聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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貴公子と騎士

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 門番に幾らか金を渡せば、早朝でも外へ出ることは出来るだろう。
 長年の放浪生活で素早く逃亡することには慣れている。
 レオンは少ない荷の入った袋を肩に負うと、足音を立てぬよう宿屋の二階を下りた。
 閂(かんぬき)を開けて外に出ると、朝の町は薄く白い靄(もや)がでていて、生きるものの存在を感じないほどに静まり返っている。
 今出て行けば誰にも知られることは無いという自信があった。
 裏の馬小屋に回り、手早く馬に鞍を付け、荷物を括り付ける。
 手綱を引いて町を南側まで縦断し、拙いエルカーズ語で門と跳ね橋の番人に金を渡し、話を付けた。
 一瞬だけ鎖を巻き上げて門を開けて貰い、跳ね橋を下ろして貰った。
 素早く王都側へ渡り切った途端に、背後で再び町が閉ざされる音を聞く。
 夜が明けきる前に脱することが出来て、急に気が抜けたような気分になった。
 同時に言い知れぬ寂しさが湧く。
 この百年間で、一番大きなものを失ってしまった……。
 だが、思いを断ち切るように馬の首を王都へ向ける。
 目の前には元来た森の道よりも大きく開けた首都への街道が続いていた。
 この先の一本道を迷うことはまずない。
 オスカーに気付かれることを恐れ、レオンは出来るだけ距離を稼ごうと馬の腹を蹴って走らせ始めた。
「はぁっ!」
 背後の森の生む朝靄の中を駆け抜けていく内に、いつの間にか涙が頬を濡らしていた。
 彼は怒り、失望するだろう。
 自分でも最低な、理不尽な行動だと分かっているのだ。
 それでも足を止めることが出来ない。いつか失うものだから、今ここで失うことを選んだのだ。
 しばらく走り続けて、ここまで来れば大丈夫だろうと思う所まで何里か進み、レオンはやっと馬の手綱を緩めた。
「お前も、朝から無理をさせて悪かったな……」
 相棒の栗色のたてがみを撫で、休ませるように並足で歩かせる。
 レオンも濡れた頬を拭きながら背を伸ばし、前を向いた。
 だがその瞬間だった。
 耳に、背後から響く微かな蹄の音が届いたのは――。
 ギクリとして固まり後ろを振り返る。
(まさか……。オスカーだとしたら、早すぎる――)
 その可能性は否定した。レオンが出た直後に追いかけてきたのでなければ辻褄が合わない。
 ――敵だろうか。
 荒廃している王都が近い。盗賊ということもあり得るだろう。
 疲れた自分の馬を無理に走らせても、恐らく追いつかれる、それほどのスピードで背後の馬は走っている。
 一旦馬を降り、剣の柄に手を掛けて街道の中央に立った。
 いっそ戦った方がまだ勝機があると判断し、道の向こうを見据える。
 だがレオンがそこに見たのは、最初に否定した可能性そのものの光景だった。
 葦毛の馬に跨り、靡く蜜色の髪を朝日に輝かせながら、整った顔立ちに必死の形相を浮かべたオスカーの姿を見て、レオンは驚愕した。
 ――そんな、まさか。空でも飛んで来たのだろうか。
 そう感じる程、彼が目の前に現れたのが余りに早すぎた。
 驚きの余りすぐには動けないでいるレオンの左を、馬の勢いはそのままにして追い抜かせ、オスカーがドッと横飛びに地面に降りる。
 土埃が舞う中、王都に向かって行く手をふさぐ形でオスカーが長い腕を広げ、レオンの前に立ちはだかった。
「レオンお前、どういうつもりだ……!」
 恐ろしい程激怒していることが、その鬼気迫る表情から分かる。
「一人になりたいと言っておいてすることがこれか。お前は簡単に人を裏切るのだな!」
 その言葉がレオンの心に刃物のように刺さり、同時にやるせの無い憤りを生んだ。
「――どうとでも言え! 大体、俺は一人になりたいなどと一言も言っていない!」
 噛み付くように言葉を返し、怒りの炎を宿している緑の瞳を睨み返す。
「お前はあの娘と一緒に居たかったんだろう! だから俺は」
「何を言っているんだ。何か誤解してるのか!?」
 言葉に含まれている感情が、怒りから困惑へと変わっていく。
 ――ああ、自分はおかしなことを言っている。
 それが明らかに分かるからこそ堪えがたくなり、羞恥と混乱で頭が爆発しそうになった。
 もうダメだ。考えていることが、全部口から外に漏れてしまう。
 膝から力が抜け、呻きながら地面にくずおれた。
「――女と居るお前を見ると、苦しい……」
 目の前に立つ友人の瞳が驚きに見開かれた。
 オスカーが目線を合わせるように一緒に膝を地に落とし、両手で肩を強く掴んでくる。
「レオン……。お前、その言い方はまるで私の恋人のようだぞ……」
 余りなその言葉にカッと頬が燃えた。
 だが、こちらの顔を覗き込んでくる視線は優しい。
「レオン。――もしかしてお前は私が好きなのか」
 穏やかに、だがストレートに訊かれて、顔を手で覆い、左右に首を振る。
「わ……からない……」
 それは正直な答えだった。
 抱かれたいと思っていることには気付いたが、それ以上の自分の感情は本当に、正直よく分からない。
「俺は、人を好きになったことがないから……」
「……そうか……」
 オスカーの相槌がまるで子供に対するように優しいのが、辛くて堪らなかった。
 自分が彼と違い、何も分からない欠陥だらけの人間だと思われているような気がした。
「もし、そうなのだったとしても、こんな呪われた人間が、そんな資格など……」
「……その話は以前聞いたぞ……神が憑いていると」
 宥めるように言葉を重ねられ、首を激しく振る。
「違う……!」
 強い否定にオスカーが驚き、戸惑うように口をつぐむ。
 その表情に自虐的な気分をいっそう煽られ、気付けば血を吐くかのように告白していた。
「抱かれているんだ……あの悪魔……お前達の神に。昔聖騎士だった時に一度抱かれて……それから、何度も何度も……っ」
 次の瞬間、レオンは自分自身の行為に驚き、呆然とした。
 震える手が地面にだらりと落ちる。
 とうとう言ってしまった。
 誰にも明かすつもりの無かった、淫らな秘密を。
「ずっと……抱かれているうちに、俺は頭がおかしくなってしまって……男のお前に対しても、おかしな気持ちを……」
 我を失ったまま言葉を続ける内に、強く掴まれている肩にズキンと痛みが走った。
 誤魔化しや言い逃れを許さない口調で、オスカーが畳みかける。
「おかしな気持ちとは何だ。言ってみろ」
 心を射抜くような緑の瞳に見つめられ、蛇に睨まれた獲物のようになり、レオンは震えた。
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