たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

振り向くな振り向くな、後ろにはもう夢はないんだ

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「まずい。少し遅れたッ」

 朝日が王都を染め上げる。
 まだ街に活気は薄く、夜のうちに下がった気温がじわりじわりと上がりだす時間。
 陽の光を全身に浴びながら、体の小さな少年が大きな荷物を背負って走っていた。
 目的の場所は、冒険者ギルドに併設されている酒場。
 まだ街は起き出していないのに、この酒場がすでに客であふれているのは、もちろん水代わりに酒を飲むような連中も多いのが冒険者だからというのもある。
 が、今日は少し理由が違った。
 冒険者クラン“龍へと至る道”が集まり、これから向かおうとしているのだ。
 ダンジョンへと、その深層の探索へと――。

 この少年アレクセイも、その“龍へと至る道”の冒険者だ。
 まだ役割は荷物持ちだけれども。

 店のドアの前で一つ深呼吸をする。
 でも、何かおかしい。全員集まっているはずなのに、あまり声が聞こえない。いつもなら意気揚々とした声が響いているのに。
 そんなことを思って、そぉっとドアを開けると、店内の重苦しい空気に驚いた。

 外は朝の空気がこんなにもさわやかなのに。
 店内はどんより重い。

 さわやか。重い。さわやか。重い。

 アレクセイはドアノブを手にしたまま、店内に頭を入れたり出したりして、そんな空気の違いを体感した。
 ふと、もしかして夜の内に誰かになにかあった? と不安が頭によぎる。
 そんな不幸はないのをすぐに知ることになるのだが。
 とはいえこの先のことはアレクセイにとっては不幸な話で……。

「……おう、アレクセイ。バカやってないで入ってこい」

 アレクセイを呼んだのはリーダーのおやっさんことイゴールだ。
 何も分からないので、とりあえず席まで向かった。

「アレクセイ、お前もうちのクランがAランク査定入ってたのは知ってるよな?」
「え!? いえ、まったく知らなかったです」

 そんな話は初めて聞いた。イゴールからどころか、同期のメンバーにさえ教えてもらっていない。

「ハッ、ずいぶんとうちに愛着のねえこったな」
「いや、そんな……」
「でだ、昇格が流れたんだよ。このくそ重てえ空気はそのせいだ」
「え、えと、流れたってどうしてですか? うちは順調だったし、今行ってるダンジョンだって、深層までいったのはうちだけだし……」
「ああ。どう考えたっておかしい。だからよ、お前が原因じゃねえのか」
「え?」

 まったくの予想外の言葉だった。

「俺、なんか悪いことしました……?」
「五年もいて荷物持ち、剣の型も一つしか知らねえ。誰とも連携もできねえ。そんな奴がのうのうとしてやがるから、うちがお友達ごっこクランだと思われてんだろうが。ここまで言えば、俺がなに言いたいか分かるよな?」

 アレクセイはイゴールのそんな理不尽な言い分に驚いて、頭が上手く回らなかった。
 なにが言いたいかなんて、はっきり言われないと分からない。

「おめえはもう二度とここにこないでいい」

 はっきり言われても、その言葉の意味がすぐには分からなかった。

「ようするに解雇。クビだ」
「待ってください! なんでいきなり……」
「おめえが成長しねえのは、普段からサボってっからだろうが。いつまでも荷物持ちしかできねえヤツはいらねえんだよ」

 サボってなどいない。剣の型を一つしか知らないのだって、イゴール自身が「この一つを完璧にまず覚えろ」と言うからだ。だから、その型だけを毎日ずっと繰り返してきた。基礎体力作りだって続けてきた。
 連携ができないのは言い訳のしようもないけど……。

 本当は皆を助けているんだ――。

 そう言いたい。でも、荷物持ちとしてだけでなく、本当は何をしているかは言えない。言えない理由がある。
 アレクセイができることは“禁忌”だから……。

「あの、待ってください。俺、サボりとかそんなつもりとかなくて……。いや、あの、もっと今よりずっとちゃんとやるから、がんばるからクビだけは……」

 イゴールはそんなアレクセイの態度を言い訳がましいととったのか、いかつい顔を歪ませた。

「お前は役立たずなんだ。出ていけ」

 淡々とした声だった。
 その態度にアレクセイは、いつもみたいに怒ってもくれないんだ……とショックを受けた。
 イゴールはこちらが何か大きく間違えた時や、自分の都合で誰かを危険な目に合わせてしまった時、そして今のように謝るより先に言い訳を――今のは本当に言い訳ではないのだけど――した時、声を荒げて怒鳴るものだった。
 いつものそんな怒鳴り声は、こわいけど、本当に相手のことを含めてメンバーを思っているからこそだと分かるもので……。

 だから、もうなにを言ってもダメなのだとアレクセイは感じ取り、下唇を噛む。

「……ごめんなさい。じゃあ、おやっさん、これ……」

 アレクセイは背負った荷物を降ろした後、腰の剣を外した。イゴールの目の前に差し出すように置く。

「おい。なんだ、こりゃ?」
「……借りてる剣なので返します」

 イゴールがアレクセイの顔から、剣に一瞥をくれた。すぐには言葉は返ってこなかった。指をとんとんとテーブルに打ち付ける音が響く。

「ゲンが悪ぃんだよ、そんなもん」
「――ッ!」

 ひどい。
 確かに冒険者はゲン担ぎをする。命が偶然によって守られることも珍しくない。だから幸運な者にはあやかろうとするし、不運やいわくのある物を持ちたがらないことも多い。
 でも、そこまで嫌がられてるなんて……。

「お前みたいなやつが使ってた剣なんて、誰も使いたがらねえよ。死体から拾った武器の方がまだマシってもんだ」

 アレクセイはくやしさよりも悲しさで、自ら置いた剣を再び手に取った。
 孤児だった自分でも招き入れてくれたイゴールの顔を改めて見る。だが、イゴールはこっちを見ようともしてくれない。他のメンバーも納得ずくなのか、誰も目を合わせようともしてくれなかった。
 ずっと家族のように思ってきた。
 でも、それは自分だけだったようだ。

「……ごめんなさい。今まで本当にお世話になりましたッ!」

 アレクセイは深々と全員に向かって頭を下げた。涙が出てきそうになる。我慢しようとしたけどダメだった。皆に見られないように急いで背中を向けた。

「あの……、皆さんは俺の憧れでしたッ!」

 肩を震わせ、そしてずびずびぃっと鼻水をすする音を最後に残し、アレクセイは酒場を後にした。
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