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第一部・一章
ライヤのミス
しおりを挟む『アレクセイくん、聞こえるか?』
空に舞い上がった途端、そんな声が聞こえて驚いた。
ライヤだ。耳元で直接話しかけられているような聞こえ方で、少しむずかゆい。
「あ、はい。あの、どこから……?」
『その人形に<古い言葉>を伝えるために<遠い耳>がつけてある。簡単に言えば、遠くでも私と会話ができるということだ』
巨鳥がサーシャの落ちた付近に向かって飛ぶ。風切り音がうるさいのに、ライヤの声は鮮明に聞こえた。王国にしかない<遠い耳>の技術の先端を見た気がした。
と、そんなことに感心していると、奇妙な感覚にとらわれた。
「ライヤさん、ホントに体の方お願いしますね」
『ああ。それはもちろん任せてくれ。だが、突然どうした?』
「いえ、こんなにも体と離れたのははじめてなので、俺もはっきりとは言えないんですが、なんかちょっとヤバいかもしれないです」
幽体離脱と憑依。
英雄譚に出てくる悪役などが使うと、本当に自由に動き回り、距離など無意味な印象があるのだが、実際にそれができるアレクセイとしては、断固として異を唱えたい。
とにかく難しいし、とにかく不自由なのだ。
「奇妙な感覚があるんです。勘でしかないですが、魂と体が離れられる距離には限界がありそう」
『非常に興味深い話だな。いつまでも聞いていたいところだが、ひとまず私はここから離れてはならないということだな?』
「はい。お願いします」
アレクセイは眼下を見下ろした。
山の上を目指し、空を進む巨鳥の真下には、もうすでに青白い炎の海と化していた。こんな光景、今後の人生で二度と見られないだろう。
「それにしてもすごい熱ですね。空中ですでにだいぶ熱い」
『……は? 熱い?』
「え、不安になるんで、そういうのやめてください」
『いや、熱を感じているということだな?』
「ええ、俺は石ころに乗り移っても熱も痛みも感じますしね。どうしたら消えます? 人形に熱対策してあるんですよね?』
あれ? 返答が遅い……。
『……すまない』
「え、なんです、それ。なにに謝ってるんですか!?」
『その人形そのものが耐熱仕様なのだ。そうか。感覚か。それは考えていなかった。すまないが。それ以上の対策はない』
ということは――。
数千度の火の海に身を投げなければならない?
眼下を改めて見おろす。全てを燃やし尽くそうという悪意しか感じられない炎が、視界いっぱいに広がっている。
サーシャのことは助けたい。
だが、いくら耐火仕様だとは言え、とんでもなく熱いのはここからでも分かる。いや、これは、教会で教わる地獄での断罪――永遠に地獄の業火で焼かれる。あれと同じだ。
躊躇うなという方が無理だ。
巨鳥が一度大きく旋回した。速度を落とすと、身を起こすようにして羽ばたいて空中浮揚をする。アレクセイに見えるように、嘴を上から下へと動かした。
飛び降りろってことか――。
一度目を瞑る。怖い。
でも、ここには助けるためにきたんだ。
「分かったよ! いきます!!」
アレクセイは目を閉じて、巨鳥の背から飛んだ。
『おい、いや待て――!』
「え?」
空中でアレクセイはあっけにとられて、間抜けな声を出した。
そのまま体は業火の元へと落下してゆく。
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~
一分ほど前のこと。
アレクセイが眼下を見ながら黙ってしまっていた時、ライヤはほんのわずかな間だが、彼との通信以外のことに気をとられていた。
騎士がライヤの元に駆け込んできたために。
「本国から連絡です。観測上、過去のポイ捨てよりも温度の上昇が著しく早い。このままでは山が溶け出し、やがて蒸発しかねない。早急に避難せよ、とのことです」
山が蒸発する? どんな温度だというのだ。
「そして風向きが変わりそうです。こちらも……」
騎士がそこまで言った時、
『分かったよ! いきます!!』
<遠い耳>からアレクセイの叫びが聞こえた。
「おい、いや、待て――!」
『え?』
「たった今入った連絡だ。温度が想定以上に上がっている。このままでは長時間、人形がもたない可能性もある」
『そういうことは飛び降りる前に言ってくださいよぉ!!』
「すまない。本当に、謝ることしかできない」
憑依のことはアレクセイ本人にしか分からないこととはいえ、確かに軽率すぎたかもしれない。そんな自責が心に浮かぶ。技師であれば、人形にない機能であっても、痛覚が残る可能性を考えてしかるべきだった。
このポイ捨て現場という緊張状態の中で、ライヤはアレクセイに対して、普段では考えられないひどいミスをしている自覚と後悔があった。
とはいえ、アレクセイには気の毒なことに、この時点でライヤのミスはまだ他にもあるのだが……。
また耳元にアレクセイの悲鳴が聞こえたが、どうもしてやることはできない。
「団長、風向きが変わります。ちょうどこちらが風下になります」
風向きが変われば、今の状態ではここはすぐに火の海だ。撤退も考えるべきだ。
「総員撤退しろ。あの術師達にも教えてやれ。私はあの二人の戻りを待つ」
ライヤは一つ大きく深呼吸をした。体を頼まれたこともあるが、まだ一般人であるアレクセイにサーシャの救出を頼んだのは自分だ。アレクセイをあの業炎の中に放置しておきながら、自分達は小型の<門>を使って撤退など、そんなことは――。
だが、こうなってしまっては、これ以上は騎士達をここにおいてくことも……。
「団長、なにバカなこと言ってんですか。俺らが逃げたら、ふもとの町が溶けちまうでしょうが」
「サーシャちゃんにおかえりって言うまでは、誰も帰らないんじゃないか?」
「これぐらいのピンチは今まで何度もあったし。団長の自己犠牲なんて、龍でも出てこない限りは認められないかな」
そうだった。我が騎士団はこういう連中の集まりだった。
そして、そういうノリでこれまで戦い抜いてきた。
「ならばお前ら、盛り土を積み上げ、地中からマナで固めろ。たとえ山が溶け出してきたとて、ふもとの町には被害を出すな。火に驚いて子供が転んだだけでも、減給になると思え」
その無茶な言い分に全員が笑い出した。
ライヤは本国に<歩けない人形>の転送を要求し、真っすぐと山へと向き直った。
「ここが最終防衛ラインだ」
そう断言したライヤの耳に騎士達の「イエスマム!」という返事が届く。
――すまない。アレクセイくん。キミの体は白鉄が守る。
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