな兵士は、エルカーズ王国の普通の人間だった……!」
「悪魔、か。俺たちはエルカーズ人の『神』だって言ってんだろ。自分達の崇める神とは違うからと言って、差別は感心しねえな」
 レオンが激昂しても、相手はどこ吹く風という調子でうそぶいた。
「お前達の唯一神は雲の上から降りてこねえが、俺たちは地上にいて人間に力を貸すことが出来る。その力をどう使うかは人間次第だが……俺がお前にしてやったように、百年以上の生をくれてやるなんてご利益は、お前たちの神には到底、不可能だろうが?」
「それは俺が望んだ訳では……っ」
 悪魔の青ざめた両手がゆっくりとレオンのシャツを脱がせていく。
 既に血管を甘い毒が回り始めているのか、下肢が熱っぽく疼き始めていた。
 これ以上抵抗すれば、なぶられる時間が長くなるだけだ――。
 経験から来る諦めが自制心を蕩かしてゆく。
「俺がお前に掛けている『呪い』がどんなものなのか、下にいる奴らにばらしてやろうか……。高潔な騎士様が隣国の王に宿る『悪魔』の息子に取り憑かれていると知ったら、この村の連中はどう思うかな」
「やめてくれ……」
 首を振り、レオンは振り向いて悪魔の赤く蠱惑的な瞳を見つめ、震える唇を開いた。
「お前の、望む通りに……っ」


 ――この世界における一時代前に、一人の勇猛な剣士が歴史の表舞台から忽然と姿を消した。
 名はレオン・アーベル。
 長身と均整の取れた体格に恵まれ、短く切り揃えた黒髪とあどけない美貌を持つ青年。
 彼はその潔癖で朴訥とした性格に反し、若くして大陸一の剣士と謳われ、戦場では鬼神の如き強さを発揮した。
 デンメルング聖騎士団に所属し、敵襲となれば民を守る為、縦横無尽に馬を駆り大剣を振るう。最大の脅威は、勝利のためには邪神崇拝や悪魔との契約も辞さないと言われる大国エルカーズ。
 ところが、その隣国との最大にして最後の決戦の最中、剣士レオンの消息は突然に途切れた。
 殺されたのか、それとも怖気づいて逃げてしまったのか――。


 時は百年程前の新月の夜にさかのぼる。
 南の小王国タルダンとエルカーズ王国の国境近く、岩と砂に覆われ、生きて動くものなどどこにも見えない荒涼とした大地。
 その岩肌にへばりつくように三百余りの野営の天幕が並んでいた。
 騎士と従士たちは近日襲来するであろう敵の大軍勢に備え、皆幕屋の中で寝静まっていた。
 外では幾つもの松明の火がパチパチと音を立て、風に揺れている。
 ひと際明るいのは野営地の中央に立つ、聖騎士団総長の大きな天幕の前だ。
 その入り口に、ひっそりと近づくものがあった。
「失礼。見廻りを終了したのですが、総長にご報告申し上げたいことがございます」
 外に立ったまま小声で呼び掛けるのは、歩哨の従士である。
 中で反応したのは、総長の簡易ベッドの前で軍装のまま座って休んでいた副官の騎士だった。
「総長はお休みになられている。俺が聞こう」
 彼は天幕の布を揚げ、冷たい夜風の吹く外へと出た。
 まだうら若い彼の白い肌を炎が照らし、濃い陰影を作る。
「ヘル・アーベル……」
 従士が少し動揺した様子で彼の端正な顔をみつめた。
「何があった?」
 名を呼ばれた騎士、レオン・アーベルが問いただすと、相手はいかにも言いにくそうに口を開いた。
「実は……その……女を……天幕に連れ込んでいるものが」
「女?」
 眉を顰め、レオンは聞き返した。
 聖騎士団は誓いを立てた騎士とその下で働く従士、それに後方を担う修道士達で成り立っている。
 男性のみで構成され、入団後は結婚はおろか女と交わることなく、貞節を保つ。
 レオンのように幼くして団に入ったものは特に、シミひとつない純潔を保ち続けている者ばかりである。
 団規に違反するものは罰し、罪の重いものは処刑せねばならない。
「総長を起こすまでもない。俺が行く」
 レオンは少し憂鬱な気分で総長のテントを離れ、歩哨と共にテントの間を歩き始めた。
 禁欲は若い男には酷なことだ。自分が内々に処分すれば、肉体的には酷い罰を受けずに済むだろう。
 それにしてもこんな砂漠のような場所で、一体どうやって女が紛れ込んだのか。
 娼館のある町中での掟破りならまだ分かるが。
 少し奇妙に思いながらも、天幕の間を従士について歩く内に、怪しい息遣いと声が、風にのって微かに耳に届いた。


 ――ッ、ア……っァ……もっと……ぉ


 裏返った甲高い喘ぎ声。
 レオンの頬が無意識にかっと赤く染まる。
 思わず足が止まってしまい、従士が困惑したような顔でこちらを振り返った。
「だ、……大丈夫だ」
 頷き、ふーっと大きく息をついて心を落ち着ける。
 ――何を見ても動揺しない。
 心の中で自分に言い聞かせて、レオンは更に歩みを進める。
 だが、怪しげなその声の出所は、レオンをもっと仰天させることになった。
「ここ、は――」
 行き着いた場所は――自身と同じく、少年の頃から騎士団に所属している幼馴染の親友の騎士、アレクスの天幕だったのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。 「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」 ――新王から事実上の追放を受けたガイ。 副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。 ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。 その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。 兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。 エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに―― 筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。 ※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中

月灯
BL
【本編完結済・番外編更新中】魔術学院の真面目な新米教師・アーサーには秘密がある。かつての同級生、いまは天才魔術師として名を馳せるジルベルトに抱かれていることだ。 ……なぜジルベルトは僕なんかを相手に? 疑問は募るが、ジルベルトに想いを寄せるアーサーは、いまの関係を失いたくないあまり踏み込めずにいた。 しかしこの頃、ジルベルトの様子がどうもおかしいようで……。 気持ちに無自覚な執着攻め×真面目片想い受け イラストはキューさん(@kyu_manase3)に描いていただきました!

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

処理中です...