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夢奏でる夜の庭
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「おっ……おど……っ!おいふざけんな、俺は兵士だ、剣は振るっても踊りなんか踊らねえぞ!?」
叫んだ途端、背後の扉を開けて誰かが入ってくる気配がした。
ビクッと肩を竦めて振り向くと、黒装束に身を包んだ長身の男が二人、黙って立っている。
南国風の着丈の長いローブを宝石で飾り、頭には銀細工で留めたバルドル風のターバンを巻いた、そっくりの顔をした二人だ。
カインやバアルによく似た白皙の美貌だが、瞳は黒曜石のように真っ黒で表情に乏しく、まるで人形のようだ。
ヴィクトルは彼らのことをよく知っていた。
以前、数日間共に旅をしたことがあったからだ。
カインの兄達であり、バアル・アミュールの双子の息子、マルファスとハルファス。
れっきとした神の一族だが、最近はこの人間の世界で、建築物の設計と楽器演奏にいそしんでいる。
オスカーは含んだような笑みを浮かべ、話を続けた。
「この二人が変装し、楽師としてお前と一緒に南に行く。マルファスは弦楽器(ウード)と片面太鼓(ダルブッカ)、ハルファスは縦笛(ミズマール)と管楽器(ネイ)をマスターしている。――お前、何か出来る楽器でもあるのか?」
「うっ……」
「お前の母はバルドルの踊りの名手だったのだろう? 習わなかったのか」
「習ってると思うか……? こちとら10歳で兵隊に志願してるんだぞ」
「なら道すがら練習するしかないな。そして春祭りの騒ぎに便乗してボルツの城に侵入し、バルドルとのつながりの証拠を掴んでくるがいい。――マルファス、ハルファス。ヴィクトルと父上を連れて行け」
「はあ!? クソ、何もかも手前勝手に決めやがって! こんないい加減な作戦、絶対上手く行くはずねえだろうが!?」
腹立ち紛れに叫ぶヴィクトルに、オスカーはにっこりと微笑んだ。
「それは問題ない。お前にはこの国の素晴らしい神々の加護がついているからな。父上、頼んだぞ」
――その言葉に、大きな紫の目をキラキラ輝かせたタコのような生物が頼もしく鳴き声を上げた。
白いもやと柔らかな光に包まれた、春の夜明け。
まだ眠りに微睡む王都を出て、三頭の黒馬が街道を走り始めた。
質素な馬具を付けられた精悍な馬たちは、それぞれ乗り手を乗せている。
先頭には、黒いマントを纏い、エキゾチックな装飾品を身につけたマルファス。
しんがりは、全く同じ姿の彼の双子の兄弟、ハルファスだ。
彼らに守られるように中央をゆくのは、神殿兵の禁欲的な軍服の上に黒マントを羽織ったヴィクトルだった。
本当は伯爵から変装用の衣装を持たされたが、目的地に着くまでは絶対に着たくなかったので、馬の荷物の中に入っている。
「……ったく、あんな場末の娼婦みたいな格好、街中で出来るか……っ」
駆け足で街道をゆく馬の背に揺られながら、ヴィクトルは唇を強く噛み締めた。
(何かと人を便利に使いやがって、あの悪魔め)
心の中でオスカーに対し毒づきつつ、顔を上げて前を行くマルファスの背中を見た。
彼とハルファスは、普段はいつも神殿の一室にこもり、設計図を描いたり、楽器の練習をしたりしている。
外に出て身体を動かすようなことは苦手なのかと思っていたが、意外に操馬術もかなりの腕前のようだった。
表情もなく、口を利かないので、彼らがこの作戦をどう思っているのかは全く分からない。
不気味な連れだが、普段から付きまとってくる間抜けな兵士、エリクやフレディと共に行かされるよりかはずっとマシなことは分かる。
彼らは口が軽いし女癖も悪い。
もしもエリク達が連れだったら、途中でこちらの正体がバレて酷い目に遭うのがオチだっただろう。
――それに、ヴィクトルは何故かこの、人付き合いが不器用な神、マルファスとハルファスが嫌いではなかった。
オスカーにこき使われているという、共通の境遇のせいかもしれない。
「ミュ……! みゅう……」
不意に、肩口から子供のような声音が上がった。
視線を落とすと、マントの内側でアミュが肩から落ちかかり、必死に上腕に触手を絡めている。
布の下に片手を入れて肩に戻してやりながら、ヴィクトルは思わずぼやいた。
「お前なぁ……律儀について来んなよ。待ってりゃいいだろ、家で」
「みゅ! あみゅあみゅ!」
ギュウっと強くしがみつかれて、クスッと笑みが漏れる。
流石に一年近くも一緒に暮らしていると、そこにいるのが当たり前のような感覚になってくるのが不思議だ。
「仕方ねえな。せいぜい神のご加護とやらを俺にくれよ……」
「ミュ……!」
任せておけと言わんばかりにアミュの触手が伸び、トントンとヴィクトルの胸の上を叩いた。
三人は途中で休み休み、南部へと続く街道を進んだ。
オスカーの復興の手が及んでいない地域へ出ると、道の境目は次第になくなった。
田畑も消え、人の気配のない、雑草ばかりの寂しい荒れ野の中を走ってゆく。
日が落ちてくると、春先のせいか気温はあっという間に落ち込み、寒さが身にしみ始めた。
(……そろそろどっかで休む準備をしねえと)
馬の疲れを感じながら、ヴィクトルは妙に温かい腹のあたりを撫でた。
アミュが軍服の中に入り込み、下の方に収まってスヤスヤと眠っている。
その温もりに触れていると何故か落ち着くのが、我ながら呆れる所だった。
太陽が半分ほど沈み、ひらけた西の空が真っ赤な茜色に染まった頃合に、先頭を走ってきたマルファスが徐々に馬足を落としてゆく。
腕を振って後続に合図を送ってきた彼を見て休憩の指示だと気付き、一安心した。
手綱を引いて街道の片隅に馬を止め、寝ているアミュを手で抑えたまま、飛び降りるように下馬する。
前を見ると、マルファスの後ろ姿が路傍の背の高い枯草の間にガサガサと深く分け入っていく所だった。
「おい、どこへいく? ここらで火を焚いて、テントを張るんじゃねえのか?」
思わず呼びかけてから、ハッとする。
マルファスもハルファスも、馬に積んでいる荷が異様に少ない。
見当たるのは横腹に括り付けられた打楽器と、彼らが直接背に負っている笛や琵琶だけだ。
「お前ら、まさか旅支度を全くして来てないのか……?」
叫んだ途端、背後の扉を開けて誰かが入ってくる気配がした。
ビクッと肩を竦めて振り向くと、黒装束に身を包んだ長身の男が二人、黙って立っている。
南国風の着丈の長いローブを宝石で飾り、頭には銀細工で留めたバルドル風のターバンを巻いた、そっくりの顔をした二人だ。
カインやバアルによく似た白皙の美貌だが、瞳は黒曜石のように真っ黒で表情に乏しく、まるで人形のようだ。
ヴィクトルは彼らのことをよく知っていた。
以前、数日間共に旅をしたことがあったからだ。
カインの兄達であり、バアル・アミュールの双子の息子、マルファスとハルファス。
れっきとした神の一族だが、最近はこの人間の世界で、建築物の設計と楽器演奏にいそしんでいる。
オスカーは含んだような笑みを浮かべ、話を続けた。
「この二人が変装し、楽師としてお前と一緒に南に行く。マルファスは弦楽器(ウード)と片面太鼓(ダルブッカ)、ハルファスは縦笛(ミズマール)と管楽器(ネイ)をマスターしている。――お前、何か出来る楽器でもあるのか?」
「うっ……」
「お前の母はバルドルの踊りの名手だったのだろう? 習わなかったのか」
「習ってると思うか……? こちとら10歳で兵隊に志願してるんだぞ」
「なら道すがら練習するしかないな。そして春祭りの騒ぎに便乗してボルツの城に侵入し、バルドルとのつながりの証拠を掴んでくるがいい。――マルファス、ハルファス。ヴィクトルと父上を連れて行け」
「はあ!? クソ、何もかも手前勝手に決めやがって! こんないい加減な作戦、絶対上手く行くはずねえだろうが!?」
腹立ち紛れに叫ぶヴィクトルに、オスカーはにっこりと微笑んだ。
「それは問題ない。お前にはこの国の素晴らしい神々の加護がついているからな。父上、頼んだぞ」
――その言葉に、大きな紫の目をキラキラ輝かせたタコのような生物が頼もしく鳴き声を上げた。
白いもやと柔らかな光に包まれた、春の夜明け。
まだ眠りに微睡む王都を出て、三頭の黒馬が街道を走り始めた。
質素な馬具を付けられた精悍な馬たちは、それぞれ乗り手を乗せている。
先頭には、黒いマントを纏い、エキゾチックな装飾品を身につけたマルファス。
しんがりは、全く同じ姿の彼の双子の兄弟、ハルファスだ。
彼らに守られるように中央をゆくのは、神殿兵の禁欲的な軍服の上に黒マントを羽織ったヴィクトルだった。
本当は伯爵から変装用の衣装を持たされたが、目的地に着くまでは絶対に着たくなかったので、馬の荷物の中に入っている。
「……ったく、あんな場末の娼婦みたいな格好、街中で出来るか……っ」
駆け足で街道をゆく馬の背に揺られながら、ヴィクトルは唇を強く噛み締めた。
(何かと人を便利に使いやがって、あの悪魔め)
心の中でオスカーに対し毒づきつつ、顔を上げて前を行くマルファスの背中を見た。
彼とハルファスは、普段はいつも神殿の一室にこもり、設計図を描いたり、楽器の練習をしたりしている。
外に出て身体を動かすようなことは苦手なのかと思っていたが、意外に操馬術もかなりの腕前のようだった。
表情もなく、口を利かないので、彼らがこの作戦をどう思っているのかは全く分からない。
不気味な連れだが、普段から付きまとってくる間抜けな兵士、エリクやフレディと共に行かされるよりかはずっとマシなことは分かる。
彼らは口が軽いし女癖も悪い。
もしもエリク達が連れだったら、途中でこちらの正体がバレて酷い目に遭うのがオチだっただろう。
――それに、ヴィクトルは何故かこの、人付き合いが不器用な神、マルファスとハルファスが嫌いではなかった。
オスカーにこき使われているという、共通の境遇のせいかもしれない。
「ミュ……! みゅう……」
不意に、肩口から子供のような声音が上がった。
視線を落とすと、マントの内側でアミュが肩から落ちかかり、必死に上腕に触手を絡めている。
布の下に片手を入れて肩に戻してやりながら、ヴィクトルは思わずぼやいた。
「お前なぁ……律儀について来んなよ。待ってりゃいいだろ、家で」
「みゅ! あみゅあみゅ!」
ギュウっと強くしがみつかれて、クスッと笑みが漏れる。
流石に一年近くも一緒に暮らしていると、そこにいるのが当たり前のような感覚になってくるのが不思議だ。
「仕方ねえな。せいぜい神のご加護とやらを俺にくれよ……」
「ミュ……!」
任せておけと言わんばかりにアミュの触手が伸び、トントンとヴィクトルの胸の上を叩いた。
三人は途中で休み休み、南部へと続く街道を進んだ。
オスカーの復興の手が及んでいない地域へ出ると、道の境目は次第になくなった。
田畑も消え、人の気配のない、雑草ばかりの寂しい荒れ野の中を走ってゆく。
日が落ちてくると、春先のせいか気温はあっという間に落ち込み、寒さが身にしみ始めた。
(……そろそろどっかで休む準備をしねえと)
馬の疲れを感じながら、ヴィクトルは妙に温かい腹のあたりを撫でた。
アミュが軍服の中に入り込み、下の方に収まってスヤスヤと眠っている。
その温もりに触れていると何故か落ち着くのが、我ながら呆れる所だった。
太陽が半分ほど沈み、ひらけた西の空が真っ赤な茜色に染まった頃合に、先頭を走ってきたマルファスが徐々に馬足を落としてゆく。
腕を振って後続に合図を送ってきた彼を見て休憩の指示だと気付き、一安心した。
手綱を引いて街道の片隅に馬を止め、寝ているアミュを手で抑えたまま、飛び降りるように下馬する。
前を見ると、マルファスの後ろ姿が路傍の背の高い枯草の間にガサガサと深く分け入っていく所だった。
「おい、どこへいく? ここらで火を焚いて、テントを張るんじゃねえのか?」
思わず呼びかけてから、ハッとする。
マルファスもハルファスも、馬に積んでいる荷が異様に少ない。
見当たるのは横腹に括り付けられた打楽器と、彼らが直接背に負っている笛や琵琶だけだ。
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