聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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貴公子と騎士

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 フレイにある唯一の宿はずいぶん寂れていて、レオンの他には誰も客が居なかった。
 それもそのはずだ。この魔物だらけの森と王都との狭間で、町が存続していること自体が奇跡に近い。
 貴族や金持ち達は皆逃げてしまい、どこにも逃げようのない貧しい者や、一度エルカーズから出たが、激しい宗教的弾圧を受け仕方なく戻ってきた者、そういった事情のある人間達がここで細々と暮らしているというのが実態のようだ。
 宿も殆ど、主人の好意だけで貸して貰えたようなものだった。
 一方で、オスカーは亡命貴族とは言っても、この町の人間には随分慕われている様子だった。
 国を思って戻ってきた彼の気持ちを、町の人々も感じているのかもしれない。
 少なくともあの娘は、オスカーの帰りをとても喜んで居た――。
 少し埃臭い宿の暗い部屋で、レオンはベッドに一人横たわり、ずっとオスカーの事を考えていた。
 今夜、彼はどこに泊まるのだろう。
 あれだけあっさりと別々に泊まる事を了承した彼だ。当然アテはあるに決まっている。
 そしてそれはきっと、彼の乳母の居るであろうあの少女の家だろう。
 昼間の二人の親密な様子を思い出した。
 オスカーの逞しい腰にしがみ付いた少女の細さ。
 そのむき出しの腕の皮膚の白さ……。
 あんな風に躊躇なく触れるくらいだから、二人は昔恋人同士か、それに近い関係だったのかもしれない。
 身分は違うが、オスカーはそんな事を気にする男ではないはずだ。
 今頃彼は再会したあの娘とベッドを共にしているのだろうか。
 だとしたら、どんな風に彼女を抱くのだろう。
 きっとオスカーは紳士で、女の扱いも優しく丁寧に違いない。
 蜜のように甘い言葉を囁いて、沢山のキスを体中に落として……あの大きな手で娘の腰を抱き寄せて、逞しい胸に抱くのだ。
 ――想像している内に、その夢想の中の娘が、自分に塗り換わっていく。
『お前の髪は綺麗だな……』
 レオンの髪が優しく指で梳かれ、男らしい厚みのある唇で強く首筋を吸われる。
『お前を愛している、私のレオン。全て私の物だ』
 飽きる程何度も愛を囁かれながら、彼の背中にしがみ付き、優しいキスと共に熱いペニスを尻の狭間に受け入れる――。
 そこまで想像して、真っ青になった。
(俺は一体、何を考えている……!?)
 自分は一人になった途端、そんなことしか考える事は無いのだろうか。
 オスカーは、王を倒すという使命に純粋に身を捧げているというのに――それに比べて、我が身のなんという情けなさだろう。
 レオンはベッドにうつ伏せになり、枕に何度も顔をぶつけて懊悩した。
 この所ずっと二人でいたせいか、一人でいることが以前よりも身心に堪えるようになっている。
 不快で淫らな妄想ばかりが脳を支配し、たった一晩すら、耐えられないと感じられてしまう程に。
 カインを心の中で呼ぶことも考えた。
 だが彼は来るのか来ないのか分からないし、それに何より――。
(こんな時に会ったらきっと、この気持ちを見抜かれる……っ)
 そこまで考えて、ふと疑問を感じた。
 この気持ち……この気持ちとは何だろう。
 カインに会いたく無い、会えないと心の底から思ったのは初めてだった。
 彼に会うことのできない、彼からは隠したい、――そんな気持ちを今の自分は抱えているのか。
 それがどんな気持ちなのかは、今しがたの自分の妄想で明白だった。
(俺は……オスカーに、抱かれたいのか……カインに抱かれたいと思うのと同じに……いや、それ以上に……?)
 辛い独り寝の夜の果てに認識した恐ろしい事実に混乱する。
(だから、触れられればあんなに欲情して……。だとすると、俺は)
 ――彼と友人として親しくなる前から既に、オスカーに対してそんな感情を抱いていたということになる。
 堪え難いその事実に、レオンは激しい自己嫌悪に陥った。
 こんな人間は、友人としても、同志としても完全に失格だ。
 そして自覚してしまった以上、この友情にしては過剰な感情を抱き続けたまま彼の側に居ることが酷く絶望的なことに思えた。
 オスカーに対する、決して叶うことのない重い執着を抱いたまま、上手くそれを隠しおおせて、首尾よく王を倒せたとして――その後は?
 彼はあの娘のいるこの故郷の町へ錦を飾って戻る。
 結婚もし、子供も作るだろう。
 そして自分は――また独りだ。今度こそ永遠に……。
 王を倒したからと言って体が変わる訳でもなく、自分の抱える永遠の孤独が終わるわけではない。
 むしろ、唯一つの生きる目的を失い、一方で、たった1人の友人は自分とは別の世界を生き、そしていつか先に死ぬ。
 ……その時レオンは今よりも苛烈な孤独に襲われるだろう。
 生きる屍となってしまう程の。
 先に待っているであろうそんな事実を分かっていながら、一緒に旅を続けることに耐えられるのだろうか?
(無理だ――)
 結論はあっという間に出た。
 ……孤独のあまり、やっと手に入れた友情では満足できず、身体を抱いて欲しいとまで願ってしまう――そんな自分は既に狂っているからだ。
 最悪の場合、目的を果たすことすら待たずに、この友情を跡形もなく失うだろう。
 百年の孤独の末にやっと得ることの出来た、この大切な繋がりを。
『お前は何でもないフリをしながら、私をそんな目で見ていたのか……? そんな人間とずっと一緒に旅をしていたなんて――』
 あの暖かい緑の瞳に生理的嫌悪が宿る、そんな場面が浮かび、レオンは掛け物をがばりと剥いで起き上がった。
(嫌だ……それだけは……)
 激しい焦りが体を支配する。
 まだ間に合うかもしれない。これ以上オスカーに深入りしなければいいのだ。
 本当に心が通ったと思ったのはつい先日のことだ。
 傷の浅い内に離れてしまえば、以前の自分に戻ることはまだ容易に思えた。
 誰かに側にいて欲しいなどと、甘ったれた考えがそもそもの間違いだ。
 生まれた時も、聖騎士団でも、その後も、自分はずっと1人だった、そしてこれからも1人で生きてゆくべきだった。
 たまにやってくる悪魔だけを慰めにして……。
 レオンは決意を固め、床に下りて着替え始めた。
 荷物を纏め、旅立ちの支度を終えた後、質素な木のテーブルでオスカーに宛てた短い書置きを作り始める。
 ――事情があって、これ以上は共に進むことが出来ない。本当に申し訳ない、今まで世話になった。有難う――一旦そんな風に書いたが、すぐに破り捨てた。
 何をどう伝えてもきっと、彼には自分の逃亡の意味など分からないだろう。
 諦めて窓の外を見ると、もう既に東の果てが白みはじめていた。
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