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神と騎士
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一人になると、この場所は余りにも静か過ぎた。
奥へ向かって立ち並ぶ柱がまるで黄泉への入り口のようだ。
柱の間を右往左往しながら神殿の中を歩き回り、消えたオスカーの姿を探す。
まるで世界にたった一人残されたような気分で、酷く心細い。
「オスカー……!」
不安の混じった声で名前を叫ぶと、姿は見えないが、「こっちだ」という微かな声がした。
声のした方へと急いで足を向け、神殿の更に深部へと入ってゆく。
奥には壮麗で巨大な青い薔薇窓があり、そこから入る青白い光を浴びるようにして、オスカーが立っていた。
「オスカー……! こんな所にいたのか……」
彼は何も答えない。
ただその美しい草原の色の瞳が、自分を静かに見つめている。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
足を止めて尋ねると、彼は何かを堪えているかのような声音で、無表情に言葉を紡ぎ始めた。
「レオン、……私とお前は……。ここで、永遠に別れなければならない」
唐突な告白に、声にならない程の衝撃を受けた。
「……どういう、ことだ……」
体中から血の気が引き、全ての音も色も光も、世界から褪せていく。
光を浴びているオスカーは今でもやはり絵画の大天使のようだ。
だがその唇は自分に別れの運命を告げている。
レオンはただ呆然としていた。
彼の言った言葉がどうしても信じられず、尋ねる。
「……ずっと一緒に、旅をしてきたのに……? 最後まで傍に居ろと言ったのは、お前なのに……?」
出会った時の彼が脳裏に蘇る。
料理を作ってくれたこと。
夜交代で火の番をしたこと。
何度も命と心を彼に救われた。
他愛のない会話と初めての友情、そして初めての恋。
「……王都に一緒に行こうと、同じ目的だと言ったのは、嘘だったのか……!? お前は一体、」
叫ぼうとした瞬間、佇んでいるオスカーの足元から、レオンの踏んでいる敷石に向かって、ビシリと大きな亀裂が走った。
「な……っ」
ぐらりと足元が揺れ、レオンの足元を支えていたはずの床が、タイルごと脆く崩れて下に崩壊してゆく。
「っ、うあああっ……!」
暗く深い穴に、床の敷石ごと前のめりに落ちてゆく。
余りにも暗い奥底に永遠に落ち続けるように感じられたが、幸い、数メートル下の地下にしたたかに体を打ち付けただけで済んだ。
全く受け身が取れなかったせいか、激しい痛みと脳震盪でしばらく声を出すことも出来ない。
痛みをやり過ごし、ようやく身体を起こした時、辺りはまた時が止まったような静けさに包まれていた。
今しがた落ちてきた亀裂の間を見上げ、青白い光が差し込む天井に向かい叫ぶ。
「……オスカー!? ……オスカー!!」
名を呼ぶが相手は姿を見せない。
ただ、張りのある彼の声だけが、埃と黴の臭いのするシンとした空間に響くように聞こえてきた。
「そこは神官だけが知る地下室で、安全だ。――明日の朝になれば、あの老神官が助けに来るはずだから、それまでは辛抱してくれ……」
「何を言っている!? どういうことだ!!」
どうやら、こんな場所に落ちてしまったのは彼の思惑通りであったらしい。
一体どういう意図があって故の行動なのか、分からないままレオンは混乱し、何度も叫んだ。
「オスカー!! 答えろ、オスカー……!!」
だが、無情にも彼の長靴の音はどんどん遠ざかってゆく。
その音を聞きながら、薄々気付き始めた。
一瞬裏切られたのかと思ったが、最後の言葉からすればそう言うことではないだろう。
城を目前にしてレオンをこんな場所に足止めしたのは、彼が最初から、一人で王と戦うつもりだったからだ。
だが王はカイン以上の力を持つであろうエルカーズの主神バアルをその身に取り込んでいる。
オスカーがかなり強いとはいえ、とても一人で叶う相手とは思えない。
(オスカー……お前、死ぬつもりか……??)
レオンは必死に四方を見回した。
落ちてきた地下室は明かりもなく真っ暗で、ただ古びた祭壇だけが奥に置かれ、扉のような物も全く見当たらない閉鎖された空間だ。
「俺も行かせてくれ、オスカーっ……頼む……っ」
もう一度叫ぶが、言葉はもう立ち去ってしまったオスカーの背中には届かない。
「っ……!」
永遠に別れる。
その言葉は、死を覚悟してのことだろう。
それならば、共に戦いたかった。
死ぬのなら、一緒に死にたかった。
悔しさと情けなさに嗚咽が漏れ、体を支えていた膝が崩れて、レオンは俯くように床に突っ伏した。
「くそっ……!!」
石の床を激しく拳で叩き、自分と、勝手に一人で行ってしまったオスカーに対する苛立ちをぶつける。
骨の浮き出ている部分から血が滲み、床に滴り落ちてしみ込んだ。
絶対に認めたくない。もう二度と会えないなんて。
「うぅ……っ」
嗚咽を上げながらもう一度涙に滲む天井を見上げる。
どうにかしてあそこへ登ることが出来れば――そう思った時だった。
背後の暗闇で、不意に何かが動く気配がした。
「異国人……聖域ヲ……血で、汚スナ……」
スゥ、ハァ、と妙に大きな呼吸音と、乱れたイントネーションの共通語が聞こえる。
レオンはビクンと身体を震わせ、顔を上げてじりじりと後ずさった。
「誰だ……!!」
相手はどうやら、隅の闇の深い場所に縮こまって隠れていたらしい。
黒く小柄な体格をした不気味な影が、天井の穴から差し込んでいる光のもとに、のっそりと物憂げに移動し始める。
現れたのは、黒光りするヌルリとした皮膚に、ぎょろっとした目のトカゲのような顔をした怪人だった。
「……! 魔物か……っ!?」
驚きでレオンが叫ぶと、相手は身にまとっている黒い布のようなものを翻し、太い首を大きく左右に振った。
「私ハ、コノ聖域ノ、神官……魔物ニ成リ果テ、狂イ、人ヲ、傷ツケナイタメニ……ココニ自分ヲ、トジコメテイルノダ……。漏レタ雨水ヲノミ、ネズミヲ食シナガラ、ココデ生キナガラエテイル……」
――姿は異形だが、どうやらこの相手は、まともに話をすることが出来るらしい。
レオンは光明を見つけたような気持になり、トカゲの顔をした神官に詰め寄った。
「お願いだ神官殿……! ――どうにかして、ここから外に出たい。そして、城に行きたいのだ! 抜け道はないのか!?」
ローブの両肩を掴み、ゆすぶる勢いで尋ねる。
神官は困ったように赤く異様に長い舌を出し、黄色く眼光を放つ目を細めた。
「コノ地下室ニ通ジル抜ケアナ……随分前ニ、自分デフサイデシマッタ……同ジ場所、見ツケテ掘レバ、ナントカナル、カモシレン……」
奥へ向かって立ち並ぶ柱がまるで黄泉への入り口のようだ。
柱の間を右往左往しながら神殿の中を歩き回り、消えたオスカーの姿を探す。
まるで世界にたった一人残されたような気分で、酷く心細い。
「オスカー……!」
不安の混じった声で名前を叫ぶと、姿は見えないが、「こっちだ」という微かな声がした。
声のした方へと急いで足を向け、神殿の更に深部へと入ってゆく。
奥には壮麗で巨大な青い薔薇窓があり、そこから入る青白い光を浴びるようにして、オスカーが立っていた。
「オスカー……! こんな所にいたのか……」
彼は何も答えない。
ただその美しい草原の色の瞳が、自分を静かに見つめている。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
足を止めて尋ねると、彼は何かを堪えているかのような声音で、無表情に言葉を紡ぎ始めた。
「レオン、……私とお前は……。ここで、永遠に別れなければならない」
唐突な告白に、声にならない程の衝撃を受けた。
「……どういう、ことだ……」
体中から血の気が引き、全ての音も色も光も、世界から褪せていく。
光を浴びているオスカーは今でもやはり絵画の大天使のようだ。
だがその唇は自分に別れの運命を告げている。
レオンはただ呆然としていた。
彼の言った言葉がどうしても信じられず、尋ねる。
「……ずっと一緒に、旅をしてきたのに……? 最後まで傍に居ろと言ったのは、お前なのに……?」
出会った時の彼が脳裏に蘇る。
料理を作ってくれたこと。
夜交代で火の番をしたこと。
何度も命と心を彼に救われた。
他愛のない会話と初めての友情、そして初めての恋。
「……王都に一緒に行こうと、同じ目的だと言ったのは、嘘だったのか……!? お前は一体、」
叫ぼうとした瞬間、佇んでいるオスカーの足元から、レオンの踏んでいる敷石に向かって、ビシリと大きな亀裂が走った。
「な……っ」
ぐらりと足元が揺れ、レオンの足元を支えていたはずの床が、タイルごと脆く崩れて下に崩壊してゆく。
「っ、うあああっ……!」
暗く深い穴に、床の敷石ごと前のめりに落ちてゆく。
余りにも暗い奥底に永遠に落ち続けるように感じられたが、幸い、数メートル下の地下にしたたかに体を打ち付けただけで済んだ。
全く受け身が取れなかったせいか、激しい痛みと脳震盪でしばらく声を出すことも出来ない。
痛みをやり過ごし、ようやく身体を起こした時、辺りはまた時が止まったような静けさに包まれていた。
今しがた落ちてきた亀裂の間を見上げ、青白い光が差し込む天井に向かい叫ぶ。
「……オスカー!? ……オスカー!!」
名を呼ぶが相手は姿を見せない。
ただ、張りのある彼の声だけが、埃と黴の臭いのするシンとした空間に響くように聞こえてきた。
「そこは神官だけが知る地下室で、安全だ。――明日の朝になれば、あの老神官が助けに来るはずだから、それまでは辛抱してくれ……」
「何を言っている!? どういうことだ!!」
どうやら、こんな場所に落ちてしまったのは彼の思惑通りであったらしい。
一体どういう意図があって故の行動なのか、分からないままレオンは混乱し、何度も叫んだ。
「オスカー!! 答えろ、オスカー……!!」
だが、無情にも彼の長靴の音はどんどん遠ざかってゆく。
その音を聞きながら、薄々気付き始めた。
一瞬裏切られたのかと思ったが、最後の言葉からすればそう言うことではないだろう。
城を目前にしてレオンをこんな場所に足止めしたのは、彼が最初から、一人で王と戦うつもりだったからだ。
だが王はカイン以上の力を持つであろうエルカーズの主神バアルをその身に取り込んでいる。
オスカーがかなり強いとはいえ、とても一人で叶う相手とは思えない。
(オスカー……お前、死ぬつもりか……??)
レオンは必死に四方を見回した。
落ちてきた地下室は明かりもなく真っ暗で、ただ古びた祭壇だけが奥に置かれ、扉のような物も全く見当たらない閉鎖された空間だ。
「俺も行かせてくれ、オスカーっ……頼む……っ」
もう一度叫ぶが、言葉はもう立ち去ってしまったオスカーの背中には届かない。
「っ……!」
永遠に別れる。
その言葉は、死を覚悟してのことだろう。
それならば、共に戦いたかった。
死ぬのなら、一緒に死にたかった。
悔しさと情けなさに嗚咽が漏れ、体を支えていた膝が崩れて、レオンは俯くように床に突っ伏した。
「くそっ……!!」
石の床を激しく拳で叩き、自分と、勝手に一人で行ってしまったオスカーに対する苛立ちをぶつける。
骨の浮き出ている部分から血が滲み、床に滴り落ちてしみ込んだ。
絶対に認めたくない。もう二度と会えないなんて。
「うぅ……っ」
嗚咽を上げながらもう一度涙に滲む天井を見上げる。
どうにかしてあそこへ登ることが出来れば――そう思った時だった。
背後の暗闇で、不意に何かが動く気配がした。
「異国人……聖域ヲ……血で、汚スナ……」
スゥ、ハァ、と妙に大きな呼吸音と、乱れたイントネーションの共通語が聞こえる。
レオンはビクンと身体を震わせ、顔を上げてじりじりと後ずさった。
「誰だ……!!」
相手はどうやら、隅の闇の深い場所に縮こまって隠れていたらしい。
黒く小柄な体格をした不気味な影が、天井の穴から差し込んでいる光のもとに、のっそりと物憂げに移動し始める。
現れたのは、黒光りするヌルリとした皮膚に、ぎょろっとした目のトカゲのような顔をした怪人だった。
「……! 魔物か……っ!?」
驚きでレオンが叫ぶと、相手は身にまとっている黒い布のようなものを翻し、太い首を大きく左右に振った。
「私ハ、コノ聖域ノ、神官……魔物ニ成リ果テ、狂イ、人ヲ、傷ツケナイタメニ……ココニ自分ヲ、トジコメテイルノダ……。漏レタ雨水ヲノミ、ネズミヲ食シナガラ、ココデ生キナガラエテイル……」
――姿は異形だが、どうやらこの相手は、まともに話をすることが出来るらしい。
レオンは光明を見つけたような気持になり、トカゲの顔をした神官に詰め寄った。
「お願いだ神官殿……! ――どうにかして、ここから外に出たい。そして、城に行きたいのだ! 抜け道はないのか!?」
ローブの両肩を掴み、ゆすぶる勢いで尋ねる。
神官は困ったように赤く異様に長い舌を出し、黄色く眼光を放つ目を細めた。
「コノ地下室ニ通ジル抜ケアナ……随分前ニ、自分デフサイデシマッタ……同ジ場所、見ツケテ掘レバ、ナントカナル、カモシレン……」
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