聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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囚われの騎士

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 野戦用の暗い天幕の中を照らす、たった一つの蝋燭の炎。
 その光が、床几に腰かけている初老の男の深い皺を浮き立たせている。
 纏った重厚な鎧、顎全体に短い髭の生えた歴戦の戦士らしい厳しい顔つきと、白髪まじりの短髪。
 男がその瞼の落ちくぼんだ眼光の鋭い眼で、目の前の自分をじっと射止めるように見据えている。
 将来、自分の位を譲るつもりだった若い側近を。
 ――砂埃だらけの鎧を身に着けたレオン・アーベルは今、真っ青な顔色で所在なくそこに立たされていた。
 男はずっと黙っていたが、やがて重い口を開いて言葉を発した。
「……。それでお前は、アレクスに憑いた悪魔を追ったというのだな」
「……。はい、総長……」
 レオンは聖騎士団を率いる総長――自らが一番傍に仕えている男に、尋問を受けていた。
「アレクスに憑いていた悪魔はあの晩歩哨だった従士も確かに見ている。悪魔はお前の名前を呼び、自分の城に来るように言ったと」
「……その通りです」
「なぜ悪魔はお前の名を知っていた」
「それは……分かりません」
 声が震えるのをどうにか抑えて答える。
 ――冷たい針のむしろに立たされているような気分だった。
 あの荒野に一人残されて、レオンは結局、辱めを受けた体を抱え、団に帰ることしか出来なかった。
 神の教えに背くので自害することは出来ない。
 破倫したまま、罰せられることを恐れて団から逃げることも、どうしても出来なかった。――物心ついた時から既にいたこの場所以外で、生きていく方法を知らなかったのだ。
 自縄自縛に陥った挙句、馬に乗り古巣に帰ってくることを選ぶしかなかった。
 そしてレオンを待っていたのは予想通りの結果だ。
「同朋の中には、アレクスと共に、お前もが悪魔と契約を交わしたと噂する者もいるようだ」
「……断じてそんなことはありません!」
 レオンは首を振って強く否定した。
 返事に無反応のまま、総長が質問を続ける。
「話をもとに戻そう。お前は悪魔の城に行ったのか」
「……はい。一人で行きました」
「なぜ一人で行った。従士を連れていくべきでは無かったのか」
「……。アレクスは親友です。自分が一人で行くべきだと思いました……」
「答えになっていない」
 厳しい口調で断言され、レオンは視線を落とした。
 アレクスとの間にあったことを言う訳にはいかない。
 これ以上、死んでしまった彼の恥を明かしたくはなかった。
「一人で行って、アレクスは見つかったのか」
「は……い。彼は、既に死んでいました」
「なぜ」
「……」
 すぐに答えることが出来なかった。
 悪魔の言っていた言葉が耳を掠める。
 ――『お綺麗な聖騎士殿、殺したのは俺じゃねぇよ。……お前だ』
 彼を悪魔の手に落とすことになったのも、命を落とさせることになったのも、全てのきっかけは自分だ。
 だがそれを正直に全て話すことになれば、自分が受けた辱めについても触れることになる。それだけは――どうしても出来なかった。
「彼は……悪魔に命を吸われ、殺されていました」
 嘘ではない。そう自分に言い聞かせ言葉を紡ぐ。
「死体だけでも連れて帰りたかったのですが、悪魔の妨害に遭い……。仇を討つことも出来ず、戻りました……」
 唇と手が小刻みに震えている。
 目の前の男の鋭い眼光を、どうしても見返すことが出来ない。
 無理もない。
 今まで嘘というものをついたことが無かった。
 隠さなければならない真実など持ったことも無かった。
 だが今は違う――。
(俺はまた、神を裏切っている……)
 そのうしろめたさで胃が裏返りそうだった。
 顔は真っ青になり、脂汗が額に浮かぶ。
 帰ってすぐに仲間達に捕らえられたので、体は悪魔に犯された時のまま洗ってすらいない。
 自分が唾棄すべき汚物になったような不快感に、立っているのもやっとの状態だった。
「……」
 総長が床几から立ち上がる。
 レオンも長身だが、総長も同じくらい身の丈がある。視線の高さが同じになり、レオンは思わず息を呑んだ。
 ごつごつと節の立った相手の手が伸びてきて、レオンの汚れた頬に触れる。
「レオン。お前は嘘をついている」
 厳しい父親の口調で総長は言った。
「私には分かる。お前がまだ幼児だった頃からずっと見ているのだから」
 抑えていた震えが止まらなくなった。
 今にも泣きだしてしまいそうな衝動にかられ、必死で喉にこみ上げるものを呑み込む。
 やはり、どうしても――嘘をついたままでいることは自分には出来ない。
 無理だ。
「本当は何があった。言ってみろ」
 もう、これ以上は自分の中にあるものを抑えておくことは出来なかった。
 うまく息を吸うことが出来ず、何度も声を途切れさせながら――レオンは呻くように言葉を絞りだした。
「……っ……自分は……悪魔と……。……姦淫、しました……」


 真実を告白したレオンを待ち受けていたのは、悲惨な運命だった。
 仲間達に寄ってたかって服も鎧も全て剥がされ全裸にされ、野外に吹きさらされた、罪人用の移動式の檻の中に閉じ込められた。
 同胞たちに裸に剥かれている最中、修道士たちがやってきて、茫然としている自分の体を色々と調べていたような気がする。
 彼らはレオンの体内に残った精液を採取し、悪魔との契約の証拠を握ったと喜々としていた。
 酷い屈辱だったが、もう何もかも全てがどうでも良かった。
 真実を告白した後、総長は自分をひどく汚らわしいものを見るような眼で見た挙句、背中を見せて無言で去っていった。
 自分はもう彼の視界にすら入ることの出来ない人間になってしまったのだ。
 いずれ約束されていた地位も、自分の居場所も失った。
 悪魔を怨めるものなら怨みたかったが、何故かそんな気が起きなかった。
 ――全ては自分のせい。元々自罰的な性格もあるのかもしれないが、そうとしか思えなかった。
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