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第一部・一章
世界一迷惑なポイ捨て
しおりを挟む「剣、士?」
女性の素朴な問いに口ごもる。
自分では剣士というつもりはない。
剣はアレクセイにとって象徴だ。
冒険者としてだけではなく、危険にも立ち向かうという、その生き方そのものを表すものだった。
だから剣は毎日繰り返してきたし、これからも続けるつもりだけど――。
ん?
神父さんとシスターが売ろうとするのを止めたのも当然だ。
やっぱり俺はこれを売る気なんかないじゃないか。
クスっとしてしまう。
「ん、おかしいことあ、った?」
「いえ、俺は剣士ではないけど、やっぱり剣はいいものだなーって」
「剣士、じゃな、い?」
「うん。俺さっきの型しか知らないし……」
そう笑って見せると、女性は首をかしげた。
「じゃあ、なんで、勧、誘?」
「いや、それは俺が聞きたいことなんですってば!」
この女性はアレクセイの能力については知らないようだ。
単にライヤから聞かされていないだけなのだが、そんなことは分からないアレクセイは、知られてないんだな、と胸を撫でおろした。
「ま、いい、か。ボクは、サーシャ。よろしく、ね」
女性はサーシャと名乗り、そっと手を差し出した。
「アレクセイです」
その手を握る。握手して自己紹介とか、なんか照れくさい。
それにこの人、遠慮なくこっちの目を見つめてくるから照れが増しに増す。
と、その時、サーシャのその腕に無数の傷痕があることに気づいた。しかも皮膚にびっしりとあまりにも多い。
これまさか戦場で?
いや、王都の騎士団が派遣されるような戦争は、もうずっとなかったはずだ。
なら、もしかして拷問――?
「ん。これは模様、だから大丈、夫」
サーシャは視線に気づいたようで、もう片方の袖をまくって見せてくれた。
そこにも傷痕がびっしりとあった。よく見ると首の付近にも痛々しい跡がある。
目の前の女性が、とてもひどい目にあったのかと思うと心が痛む。そう受け取られることも分かっているから、怖がらせないように模様と冗談めかしているのかもしれない。
と、そんなことを考えていると、
「ははーん、アレクセイってばさてはぁ――」
背中の向こうの教会の中から、シスターの声がした。
「やっぱり剣を売るのが嫌で、ぐずぐずして……ひっ」
ドアから顔を出したシスターは真っ先にサーシャに気づき、そんな小さな悲鳴をあげた。
「ご、ごめんなさい。ええと、その、ごゆっくり」
すぐにドアは閉められた。
え、なにその態度?
いくらサーシャが大きくて迫力あるとしても、そんなにおびえる必要はないと思うけど。
よく見ると顔もけっこうかわいらしいし。
「ん?」
じっと見られていることに不思議に思ったのか、サーシャが小首をかしげる。アレクセイは、あはは、と笑ってごまかした。
――と、その時、北の空に強烈な光が現れた。
まるで星が爆発したかのような強い光の点。
サーシャもそっちに振り返った。
その光はまるで天から放り投げられたように、今度は弧を描いて落ちていく。
なんだ、今の……?
近くを通りかかった人達もあれを見ていたようで、疑問の言葉があちこちで飛び交った。
だが、アレクセイはそういった人達とは少し様子が違った。
なにか、ものすごく不安になる。
それは魂が震えるような不安だった。
サーシャに視線を移すと、彼女の表情にも緊張が走っていた。耳にひっかけるような小さな道具を出した。
『おい。今の視認したか?』
うお。団長のライヤの声がした。びっくりした。なに、それ。
「ポイ捨て見、た」
『ああ。まさにポイ捨てだったよ。まったく最悪だ。今<大きい目>でくわしい位置を確認しているが、すぐに飛べる準備をしておけ』
「ん。ポイ捨て現場、に先に向か、う」
ライヤの声は低く、真剣そのものだ。
んー? ポイ捨て?
この人達なんでポイ捨てで、こんなに緊張感漂わせてるの?
『位置が割り出せた。ソコロフ領の灰色の山脈、プロトヤドニィ山だ』
え、プロトヤドニィ山って言ったら――。
「聖山じゃないですか!? そこで何かあるんですか!?」
この国の建国史にも出てくる聖マトロア嬢が、神託を受けたという山だ。
その山の二合目付近に、神託を受けたその場所として、マトロアの木と呼ばれる神木がある。
建国記念の日には同じ種類の木を街で飾り付け、盛大に祝うもので、この木に何かあったら、権威主義大好きな教会では大ごとになる。そんなの火を見るよりあきらかだ。
『その声はアレクセイくんか。いや、今はそれよりも……。そうか聖山か。よりにもよって皮肉なものだな。いつになるかはあれの気分次第だが、その聖山はこの後必ず燃え上がる』
「あの、それって山火事ですか? さっきの光が関係してるんですか?」
『ああ。天からの落とし火だとか、鬼火だとか色々と呼び方はあるようだが、私達は神様のポイ捨てと呼んでいる。まるで神が地獄の業火をポイ捨てしたようだったろう?』
神様のポイ捨てとは、なんとも罰当たりなブラックジョークだ。
『さてアレクセイくん、もっと話をしていたいところだが急いでいてね。サーシャ、場所は分かった。行ってくれるな? こちらは<門>が開くまで時間がかかる』
「ん。了、解」
神様のポイ捨て――どうやら本当にポイ捨て現場に白鉄騎士団が出動するようだ。
さっきシスターから聞いた話が頭にちらつく。
あっち側騎士団が出動。さっきの光は理の外からの災害だということだ。
不安的中だ。とんでもない大ごとじゃないか。
サーシャの顔を見る。凛とした表情に緊張感がある。
この人はこれからその理の外の現象との戦いへ向かうんだ。
そう思うとアレクセイまで少し緊張し、身震いした。
「一緒にく、る?」
「へ……? 絶対無理です! 全力で遠慮します! それじゃ!」
最前線とか危険すぎる――!
教会に戻ろうと背中を向ける。ドアを開けようとしたところで、やっぱりちょっと言い方が悪かったかなと思い、サーシャの方に振り返った。
そこには巨大な鳥がいた――。
紫の羽毛をもち、馬車数台分はありそうな大きさの巨鳥。
いつやってきたか分からないその鳥は、サーシャに付き従うように頭を垂れていた。
「ん。アレクセ、イ、また、ね」
サーシャはその鳥の背に飛び乗って、アレクセイに微笑んだ。巨鳥が羽ばたく。その風に煽られて、アレクセイは顔を腕で守り、目をつむった。
次に目を開いた時、あの鳥はもう大空を北に向かって進んでいた。
「あ、はい、また」
あまりに驚いて、それだけしか言葉にできなかった。
もうそこにサーシャはいないのに。
あの鳥、どこからきたんだろう?
いくらなんでもあんなのが飛んで来たら気づきそうなもんだけど……。
……って、あれってもしかしてここ王都で噂のUMA、謎の巨鳥なんじゃ?
そんなことを思ったアレクセイは、また花のようなやわらかく、少し甘い匂いを感じた。
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