聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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神と騎士

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 周囲に糸杉がまばらに生える王都への広い道に、霧のような小雨が降り始めた。
 厚い鈍色のマントのフードを深く被った2人が、オスカーを先頭に馬を進めてゆく。
 暗く重い雨雲が垂れ込めた空の下、前方にはもう王都が見えている。
 小高い丘の上に尖塔が密集してそそり立つ城と、それを囲む石造りの旧い市街。
 首都だというのに、そこには遠目にも人の気配を感じることが出来ない。
 まるで住む人もないまま時の止まった、古い遺跡のようだ。
 その場所には、神の力を取り込み、レオンと同じだけの時を生き続けているはずのエルカーズの王がいるはずだ……。
(神の力を持つ王……)
 レオンは細かい雨にけぶる城をぼんやりと見つめた。
 カインの事がふと思い出されて、胸が痛む。
 焚火に照らされた彼の蒼白な顔。
 もう会わないと言った時の表情……。
 恋情と後悔の入り混じった感情が湧きだし、頭の中が混乱する。
 それでも体だけは黙々と目的地に前進していると、目前の背の高い草の中から、黒い布の塊が突然飛び出してきた。
 カインのローブを思わせるそれにドキッと心臓が跳ねる。
 馬の手綱を強く引いてよくよく見れば、それは黒い丈の長い服を着た白髪の老人だった。
 白い髪と髭を伸ばしたその老人は、杖を手によろよろと道の真ん中に寄ってくる。
 レオンは驚いていたが、オスカーはすぐに相手に対し、馬上から親しげに声を掛けた。
「神官どのではないか。――見送りは良いと言ったのに」
 老人が深い皺の刻まれた顔を上げ、雨に濡れたまま馬上のオスカーを眩しそうに仰ぐ。
「……いえ、あなた様はこの国に残った最後の希望……神に仕える身として、どうしてもお見送りをさせて頂きたかったのです……」
 その言葉からすると、どうやら老人はエルカーズの神官のようだった。
 昨日オスカーが会っていたというのは、彼のことなのだろうと気付く。
 逃げるように出て行ったと思ったのは誤解だったことを知り、レオンの顔からすっと血の気が失せた。
 昨日自分を抱いた恋人の記憶が蘇り、感情が混乱して吐き気を催す。
 目の前では、神官とオスカーの会話が続いている。
「昨日は色々無理を言って済まなかった。……私が頼んだことを、くれぐれも宜しく頼む」
「……承知しております」
「それでは、御身に平和と安寧を祈るぞ」
「あなた様にも」
 別れの挨拶を終え、オスカーが馬の腹を蹴って再び進み始める。
 レオンも辛うじてその後に続き、こちらを見つめて立ち尽くす老人の横を通り過ぎた。
 神官がオスカーの後ろにつくレオンの姿を見上げながら、独り言のように呟く。
「神に仕える騎士よ、どうかお気を付けて」
 その言葉にレオンはビクンと背を強張らせた。
 自分が神に仕える聖騎士だったのは百年も昔の話だ。
 そういう意味で言ったのでは無いとすれば、一体老人はどういう意味でその言葉を発したのだろう。
 謎のまま、背後の神官の姿が遠ざかって行く。
 やがて崩れ掛けた石橋を渡って最後の川を越え、2人は王都の入口である鉄の門の前に辿り着いた。
 都市と外部を隔てる外壁に作られた観音開きの門扉は、右半分がひしゃげて地面に落ち、風雨に晒されてすっかり錆びている。
 その向こうには幾重にも重なった瓦礫が見えていて、馬に乗ったままでは進めそうになかった。
「馬は無理だ。さあ、こちらへ」
 そう言ったオスカーに従って馬を降り、ぬかるんだ地面に足を下ろした。
 門扉をふさぐようにして積まれた瓦礫を越え、ふたりは徒歩で王都ヴァーリの内部に入った。
 大通りを囲む、今は放置された幾つもの商店の跡、色あせて所どころが破壊された石畳のモザイク、崩れかけたドーム状のコロッセオ――往時は華やかな都市であっただろうと思わせる幾つもの痕跡を、横目に通り過ぎてゆく。
 まるでここは、死の町だ……。
 そう思うと背筋がゾッとして、レオンは歩きながらマントの布を引き寄せた。
 オスカーは道を分かっているようで、どんなに酷い道でも迷わずに大股で歩いてゆく。
 レオンはそんな彼についていくのが精いっぱいで、次第に息が上がってきた。
「――城に行く前に、一つ寄りたい所がある」
 不意にオスカーがそう言った。
 拒否する理由もなく、素直に頷き、彼の後に続く。
 足を取られそうな荒れた坂道を共に歩きながら、レオンは勇気を出して相手に尋ねた。
「……どこへ行くんだ……?」
「――私たちの神の祀られている場所だ。城のすぐ傍にある」
 オスカーが城壁のすぐ下を指さした。
 前面に彫刻の施された白い柱が並び立つ、奥行きのある建物が見える。
 その屋根は丘の城に届きそうなほど高く、側面には目張りのされた大窓が並ぶ、他の建物とは風合いの異なる建築物だ。
(神の祀られている場所……)
 その神には、カインも含まれているのだろうか――。
 一瞬そんなことを考え、また昨夜のことを思い出してしまった。
 時間が経ち、記憶が鮮明になっていくにつれ、胃がぐっと締め上げられるように縮み、胸が酷くえずく。
 思い出すたびに感情が引き裂かれそうなのに、自分はまだ何事もなかったようにオスカーと旅をしている。
 カインとオスカー、二人の間で揺れ動き、目的を半ば失っている有様だ。
 オスカーを愛している。そのことに間違いはなかったはずだ。
 それなのに何故……。
「こちらだ、レオン」
 神殿の前までやってくると、オスカーは背後のレオンを促すように振り向いた。
 彼は立ち並ぶ円柱の間をすり抜け、迷いなく中へ入っていく。
 入ると、中の作りはかつてレオンが故郷で見た大聖堂に似ていた。交差する梁に支えられた天井は高く、ずっと奥まで闇に包まれた身廊が続いている。
 暗く静謐なその建物の奥へ進んでいくと、所どころ崩れた天井からわずかな光が差し込み、足元を照らしている事い気付いた。
 帯状に差し込むそれに目を落とすと、劣化した石床の模様が確認できる。
「レオン、見ろ」
 オスカーが神殿の中央の床を指さした。
 そこには大きな円が描かれ、その中に何重にも複雑な図形が描かれているのが見えた。
 古代の文字のようなものも書かれており、ただの模様には見えない。
「この魔法陣が全ての始まりだったのだ。ここがゲートとなり、神が異世界から幾人も召喚され始めた……」
 レオンは床に膝をつき、その美しい模様に見入った。
 カインがここからやってきたのだとすると、その前は一体どんな世界に住んでいたのだろう。
 そして、カインではない他の神達は、一体どこへ行ってしまったのか。
 ゲートは今はもう開いてはいない。
 この世界に来てからずっと、カインは自分の故郷に帰っていなかったのだろうか――。
 そんなことを考えている内に、オスカーの姿が背後から消えていた。
「オスカー……?」
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