たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

愚直な剣です。

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「ん、偶然」

 背の高い女性はアレクセイと目があってしまってから、少しばつが悪そうにしてから、物陰から出てきた。
 いやいやどう見ても偶然じゃない。アレクセイをつけてきた感じしかない。

 しかもこの女性、自分から話しかけてきておいて、そこで言葉が止まってしまった。なにを言ったらいいのか分からないのか、2,3度まばたきをした後、ただこちらを見ている。

 よく見ると本当に騎士の称号のバッヂをつけていた。
 やっぱり本物なんだなぁ。

「ええと、騎士団の人ですよね。もう一人の方は……」
「あれ団長。うさんくさくな、い」

 そう言われると、なおさらうさんくさい。
 もっともあなたも相当うさんくさいけど。
 それにしてもこの女性、だいぶ話し方がただたどしい。
 外国なまりがあるというわけではないので、これが素の話し方のようだけど。


「俺を勧誘って何かの間違いですよね。なんのとりえもないし」

 もしかして、俺の能力が騎士団に気づかれている――そんな疑問が頭に浮かぶ。
 だとしたらどこから?

 女性は首を横に振った。視線が握った剣にうつる。

「剣、見せ、て」

 彼女に言われて、そっと差し出した。
 自慢じゃないけど、手入れだけはかかしていない。ゲンが悪いって言われて突っ返された剣だけど、そこは自信がある。
 でも、女性にはアレクセイのそんな思いなど関係なく、受け取らずにまた首を横に振った。

「構え、て」
「――ッ!?」

 ここで抜刀して構えろと?
 最強と言われる騎士団の騎士を相手に?
 つい今とりえがないと自分でも言ったし、弱さを隠す気もなかったはずなのに、自分のふがいなさが完全に露呈してしまうと、ついためらってしまった。
 でも、そうか。
 団長が勧誘している相手の実力を知りたいのも、彼女にとっては当たり前のことか。

 目の前の女性は真っすぐにアレクセイの目を見ていた。
 迷いも弱さもきっと見抜かれてるんだろう――とそんな気がして剣を抜く。


 アレクセイは剣の型を一つしか知らない。

 ――荷物持ちのお前のところまでは敵は通させねえよ。だが、もし俺達を超えていくようなヤツがいたら、お前じゃどうやったって守りながらじゃ生き残れねえ。だから、これだけは覚えろ。初撃にかけるんだ。身を捨ててこそってヤツだ。

 そう言ってその型を教えてくれたのは、今日自分を追放したおやっさんことイゴールだ。
 武器も扱うことが下手なアレクセイは、そのたった一つの型だけを何年もずっと繰り返してきた。

 ――おお、いいねえ。愚直ってやつだ。簡単にものになるって才能もすげえことだが、ただひたすらに信じて繰り返せるってのも、すげえ才能なんだよ。

 イゴールは毎日繰り返す自分にそう言ってくれた。
 他を教えてくれなかった本当の理由は、俺が役立たずだったからなのだろうけど……。

 フーッと息を吐き、鞘を地面に落とした。
 剣を右手で握り、左手は添えるのみ。
 上段に持ち上げていき、自分の耳の辺りで止めた。

 剣は中段に構えることが基本であり、様々なことに対応できると聞く。
 その基本こそが究極なのだと剣の熟練者は言う。
 だが、対応力だとか究極だとか、そんなものは捨てている。
 ただ一振りでいい。二撃放つ気など毛頭ない。
 それがアレクセイの知る唯一の型だ。

 構えは成った。
 真っすぐと相手の視線をとらえる。


「ん……いい、顔」


 女性も構えた。
 武器はない。無手の構えだ。両の拳を軽く握り、軽く左手を前に出す。

 ――いつでも、こい。
 ――はい。お願いします。

 そんな<音のない言葉>で意思の疎通をしたかのような感覚。


「――ッ!」

 アレクセイの呼吸音と踏み込み、剣が空気を切り裂く音が短く、だが鋭く響く。

 綺麗な動きだった。
 剣の才能はなくとも、教わったことをそのままに、この型だけを繰り返してきた。そんな愚直な動きだ。だが、それゆえにその年齢からは信じられないくらいに、この一撃だけは洗練された剣だった。

 でも、届かない。

 アレクセイには、どうかわされたのかも分からなかった。
 ただ、前から顔に向かって風が吹き抜け、女性のその拳が眼前に止まっていた。

 全く相手にならなかった。
 そう認識した後、至近距離のこの女性から、花のようなやわらかい匂いがして鼻腔をくすぐった。香水にしてはとても自然で、男性のアレクセイにとっても心地いい匂いだ。

「ん。よかった」

 女性はその言葉と共に拳をひいた。
 多分、怪我させないでよかったという意味なのだろう。
 アレクセイはこういう結末になるような気がしていた。いや、そうなると分かっていた。
 だから、当たったら大けがではすまないのに、思いっきり振りぬけた。
 むしろこの女性を前にして、よく攻撃できたなと思う。
 憑依という特殊な力があるので分かる。この女性は魂の大きさが自分のとはまったく違う。
 魂のサイズとは生物としての格の差そのものだ。

 悔しくはない。
 むしろ清々しい気分だった。

 ……まあ、街の中で斬りかかるなんて、今更ながらどうかしているとは思うけど。

「こんな程度ですみません」
「ううん。よかった」

 女性の表情がほころんだ。
 あ、さっきのよかったって褒め言葉だったんだ。
 ヤバい。こんなすごい人に褒められると泣きそうになる。
 うさんくさいし、変な人だけど……。
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