たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

キズビトっていう伝説の生き物らしい

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「アレクセイ、さっきのあの人って知り合い? なにかあったの?」

 教会に戻るなり、シスターがうるさく聞いてきた。

「あ、いや、知り合いなわけじゃないけど、なにかはあったかみたい。神父さ~ん」

 聖山で理の外のなにかが起きているとなったら、今はちょっとシスターにはかまっていられない。
 執拗にサーシャのことを聞こうとするシスターを無視しながら、廊下を進むと――いた。
 相変わらず食堂で水を口にしている神父に、ライヤから聞いたことをかいつまんで話す。

「アレクセイよ、王城に向かいなさい」

 神父は少しだけ思案してから、よく分からない指示をしてきた。

「……神父さん? なんでそうなるのさ?」
「聖山で災害とあっては、お偉方は王都すべての教会に人手を出すように言ってくる。もちろんここもだ」

 あー、そういうことになるのか。
 なるほどなぁ。

「そこで、だ。うちの代表はお前だ。集合場所は王城だ。理由はいけば分かる。さあ、準備をしてくれ。その間に王城に入るための書状を書く」
「……なんで俺!?」
「はあ? 仕事のないごくつぶしがなに言ってんのかなぁ?」

 アレクセイはそこをつかれると、「くっ」と口ごもった。
 くそぉ。駄々をこねたら追い出されるだけのような気もするし、これは従うしかないか。
 ここに置いてもらう以上は、教会での奉仕活動をするというのは決めていたことだし。

「なに、教会員としての活動だ。騎士団と違って命の危険ということまではないはずさ」

 そこまで危険ではないのなら、まあ。
 ついさっき、

 ――絶対無理です! 全力で遠慮します! それじゃ!

 とサーシャの誘いを断ったばかりだけど……。
 なんとなく現場で会いづらいなぁ。


 準備するといっても、現場でなにをするのか分からないので、とりあえずダンジョン探索に着ていっていた革の上着を着こみ、念の為に腕当てと脛当ても身につけた。

「膝も気をつけなきゃな。世界中の衛兵のほとんどが膝に矢を受けた元冒険者なんだって、おやっさんも言ってたし」

 念の為に剣を腰に下げ、とそこまでしたところで、

「スコップは物置にあるからもっていくんだよ」

 書状を書き終えた神父さんが教えてくれた。
 どうやら穴を掘ることは確定らしい。



 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~



 アレクセイは王城へ向かって教会から出ていった。
 その背中を神父ディミアンとシスターのエカテリーナの二人は、その姿が見えなくなるまで見送った。

「神父様、アレクセイは大丈夫なんですか。さっき一緒にいたのって……」
「あの方は白鉄騎士団の騎士サーシャ殿。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「でも、あの人って噂では人間じゃなく――」
「エカテリーナやめなさい。噂は噂だ」

 エカテリーナが気にしているサーシャの噂とはこういうものだ。
 白鉄騎士団のサーシャは人間ではない。
 その正体はキズビトと呼ばれる人類の敵、最悪の<支配者>、禁忌の存在。

 そのキズビトという伝説は、もう何百年も前の話だ。
 ある日、体中に傷痕のような模様のある人型の生物が七体、どこからともなく現れた。
 当時の人間はその異様な姿から、その七体をキズビトと呼び、神の御使いではないかとコンタクトをとった。
 だが、キズビトと接触した者は当時の軍を含め、誰一人生きて帰らなかった。

 その後、すぐにこのたった七人が人間に対して戦争を起こしたのだ。

 破竹の勢いで大陸の西から東に進んだキズビトを止めたのは、人間ではない。
 天空を覆いつくすほどの龍が姿を現わし、それからさらに数日の戦いが続いた。この戦争で大陸の半分が焼き尽くされたという。

 この伝説はこの大陸にある国全てに広がっている。
 古い文献ではキズビトを最悪の<支配者>だとして記している。ここ数十年で歴史の解釈が変わったのか、資料から<支配者>の文字は消えたが。

 もちろん、この教会の孤児院でも、キズビトの伝説の話を子供達の寝話にしてきた。
 アレクセイに話した時なんかは、

「たった七人でどうしてそんなことができたの? そんなに強かったの?」

 と興味津々に質問をされたものだ。
 その際に神父はアレクセイに詳しく教えてやった。
 キズビトが<支配者>と言われていたのは、実は――などと、しょうもない陰謀論を、さも真実であるかのように。

 そんな伝説の存在なのだから、エカテリーナの心配も、キズビトへの怯えも分からなくはない。

 ――噂ではなく100%事実だしなぁ……。

 ディミアンは白鉄騎士団の前団長とちょっとした既知の間柄で、サーシャの正体はしっかりと聞いていた。
 キズビトであり、天空からやってきた理の外の存在だ。
 ディミアンはひとまずその真実は、エカテリーナの感情がもう少し落ち着くまで告げるつもりはなかった。

「エカテリーナ、例えば、山賊が悪行の限りを尽くすといって、私達、ひいては人間が全員そうだと論じるかい?」
「いえ、それは……」
「今キミが言おうとしたことはそういうことだよ。サーシャ殿のことは彼女個人として見なければならない。いいね?」
「はい……」

 そう返事はしたものの、まだ納得していないエカテリーナは、

「あの、神父様はアレクセイを白鉄に入れたいんですか? それで彼らも向かった聖山に行かせたんですか?」
「んー。騎士団加入については、どっちでもいいと思ってるんだけどね。でも、聖山に行かせたことと、白鉄騎士団が現場にいるのはただの偶然だよ」

 エカテリーナが、なぜ行かせたのか、その答えをうながすように、ディミアンの顔を覗き込む。

「今夜あいつはここにいても、どうせ泣いちゃって眠れないでしょ。体を動かしてた方が気も楽だし、穴掘りで疲れ果てればきっと眠れるだろう」

 シスターも納得して、「そっか……」と小さくつぶやいた。
 何年もやっていた冒険者をクビになったんだ。その心の傷は深いだろう。

 そう思った時に、ついさっきの自分の発言が恥ずかしくなって、エカテリーナは少し顔を赤らめた。
 力そのものは何も悪いものではない。
 そうアレクセイに言ってきたというのに、サーシャをキズビトだと差別的に扱ってしまった。これではアレクセイを傷つけようとする者達と一緒だ。

「ま、シスターが心配してくれて、あいつも嬉しいと思うよ」

 ディミアンはエカテリーナの気持ちを知ってか知らずか、そう言って肩をポンと叩いた。エカテリーナは顔をほころばせた。が、その後、改めて、

「でも、アレクセイを行かせたのって、神父様が行きたくなかったからでもありますよね?」
「そんなわけないじゃないか。私は神の忠実な僕なんだから、神がやれって言えば喜んでやるさ」
「じゃあ、言うのが教会の人間なら?」
「……ん?」

 ディミアンは首をかしげるだけだった。
 アレクセイが帰ってきてなかったら、わたしが行かされたかも……と、エカテリーナは思わずにいられなかった。
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