たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

アレクセイ、人形となって飛ぶ

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「団長、おかえりなさい。そちらが……」

 騎士がライヤとその腕に抱きかけられているアレクセイに敬礼する。まさか女性に抱きかかえられているところに敬礼されるなんて、まったくの想像外のことだった。
 かなり恥ずかしい。

「ああ。我々の希望だよ」

 ライヤの腕の中から降ろしてもらって振り返ると、すぐに数人の騎士達が集まってきた。誰もがこの炎への対策と、サーシャへの心配も相まって疲労している。

「少年、俺達は誰一人あの炎の中にはいけない。頼む。サーシャちゃんを助けてくれ」
「俺達の大事な仲間なんだ」

 誇り高き騎士達が口々に頼み込んでくる。

 この騎士団って本当にいいところなんだな、と素直に思った。
 一瞬、イゴール達“龍へと至る道”にいた頃のことがよぎる。アレクセイは家族だと思っていたその過去。
 そんな思い出を小さく首を横に振って払いのけた。

「アレクセイくん、これが今回キミに使用を頼む人形だ。いけるか?」

 ライヤに見せられたその人形は、機械というよりも無機物と生き物の中間といった雰囲気だった。
 さっき教会員達を助けてくれた<足のない人形>がベースなのだろう。あれと似た体型だ。だが、足も顔もある。これならこの体を使って見ることも喋ることもできるはずだ。
 そっと手で触れてみると直感で分かった。

「ええ。これはずいぶんとなじみそうです」

 アレクセイは人形を確認してから、ライヤに振り返った。

「剣はもっていけそうにないですね」

 あの炎は鉄さえも溶かすだろう。
 腰に帯びた剣を鞘ごとはずし、ライヤに差し出す。

「ああ。だが、剣はなくとも、剣を通じて研ぎ澄まされた魂はキミと共にある」

 ライヤはしっかりと受け取った。
 この場にいる騎士全員がアレクセイを見つめている。
 そして騎士以外――サーシャを乗せて飛んだあの巨鳥もだ。

「さて、あまり時間はないが、キミの一番の疑問に答えなければならない」

 なぜ、ライヤだけではなく騎士団の誰もがサーシャの生存を疑っていないのか。これがライヤだけであれば、死を受け入れられない精神状態という可能性もあったが。
 この答えを知らなければ、ただの無駄足になる疑念の中で、この世の地獄の中へ突入させられることになる。

「はい。聞かせてください」
「キミはサーシャの噂を知っているか? もしくは彼女の肌を見たか?」
「噂は知りませんが、肌なら両腕を少し。すごい傷跡でした。本人は模様だなんて言っていた……けど……、え、まさか、本当……?」

 傷痕のような模様をもつ――。
 そんな生物が登場する伝説に一つだけ心当たりがある。
 今日、シスターのエカテリーナがサーシャの顔を見て怯えていたのは、きっと噂の方を知っていたのだろう。

 <支配者>キズビト。

「サーシャは本物のキズビトだよ。あの肌は傷痕ではなくて、本当にただの模様なんだ。その正体は天空から落ちてきた植物――」
「……サーシャが天空の植物?」

 いまいち、その話を飲み込めない。ライヤはそんなアレクセイの肩をつかみ、

「ああ。あの肌の模様は我々の感覚で言えばスイカだ」

 自説を発表する研究者のような勢いで説いた。
 スイカ。スイカか。
 人間や哺乳類では、あまり皮膚に模様というのは思い当たらないが、例えの仕方はともかくとして、植物であればありえるだろうと、その程度には納得はできた。

 たった七人でこの大陸の半分を焼き尽くし、龍に滅ぼされたという古き伝説の<支配者>。
 それが天空の植物で、まだ生きているなんていうのは初耳だが、理の外の生き物であれば何も不思議ではない。この神様のポイ捨ての炎が、まるで意識があるかのように人間を襲ってきたのも同じこと。
 ただそういうものだというだけだ。

「サーシャであれば――キズビトであれば、この炎の中でもしばらくは耐えられる」

 キズビトとは人間にとっての禁忌の存在、最も恐れるべき相手、最悪の禁忌だ。
 だが、今アレクセイの頭に思い浮かぶのは、今日見たサーシャのあの微笑みだった。

 彼女もまた生まれてきてはならないとされる禁忌。


「そっか。俺と一緒じゃないか」

 アレクセイのそのつぶやきの意味を、おそらくライヤは分かったのだろう。あまりにもアレクセイが真っすぐな目をして、<人形>を見るものだから。
 だから、助ける相手が人類の敵と言われるキズビトだがいいのか? という質問をしなかった。

「では――」

 アレクセイはそのまま憑依した。
 魂が移ると人形の目が開いた。同時にアレクセイの体から力がぬけ、膝から一気に崩れそうになる。だが、すぐにライヤが支えた。

 すごく妙な気分だ。
 禁忌だから誰にも言えなかった力を、こうして出会ったばかりの人達が何も疑わずに見守ってくれている。
 これまでなら絶対にありえない。
 でも、これはすごくいい気分だ。

 巨鳥がアレクセイに頭を下げた。足を折るように身を低くする。

「その子はサーシャの相棒だ。これからキミを乗せて飛んでくれる」

 巨鳥の顔を見ると、本当にこれから主を助けに行くのだと分かっているようだった。「さあ、乗れ」と言わんばかりに、紫の翼を小さく上下させて催促してくる。

「そっか。よろしくな」

 アレクセイは巨鳥へと乗り込んだ。

「サーシャをお願いしますッ!」

 騎士達がアレクセイに向かって敬礼する。アレクセイには見えていないが、ここから離れた最前線で神様のポイ捨てと戦っている騎士達も、<遠い耳>で話を聞き、同様に声を上げていた。

「はいッ。全力で連れて帰ります!」

 紫の巨鳥が羽ばたく。
 聖山を燃やすあの青白い炎への中へ向かうため、そして助けるため、今アレクセイは舞い上がった。
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