聖騎士の盾

かすがみずほ

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【続編・神々の祭日】騎士と甘橙(オレンジ)

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 もしかして――と思うよりも早く、青い軍服を纏った神殿兵達が現れる。
「大丈夫ですか、総長殿」
 最初に脱走を知らせてくれた中年の兵士が心配そうに膝を床についた。
「来なくていいと言ったのに」
 未だヴィクトルに足固めを掛けたまま拗ねたように言うと、相手はきっぱりと顔を横に振った。
「オスカー様に、あなたが兵士を半殺しにする前に止めろと言われて参ったのです」
「あいつは俺を何だと思ってるんだ……」
 憤りを感じたが、このまま意地の張り合いを続けていたら確実に相手の骨を折り、数か月以上使い物にならなくしていたに違いない。
 溜息をついてヴィクトルの股間から脚を抜き、彼の両脚を解放する。
 相当痛みがあったのか、相手は自由になった途端に無言のまま左右にのたうち回った。
「いつも通り、王城の地下牢に一人ずつ別々に、三日間入れてやれ」
「了解しました」
 中年の兵士が同情の目でヴィクトルを見下ろし、屈んで手を貸した。
 他の2人は別の者に任せ、娼館の階段を降りる。
「騒がせて悪かった」
 娼婦たちに会釈をして通りに出た途端、レオンは激しく落ち込んだ。
 ――毎回こうしてサボりを摘発し、謹慎として王城の地下牢に三日間閉じ込める――というのが完全にパターンになっている。
 殴り合いにまでなったのは今回が始めてだ。
(俺は、人の上に立つのは向いていない……)
 反抗する者に罰を与える以外に何をすればいいのか、分からない。
 自分の乏しい経験の中ではそれしかやり方を知らないからだ。
 こんな時カインなら、うまく人の心を操り自分の思い通りに仕向けるのかもしれない。
 けれど、上手い嘘がつけず、思ったことがすぐ顔に出て、おまけに手も足も出るような自分にはそんなことはとても無理だ。
(やはり誰か俺以外の人間をあてて貰おう……ヨハンは適任だろうし)
 先ほど迎えに来た中年の兵士のことを思い出す。
 あんなふうに、元魔物の割には世慣れしていて、新しい環境にもすんなり馴染み、自分よりも若く見えるレオンにも型通りに接してくれる人間もいる。
 この問題児だらけの騎士団の総長には、そんなそつのない人間の方が相応しいのでは――そう思わずにいられなかった。


 城の高い尖塔が夕闇に沈んでいく。
 レオンが市街の見回りを終え、普段から開け放したままの城門をくぐると、城に一つだけ温かい明かりのついている窓があるのが目に入った。
 目を細めてそれを眺めながら足を進める。風が木々をザワザワと揺らす音に混じり、庭先に仮設された長屋から、仕事を終えた石工達の笑い声が聞こえてきた。
 裏庭まで入り込み、目立たない城の通用口の扉を僅かに開き、真っ暗な内側に身体を滑り込ませる。
 人気のない王城の空気は外気以上に冷えていて、シンとした静けさと共に体に染みた。
 近づく冬の気配を感じ、マントの裾を引き寄せる。
 一つ上の階に上がり、ミシミシと床板の鳴る音をさせながら木目が剥き出しになった廊下を歩いてゆくと、漸く目的の部屋の前に辿り着いた。
 レリーフと赤い彩色の美しい扉を三度ノックする。
「入れ」
 声と共に、レオンは金のドアノブを回した。
 中に入った途端、炎の焚かれた暖炉の暖かい空気が体を包む。
 蝋燭を明るく灯した部屋の奥に視線を送ると、そこには深緑色のビロードのカーテンを引いた大窓と、書類の山積みになった重厚な執務机が目に入った。
 その中に埋もれるようにして書き物をしている長い金髪の青年が、うずたかい書簡の山の間からこちらに微笑みかける。
「お帰り、レオン」
 手元の羊皮紙には羽根ペンで書かれた美しい筆致が覗いていた。
 昨日もそうだったが、最近の彼は不眠不休で仕事をすることが多く、二人の寝室に帰ってこないことも多くなっている。
 二日ぶりに顔を見てどこかホッとしながら、レオンは執務机の手前に置いてある布張りの優雅なソファに腰を掛けた。
 足を組みながら背中を預けて吐息をつき、部屋を見渡す。このカインの執務室は、床の見える隙間の方が少ないという程様々なものが散乱していた。
 直置きにされたまま保管を待っている処理済みの書類、何が入っているのか分からない大きな麻袋、転がった美しい意匠のペーパーナイフ、海の向こうの国のものと思しき地図、羽根をあしらった美しい紫色の仮面、弦の切れたリュート、マルファス達の作った沢山の設計図と、色とりどりの液体の入った薬瓶。
 人間はレオン以外入れないし、触れれば怒られそうなので誰も整理整頓をするものが居ないのだ。
「……疲れている顔をしているな」
 労わるような言葉を掛けられて胸がじんと苦しくなる。
 今日あったことが頭に甦り、レオンは腹を決めて率直に、思ったままを彼に伝えてみることにした。
「……オスカー……俺を、今の任務から外してくれないか」
 それなりの覚悟を持っての発言だったが、相手は何一つ顔色を変えなかった。
「そういう訳にはいかない。お前にしか出来ない仕事だ」
 思った通りの言葉が即答で返ってきて、静かにため息をついて肩を落とす。
「俺を買い被っているんじゃないか。……今なら分かる、俺が百年孤独だったのはお前のせいじゃない、俺が――」
 言葉を遮るように、オスカーは笑った。
「確かにお前は、長をやるには血の気が多すぎるかもしれないがな。――けれど私は、お前がそうやって落ち込みながらも頑張っている所を見るのが好きだぞ」
 レオンの頬に赤みが差す。
「真面目な話をしてるのに、からかうな。本当にどうしたらいいのか困っているんだ……」
 オスカーがペンを置き、椅子を引いて立ち上がった。
 長靴が床を鳴らす音が聞こえ、床に置いてあるものを跨ぎながら、こちらに近付いてきた時には既に彼は流れる銀髪のカインの姿になっていた。
 その優雅な手が、置いてある麻袋の一つをずるっと引き上げる。
 中に手を入れながら、彼はこちらを見て艶やかに微笑んだ。その眼差しに知らず知らずの内に動悸が高まる。
「この前、試しに旅商人から買ってみたんだ。お前、食ったことあるか? オレンジ」
 袋から出てきた彼の指の長い手の平の中に、鮮やかな太陽と同じ色をした実が握られている。
「……傭兵をやっていた頃に、市場でみたことがある……」
 買ってみたことも食べたこともないが、店先に山積みにされているのを見て、美しい色だと思った覚えがあった。
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