聖騎士の盾

かすがみずほ@3/25理想の結婚単行本

文字の大きさ
33 / 113
貴公子と騎士

33

しおりを挟む
「オスカー……驚くかもしれないが、……俺が王都に向かう目的も、お前と全く同じだ……」
 言葉にすると、強く体に力が漲る。
 この荒廃した世界をどうにか変えようとしているのは、自分だけではないという心強さが、初めて身の内に湧いた。
「俺はある人に昔、化け物に変えられた人々を救う方法を探すことを託された……そして、生涯の目的として誓った。王を倒さなければならないと」
 肌が粟立つような感動を得ながら、レオンは自分を抱くオスカーの腕を強く掴んだ。
「やはり、お前とは行動を共にする運命だったのだな。――一緒に王を倒そう」
 背後で、オスカーが力強く囁く。
 レオンが頷くと、彼はくすっと笑って付け加えた。
「――ふふ。実は私は、前から薄々そんな気がしていたんだ。……早く出発しなければな……もう少し眠って、まともに動けるようになれ。明日は元気に旅立てるように、私はお前の馬の世話もしておこう」
 レオンの体を抱いていた腕が優しく解かれ、ベッドを軋ませてオスカーの体が離れてゆく。
 暗い小屋の扉が開かれ、朝日に眩しく照らされた彼は神々しいほど美しかった。
 レオンはそんな彼を、やはり神が遣わした天使なのかもしれない……と、思わずにいられなかった。


 翌日から二人はまっすぐに予定のルートへと戻った。
 今度は旅は順調に進み、一日で後れをどうにか取り戻して、ついに王都へと続く古い街道に出た。
 目的まではあともう一息の道のりである。
 夏の終わりの空は明るくなったり暗くなったりし、天気が崩れやすかったが、レオンの心は今までにない程に軽く、そして穏やかだった。
 ――目的を同じくする同志がいるということは、こんなにも違うものか。
 そして、その相手には既に自分の秘密の一端を打ち明けてある。
 それでも彼は傍に居てくれるのだ。
 その事実が堪らなく嬉しい一方で、暗い影も未だ、ひたひたと後を付いてくる。
 カインと交わっていることを話していないこと……オスカーに触れられると何故だか分からないが欲情してしまうこと。
 これだけはどうしても話すことの出来ない重苦しい秘密として、未だ心の中の鎖に閉ざされている。
 それでも表向きは、何事もなく無事に日々が過ぎた。
 ――街道に出て数日。
 二人の馬は遂に、王都の一歩手前の古い宿場町に辿り着いた。
 かつて森の外れを切り拓き発展した、二つの川の間に位置する町だ。オスカーによれば、このエルカーズ北部では唯一、人が残っている集落だということだった。
「フレイの町……かつて私の一族の屋敷のあった所だ。荒れてはいるが、魔物の襲撃にもよく耐えて、今もまだ住人が残っていたんだな……」
 感慨深く話すオスカーと共に、フレイの町へ続く跳ね橋を渡る。
 町は川に囲まれ、人の通るとき以外は跳ね橋を上げている。それが王都側からも森側からも魔物の侵入を防ぐ防壁となっているようだった。
 跳ね橋を渡りきった場所にある重厚な落とし格子の門を潜ると、川沿いに建つ貴族の屋敷を中心とした石造りの町並みが広がっていた。
 人が住んでいる家は少なそうだったが、オスカーの育ったこの異国の風景が、レオンにとっても懐かしい場所のように思えてくる。
「大分人口は少なくなっているようだが、宿もちゃんと開いているそうだ。久々にまともな場所に泊まれるな」
 エルカーズ語が余り流暢でないレオンの代わりに、オスカーが町ゆく人間に話しかけ、情報を集めていた。
 レオンは馬を引きながらそんな彼をぼんやりと眺めるばかりだ。
 聞き慣れぬ言葉を離すオスカーは、やはりいつもそばにいる彼とは別人のように感じる。
 何故か暗い気分になって、レオンは言葉少なにオスカーの後について歩いた。
 やがて街の中心部にある広場にまでやって来ると、そこに行き交う人々の中から突然、一人の娘がこちらに気付いて近付いて来た。
「オスカー様! ご無事だったのですね……!」
 声を上げたその娘は、十代後半くらいの年頃だろうか。
 質素なドレス姿だが、明るい栗色の髪の毛を美しく結い、花のように可憐な顔立ちをしている。
「もう、3年ぶりくらいになりますか……覚えていらっしゃいますか? あなたの乳母の娘、エルゼです!」
「ああ、覚えているとも」
 驚きつつも優しく答えたオスカーに、娘は感極まって両腕を広げ、彼に抱きついた。
「嬉しい……!! どれだけお帰りをお待ちしていたことか……!」
 早口のエルカーズ語はよく聞き取ることが出来なかったが、その恋人同士とも思えるほど親し気な様子に、レオンの心臓にズキンと強い痛みが走った。
 二人のやりとりの中に入っていくことが出来ずに固まっていると、オスカーが気付いたように少女を紹介してくれた。
「これは私の乳兄弟の妹、エルゼだ。エルゼ、私の友人のレオン・アーベルだ」
 エルゼは星のように澄んだ瞳を輝かせたまま、はにかんだように微笑み、スカートの裾をつまんでこちらに可憐な挨拶をした。
 華奢で、声も姿も可愛いらしく美しい、彼に似合いの娘。
 その態度からは、彼女がオスカーを心から慕っている様子がとても分かる。
 ――そのことが、何故か分からないが、耐え難い程の胸の痛みに直結した。
 オスカーはエルゼとひとしきり話した後、父親の使いでパンを買いにいくという彼女を見送った。
「――さあ、レオン。今日の宿を探そうか」
 やっと、ずっと待っていた自分の事に気付いてくれた友人に、レオンは自分でも思わぬ言葉を返していた。
「――今夜、あの娘と一緒に居てやらなくてもいいのか」
 オスカーが怪訝そうな顔をする。
「どういう意味だ?」
 本気で分からないといった調子で聞き返され、レオンは少し苛立って言葉を返した。
「せっかく故郷に帰ってきたのだろう。俺は一人でも構わないが?」
 その棘のある言い方に何かを感じ取ったのか、オスカーは宥めるように言葉を切り出した。
「何だ、それは……一人になりたいという意味か? まあ、今までずっと一緒だったし、そういう事もあるだろうな。――分かった、それなら私は別で、今夜の宿をとろう」
 あっさりとそんな提案をされてしまったことに、逆に動揺した。
「っ……」
 だが、オスカーはあっさりと背を向けてしまい、どんどん前に歩いて行く。
 もはや後の祭りだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...