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【続編・神々の祭日】騎士の目覚め
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怒りをぶつけた後も気持ちが収まらないまま、レオンは席に着き、食事を始めた。
焼きたてのパンは温かくふっくらしていて素晴らしい出来だったが、それを素直に感謝する気持ちにもなれない。
対面に座っているオスカーが赤く腫れている頬を濡れ布巾で冷やしながら、深く溜息をついた。
「……口と同時に手が出るのはお前の悪い癖だぞ」
穏やかな口調でそう諭されると、つい自分が悪いような気分が湧く。
済まなかった、やり過ぎた……と謝ってしまいたくなって、心の中で自分に喝を入れた。
(この男は悪魔だ。貴公子の皮を被った悪魔……)
客人の事を知らせなかったのも恐らく九割がたわざとだ。
彼の中身は、レオンが自分の物だと知らせるためなら他人に情事を見せ付けることもいとわない――そんな男なのだから。
(俺は悪くないからな)
そんな思いを込め、目の前に座った青年貴族を睨み付ける。
「……お前は怒っている顔も本当に可愛いな。ますます愛おしくなる」
明るい緑の瞳にニッコリと微笑みを返され、レオンは手からパンを取り落とした。
「~~~~っ」
人前でなんという事を言うのだろう。
顔が熱くなり、何も言えずに俯く。
カインが比較的意地悪でそっけないので、オスカーにこんな風にあしらわれるのには本当に弱い。
レオンは怒りを表明し続けるのを諦めて、簡素だが風味豊かなパンを再び口にした。
「美味い……」
思わず漏れたその言葉にオスカーが華やかに微笑む。
「それは良かった。さあ、スープも冷めないうちに飲め」
促されるがままに、湯気の上がる器にも手を伸ばした。
獣の骨や野菜くずを煮込んだスープを何度も漉して出来上がったそれは、一口飲んだだけで口元が緩んでしまう美味だ。
「猪が手に入ったからな。肉は夕飯に」
そんな風に言われて、一瞬、つい満面の笑顔になってしまう。
さっきまで怒っていたのに、罰が悪いことこの上ない。
だが事実、オスカーの作る食事は素晴らしかった。
パン、スープ、肉に魚、時には菓子まで――この館に住むようになってからというものの、食生活は今までにないほど豊かだ。
食糧の供給元は、以前は神殿からの供物が十割だったが、今はレオンが趣味で手を掛けている屋敷の庭の菜園で育った野菜、それに時々オスカーが害獣対策を兼ねて狩猟で採取してくる獣の肉類が主になっている。
菜園は放置され荒れ果てていた屋敷の庭全てを畑にしてしまったもので、様々な作物の栽培を実験している所だった。
ほぼ自給自足で生きる慎ましい生活は修道士時代にも経験があり、レオンにとっては望ましい暮らしだ。
勿論、夜も朝も性愛に耽る昨今の日々は、修道士の敬虔で禁欲的な暮らしとは程遠いがーーこの屋敷での生活は満ち足りていて、そして愛に溢れている。
恋人に常識が無いのが玉に瑕ではあるけれど……。
――レオンが滋味豊かなスープを一息にのみほし、全員が食事を終えた頃合いに、オスカーは長テーブルの中央で立ち上がり、沈黙を破った。
「……私は暫くの間この屋敷を離れる」
「えっ」
急な知らせに、レオンは驚いた。
「――もうすぐ王都で、エルカーズの各地の有力者達が集まる会議がある。私はベアリットと共に北部地方の代表として出席することになった。場合によってはそのまましばらく王都に留まる」
ベアリットというのは、以前レオンが世話になっていた老神官の名である。
彼は元々王都の神官長で、この国にあるすべての神殿の長にあたる人物だ。一時はその職から離れ王都を辞していたものの、今は若い神官のティモと共に王都の神殿に戻っている。
カインはこの地でオスカーとして生き始めたのと同時に、ベアリットを後ろ盾にする形で様々な公的組織活動に参加し始めた。
どちらかと言えば人間と関わるのを面倒がる方かと思っていたので、最初は意外に感じたものだ。
彼は人間たちの中で存在感を強め、いつの間にか推挙される形でフレイの町の参事会の1人となり、最近では更に発言権を強めて、元のタールベルクの領地全土の実質的な領主として認められるようになってきている。
それに伴い昼間屋敷を外すことも多くなってはいたが、長期に渡ってこの街自体を離れるというのは、2人で暮らし始めてから初めてのことだった。
「俺も一緒にいっては駄目か……?」
遠慮がちに尋ねると、オスカーは屈託無く笑って頷いた。
「勿論だ。お前は私の騎士だろう? 留守はこの2人に頼むつもりだから、お前の畑や、他の気になることは全て2人に引き継ぐがいい」
その言葉にレオンは表情を明るく輝かせた。
朝食の後、久々の旅支度をして馬に乗り、レオンはオスカーとともに早々に王都へと立った。
双子の客人は酷く無口で、畑の説明をしても相槌ひとつなかったが、熱心に羊皮紙にメモを取っていたので、恐らく大丈夫だろう。
出る時には屋敷の入り口から左右対称に手を振って見送ってくれたし、悪い印象はない。
彼らの存在は謎だが、お陰で久々の2人旅が始まった。
既に太陽は青空に高く登り、初夏の気温が軍服には堪えるほどになっている。
以前は荒れて雑草だらけだった街道も、今はきちんと整備され、馬での旅が格段に楽になっていた。
跳ね橋を渡り、森を抜ける街道の路傍に生えている野イチゴの赤に目を楽しませながら、レオンは隣をゆくオスカーに尋ねた。
「王都に集まって、一体何を話すんだ?」
肩に流した金髪を日差しにけぶらせ、深緑色の軍服に身を包んだオスカーが長い睫毛を伏せる。
「新しい王に誰を選ぶのか、王都復興の人手と財源……後は、人間に戻った魔物達の処遇、そのほか食糧問題と外交問題……そんな所だな」
「また王が立つのか……」
先王の最後を思い出し、余り良い気分がしない。
王の死については、ティモの他に誰も目撃者がいない為にさまざまな憶測が生まれたが、神殿によって「神の審判」であったという旨が説明されていた。
病んだまま100年生き続けた先王の直系の血筋は既に絶えている。
町の噂では、新しい王は先王と姻戚関係にあった有力貴族の中から選ばれる事になるだろうと言われていた。
「今のエルカーズは分裂状態だ。特に王都に近い地域は領主が逃げ出して、神殿やギルド、中には山賊のような者が実質的に治めている土地もある。今迄はある意味魔物がこの国を不可侵にしていたが、これからは国を一つに纏めて行かねば、周辺国に対抗できない」
「そういうものなのか……」
レオンは俯き、手綱を持つ手に視線を落とした。
以前の、王を倒せば全てが解決すると思っていた自分は、何と甘かったことか。
この地での甘く幸福な生活も、実は薄氷の上にあるのかもしれない。
そう思うと、ただ能天気に付いて来た自分が恥ずかしくなった。
焼きたてのパンは温かくふっくらしていて素晴らしい出来だったが、それを素直に感謝する気持ちにもなれない。
対面に座っているオスカーが赤く腫れている頬を濡れ布巾で冷やしながら、深く溜息をついた。
「……口と同時に手が出るのはお前の悪い癖だぞ」
穏やかな口調でそう諭されると、つい自分が悪いような気分が湧く。
済まなかった、やり過ぎた……と謝ってしまいたくなって、心の中で自分に喝を入れた。
(この男は悪魔だ。貴公子の皮を被った悪魔……)
客人の事を知らせなかったのも恐らく九割がたわざとだ。
彼の中身は、レオンが自分の物だと知らせるためなら他人に情事を見せ付けることもいとわない――そんな男なのだから。
(俺は悪くないからな)
そんな思いを込め、目の前に座った青年貴族を睨み付ける。
「……お前は怒っている顔も本当に可愛いな。ますます愛おしくなる」
明るい緑の瞳にニッコリと微笑みを返され、レオンは手からパンを取り落とした。
「~~~~っ」
人前でなんという事を言うのだろう。
顔が熱くなり、何も言えずに俯く。
カインが比較的意地悪でそっけないので、オスカーにこんな風にあしらわれるのには本当に弱い。
レオンは怒りを表明し続けるのを諦めて、簡素だが風味豊かなパンを再び口にした。
「美味い……」
思わず漏れたその言葉にオスカーが華やかに微笑む。
「それは良かった。さあ、スープも冷めないうちに飲め」
促されるがままに、湯気の上がる器にも手を伸ばした。
獣の骨や野菜くずを煮込んだスープを何度も漉して出来上がったそれは、一口飲んだだけで口元が緩んでしまう美味だ。
「猪が手に入ったからな。肉は夕飯に」
そんな風に言われて、一瞬、つい満面の笑顔になってしまう。
さっきまで怒っていたのに、罰が悪いことこの上ない。
だが事実、オスカーの作る食事は素晴らしかった。
パン、スープ、肉に魚、時には菓子まで――この館に住むようになってからというものの、食生活は今までにないほど豊かだ。
食糧の供給元は、以前は神殿からの供物が十割だったが、今はレオンが趣味で手を掛けている屋敷の庭の菜園で育った野菜、それに時々オスカーが害獣対策を兼ねて狩猟で採取してくる獣の肉類が主になっている。
菜園は放置され荒れ果てていた屋敷の庭全てを畑にしてしまったもので、様々な作物の栽培を実験している所だった。
ほぼ自給自足で生きる慎ましい生活は修道士時代にも経験があり、レオンにとっては望ましい暮らしだ。
勿論、夜も朝も性愛に耽る昨今の日々は、修道士の敬虔で禁欲的な暮らしとは程遠いがーーこの屋敷での生活は満ち足りていて、そして愛に溢れている。
恋人に常識が無いのが玉に瑕ではあるけれど……。
――レオンが滋味豊かなスープを一息にのみほし、全員が食事を終えた頃合いに、オスカーは長テーブルの中央で立ち上がり、沈黙を破った。
「……私は暫くの間この屋敷を離れる」
「えっ」
急な知らせに、レオンは驚いた。
「――もうすぐ王都で、エルカーズの各地の有力者達が集まる会議がある。私はベアリットと共に北部地方の代表として出席することになった。場合によってはそのまましばらく王都に留まる」
ベアリットというのは、以前レオンが世話になっていた老神官の名である。
彼は元々王都の神官長で、この国にあるすべての神殿の長にあたる人物だ。一時はその職から離れ王都を辞していたものの、今は若い神官のティモと共に王都の神殿に戻っている。
カインはこの地でオスカーとして生き始めたのと同時に、ベアリットを後ろ盾にする形で様々な公的組織活動に参加し始めた。
どちらかと言えば人間と関わるのを面倒がる方かと思っていたので、最初は意外に感じたものだ。
彼は人間たちの中で存在感を強め、いつの間にか推挙される形でフレイの町の参事会の1人となり、最近では更に発言権を強めて、元のタールベルクの領地全土の実質的な領主として認められるようになってきている。
それに伴い昼間屋敷を外すことも多くなってはいたが、長期に渡ってこの街自体を離れるというのは、2人で暮らし始めてから初めてのことだった。
「俺も一緒にいっては駄目か……?」
遠慮がちに尋ねると、オスカーは屈託無く笑って頷いた。
「勿論だ。お前は私の騎士だろう? 留守はこの2人に頼むつもりだから、お前の畑や、他の気になることは全て2人に引き継ぐがいい」
その言葉にレオンは表情を明るく輝かせた。
朝食の後、久々の旅支度をして馬に乗り、レオンはオスカーとともに早々に王都へと立った。
双子の客人は酷く無口で、畑の説明をしても相槌ひとつなかったが、熱心に羊皮紙にメモを取っていたので、恐らく大丈夫だろう。
出る時には屋敷の入り口から左右対称に手を振って見送ってくれたし、悪い印象はない。
彼らの存在は謎だが、お陰で久々の2人旅が始まった。
既に太陽は青空に高く登り、初夏の気温が軍服には堪えるほどになっている。
以前は荒れて雑草だらけだった街道も、今はきちんと整備され、馬での旅が格段に楽になっていた。
跳ね橋を渡り、森を抜ける街道の路傍に生えている野イチゴの赤に目を楽しませながら、レオンは隣をゆくオスカーに尋ねた。
「王都に集まって、一体何を話すんだ?」
肩に流した金髪を日差しにけぶらせ、深緑色の軍服に身を包んだオスカーが長い睫毛を伏せる。
「新しい王に誰を選ぶのか、王都復興の人手と財源……後は、人間に戻った魔物達の処遇、そのほか食糧問題と外交問題……そんな所だな」
「また王が立つのか……」
先王の最後を思い出し、余り良い気分がしない。
王の死については、ティモの他に誰も目撃者がいない為にさまざまな憶測が生まれたが、神殿によって「神の審判」であったという旨が説明されていた。
病んだまま100年生き続けた先王の直系の血筋は既に絶えている。
町の噂では、新しい王は先王と姻戚関係にあった有力貴族の中から選ばれる事になるだろうと言われていた。
「今のエルカーズは分裂状態だ。特に王都に近い地域は領主が逃げ出して、神殿やギルド、中には山賊のような者が実質的に治めている土地もある。今迄はある意味魔物がこの国を不可侵にしていたが、これからは国を一つに纏めて行かねば、周辺国に対抗できない」
「そういうものなのか……」
レオンは俯き、手綱を持つ手に視線を落とした。
以前の、王を倒せば全てが解決すると思っていた自分は、何と甘かったことか。
この地での甘く幸福な生活も、実は薄氷の上にあるのかもしれない。
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