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【続編・神々の祭日】囚われの貴公子
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叫びながら上段に振りかぶった男の胴を、レオンは無言で真っ二つに切り裂いていた。
恐らく自分が死んだ事にも気付かず、その死体が足元にどさりと落ちる。
生暖かい返り血を頬に浴び、レオンは視線を上げながら無表情で剣に付いた血を振った。
その鮮やかな色に、戦場で敵を切り殺し続けていた頃の後ろ暗い興奮が嫌でも蘇る。
「こいつ……悪魔か……」
他の傭兵達が震え上がるが、それでもよほど頭《かしら》が恐ろしいのか、誰一人行く手を退こうとはしない。
「ひ、一人で俺たち全員を相手に戦えると思ってんのかあ!?」
虚勢を張った太った髭の男と、その隣の骨ばった若い男が両方ともレオンに斬りかかった。
その二人の剣筋を同時に弾いて押し返し、彼らを一瞬怯ませる。
瞬時に背後からも一人襲って来る気配を読み取り、レオンは狭い廊下で素早く身体を逸らして壁際に避け、3人を同士討ちのように激突させた。
「ひいっ……!」
激しい金属音と共に血飛沫が飛び、悲鳴を上げる男たちを尻目に奥へ向かう為に背を向ける。
「いっ、いでえ、腕が切れた!!」
「何しやがるお前えぇ……!!」
怨嗟の声に足を止め、レオンは悠然と振り向いた。
「俺は何もしていない。それとも、俺にその首を切り離されたかったか」
挑発するように微笑み体を彼らに向けると、相手は激高して声を荒げ、一斉に剣を構えた。
「畜生、生意気な若造め、そんなに死にてえなら殺してやる……!!」
再び3人が同時にレオンの首を狙って剣の刃を次々と繰り出す。
レオンは飛んでくる攻撃を冷静に細かく避けながら、殆ど無意識に一人ずつ傭兵を始末した。
一人は首の動脈を切り裂き、もう一人は心臓を一息に刺す。
残りの一人は、レオンが余りにも淡々と人を殺して行く様に恐れをなして一瞬背を向けたが、その背も容赦なく斜めに切り捨てた。
掌に残る生々しい感覚と、剣を伝って落ちる血の赤さに、罪悪感と共に疼くような高揚感が全身を支配する。相手に対する同情も躊躇もなく、ただ無心に戦うことを思い出し、更に血に飢えるような凶暴な感情が身の内に芽吹きかけた。
祖国を守るため、そして鉄の規律を守る為に、神の名のもとに迷いもなく人間を殺していた頃のように。
(こんな俺に戻らないように、カインは俺を遠ざけたんだろうか……)
不意にそう気付いて、泣きたいような、叫び出したいような感情が胸に溢れた。
彼は何度も、レオンが言葉よりも手が先に出てしまうのを注意していた。
何か厄介なことがあったとしても、剣に頼らずに解決する方法が幾らでもある事を教えようとしてくれていた。
そして彼は、二度と武器を抜かずに済むように、ずっとレオンの周囲全てを、流血のない平穏な世界で包もうと努力していた……。
一方で自分は、カインの作った真綿のように平安な暮らしの中で、戦いも孤独も、全ての過去を記憶の底に閉じこめ、安楽に生きていた。
魔物であれ人であれ、沢山のエルカーズ人の命をこの手で数え切れないほど多く奪ってきた事も忘れて。
しかしそれは、代わりにカインに大きな重荷を押し付け、何もかもを彼一人に呑み込ませる事になってはいなかっただろうか。
(俺は、何も知らされず、お前にただずっと守られているだけでいるより、この方がずっと――いい)
気が付くとレオンは頬を濡らして泣いていた。
それでもまだ、自分を殺そうと現れ、向かって来る敵の喉を迷う事なく切り裂き、オスカーの姿を追ってがむしゃらに館の奥へと進む。
突き当たりの階段室に入ろうとした時、背後から濁声がレオンを呼び止めた。
「兄ちゃん、待ちな!」
その声にびくりと足を止め、ゆっくりと振り返る。
「お前、やっぱりあの時の王城の騎士か! ガキみてえなツラして俺の部下を殆ど殺してくれやがって……これを見ろ!」
額から血を流し、ぐったりとしているヴィクトルの姿が視界に飛び込んだ。旅装束の上から着た派手な借り物のチュニカが破れ、上から垂れた血に染まっている。
赤毛の傭兵頭ゲーロがその身体を背後から抱え、首筋に剣の刃をあてて叫んだ。
「変な真似しやがったらこいつの首はねえぞ。さあ、剣を捨てろ!」
「ヴィクトル……!」
思わず名を呼ぶと、彼は目蓋を僅かに震わせ、金色の瞳を開いてこちらを見た。
「……総長……俺のことは捨てていけ……伯爵の所に行くんだろ……」
掠れた声が必死に言葉を紡ぐ。
前に進めばすぐそこにオスカーがいるかもしれない。
だが、後ろには怪我をした部下が捕まっている。
立ち尽くすレオンにヴィクトルが叫んだ。
「……早く行け、しくじったのは俺だ……迷うな、レオン……!」
彼に初めて名を呼ばれ、一気に意識が覚醒した。
大切な友人を見殺しに置いて行くことなど、出来る訳がない。
レオンはヴィクトルの顔を見つめたまま、ゆっくりと血に染まった床に膝を落とし、剣をごとりとそこに置いていた。
「総長……」
瞳を見開き首を振る彼に、一瞬笑顔を作る。
――お前は悪くない。
そう言おうとした時、背後から誰かが近付く気配がした。
振り向きかけた途端、棍棒のようなものでしたたかに後頭部を殴られ、レオンはその場に倒れて意識を失った。
恐らく自分が死んだ事にも気付かず、その死体が足元にどさりと落ちる。
生暖かい返り血を頬に浴び、レオンは視線を上げながら無表情で剣に付いた血を振った。
その鮮やかな色に、戦場で敵を切り殺し続けていた頃の後ろ暗い興奮が嫌でも蘇る。
「こいつ……悪魔か……」
他の傭兵達が震え上がるが、それでもよほど頭《かしら》が恐ろしいのか、誰一人行く手を退こうとはしない。
「ひ、一人で俺たち全員を相手に戦えると思ってんのかあ!?」
虚勢を張った太った髭の男と、その隣の骨ばった若い男が両方ともレオンに斬りかかった。
その二人の剣筋を同時に弾いて押し返し、彼らを一瞬怯ませる。
瞬時に背後からも一人襲って来る気配を読み取り、レオンは狭い廊下で素早く身体を逸らして壁際に避け、3人を同士討ちのように激突させた。
「ひいっ……!」
激しい金属音と共に血飛沫が飛び、悲鳴を上げる男たちを尻目に奥へ向かう為に背を向ける。
「いっ、いでえ、腕が切れた!!」
「何しやがるお前えぇ……!!」
怨嗟の声に足を止め、レオンは悠然と振り向いた。
「俺は何もしていない。それとも、俺にその首を切り離されたかったか」
挑発するように微笑み体を彼らに向けると、相手は激高して声を荒げ、一斉に剣を構えた。
「畜生、生意気な若造め、そんなに死にてえなら殺してやる……!!」
再び3人が同時にレオンの首を狙って剣の刃を次々と繰り出す。
レオンは飛んでくる攻撃を冷静に細かく避けながら、殆ど無意識に一人ずつ傭兵を始末した。
一人は首の動脈を切り裂き、もう一人は心臓を一息に刺す。
残りの一人は、レオンが余りにも淡々と人を殺して行く様に恐れをなして一瞬背を向けたが、その背も容赦なく斜めに切り捨てた。
掌に残る生々しい感覚と、剣を伝って落ちる血の赤さに、罪悪感と共に疼くような高揚感が全身を支配する。相手に対する同情も躊躇もなく、ただ無心に戦うことを思い出し、更に血に飢えるような凶暴な感情が身の内に芽吹きかけた。
祖国を守るため、そして鉄の規律を守る為に、神の名のもとに迷いもなく人間を殺していた頃のように。
(こんな俺に戻らないように、カインは俺を遠ざけたんだろうか……)
不意にそう気付いて、泣きたいような、叫び出したいような感情が胸に溢れた。
彼は何度も、レオンが言葉よりも手が先に出てしまうのを注意していた。
何か厄介なことがあったとしても、剣に頼らずに解決する方法が幾らでもある事を教えようとしてくれていた。
そして彼は、二度と武器を抜かずに済むように、ずっとレオンの周囲全てを、流血のない平穏な世界で包もうと努力していた……。
一方で自分は、カインの作った真綿のように平安な暮らしの中で、戦いも孤独も、全ての過去を記憶の底に閉じこめ、安楽に生きていた。
魔物であれ人であれ、沢山のエルカーズ人の命をこの手で数え切れないほど多く奪ってきた事も忘れて。
しかしそれは、代わりにカインに大きな重荷を押し付け、何もかもを彼一人に呑み込ませる事になってはいなかっただろうか。
(俺は、何も知らされず、お前にただずっと守られているだけでいるより、この方がずっと――いい)
気が付くとレオンは頬を濡らして泣いていた。
それでもまだ、自分を殺そうと現れ、向かって来る敵の喉を迷う事なく切り裂き、オスカーの姿を追ってがむしゃらに館の奥へと進む。
突き当たりの階段室に入ろうとした時、背後から濁声がレオンを呼び止めた。
「兄ちゃん、待ちな!」
その声にびくりと足を止め、ゆっくりと振り返る。
「お前、やっぱりあの時の王城の騎士か! ガキみてえなツラして俺の部下を殆ど殺してくれやがって……これを見ろ!」
額から血を流し、ぐったりとしているヴィクトルの姿が視界に飛び込んだ。旅装束の上から着た派手な借り物のチュニカが破れ、上から垂れた血に染まっている。
赤毛の傭兵頭ゲーロがその身体を背後から抱え、首筋に剣の刃をあてて叫んだ。
「変な真似しやがったらこいつの首はねえぞ。さあ、剣を捨てろ!」
「ヴィクトル……!」
思わず名を呼ぶと、彼は目蓋を僅かに震わせ、金色の瞳を開いてこちらを見た。
「……総長……俺のことは捨てていけ……伯爵の所に行くんだろ……」
掠れた声が必死に言葉を紡ぐ。
前に進めばすぐそこにオスカーがいるかもしれない。
だが、後ろには怪我をした部下が捕まっている。
立ち尽くすレオンにヴィクトルが叫んだ。
「……早く行け、しくじったのは俺だ……迷うな、レオン……!」
彼に初めて名を呼ばれ、一気に意識が覚醒した。
大切な友人を見殺しに置いて行くことなど、出来る訳がない。
レオンはヴィクトルの顔を見つめたまま、ゆっくりと血に染まった床に膝を落とし、剣をごとりとそこに置いていた。
「総長……」
瞳を見開き首を振る彼に、一瞬笑顔を作る。
――お前は悪くない。
そう言おうとした時、背後から誰かが近付く気配がした。
振り向きかけた途端、棍棒のようなものでしたたかに後頭部を殴られ、レオンはその場に倒れて意識を失った。
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