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第一部・一章
今世界で最も危険な場所で思う。「綺麗だ」
しおりを挟む「病む……。これは生き残っても絶対に病む……」
そんなことを落下中はぶつぶつとつぶやいていたが、アレクセイは地面に降り立つと、遠慮のない大きな悲鳴をあげた。
現場はあまりに熱すぎた。
理の外の火だというだけあって、温度も習性もなにもかもがおかしい。
視界の全ては火。そんな白く燃える炎のど真ん中。
気が狂いそうな程の温度と、青白い炎しか見えない視界。
こんな中からとはいえ、とにかくサーシャを探すしかない――!
「サーシャ!」
そう声をかけてみたが、確かサーシャは耐火マントをかぶって地面にうつ伏せになっているはずだと聞いている。この炎の中では返事はできないかもしれない。
それでも――。
「サーシャ! サーシャ!!」
呼びかけながら走り出す。
急げ急げ急げ急げ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。まず俺が。
焦燥と熱による苦しみと、もうなんだか分からなさ、そんな状態で走る。
と、少ししたところで何かにつまずいて転んだ。
「……あぁ、もう。なんなんだよ。これ、もうホント、もう……!」
内容すらない嘆きのつぶやきがこぼれる。
そこでふと気づいた。
……これじゃないか?
つまずいたものに手で触れる。表面は布とは少し質感が違うが、その奥に柔らかい感触が――この感じは肉っぽい。
金属が織り込まれた防火マント、この中にサーシャがいる!
「発見しました! 指示をお願いします!」
『そうか、よくやってくれた!』
心待ちにしていた報告を聞いたライヤから喜びの声が上がった。
『アレクセイ、<古い言葉>は使えるな?』
憑依も魂のマナを使うのだから、それはイエスの返事があって当然の質問だ。ましてや、アレクセイは孤児院でシスターのエカテリーナから、長い期間、丁寧に<古い言葉>を教わってきている。
「はい!」
『では、復唱しろ。<まわる人形>を起動するッ』
<ぐるんぐるんと風よ吹け>
ライヤの声の後にマナを込めて、その<古い言葉>を繰り返す。
これはライヤが人形の起動のために用意した合言葉だ。一字一句同じで、適切なマナの量を言葉にこめる。
こうしたマナのやり取りは<古い言葉>によって行われ、マナののせやすい言葉選びは人それぞれだ。が、それも重要になる。
今は人形に対してだからいいが、これが人と人同士になると、適切な<古い言葉>選びと、合わせる訓練をしなければまずできない。お互いにとって思いがのる言葉、これだと思える言葉でなくてはなかなかうまくいかないのだ。アレクセイはこれまで人同士のやり取りは一度もできてないために、苦手意識が強く根付いてしまっている。
だが、憑依した人形が相手であれば――。
<ぐるんぐるんと舞ってゆけ>
アレクセイの憑依した人形が内部から音を立てはじめた。
「――ッ!?」
うまくいった。
アレクセイの意思と関係なく、人形の上半身が腰から伸びた。腕が水平に伸ばされる。
体が回りだし、その指先からさっき見た<歩けない人形>と同様に、風が強く強く吹きだされ始めた。
<まわる人形>の風が炎の勢いを押し返す。アレクセイを中心に丸く炎のないスペースが作られてゆく。
『術式稼働中は、いくらキミでも制御は不可能のはずだ』
ライヤの言う通り、体は動かせなかった。手も下げられない。でも、テンションは爆上がりだ。自然と歓声と笑いがこみあげてくる。
「おおおお!! なんだこれなんだこれ!!」
ライヤはアレクセイの声を聞き、内心で「よしっ」と昂っていた。この<まわる人形>は騎士団でのお披露目では団員の多くに「絶妙にダサい」と評され、設計者である彼女はだいぶ悔しい思いをしていたのだ。
しばらくすると半径数メートルほどの炎のない円状の空間ができ、人形は停止した。すぐにサーシャの元へ。アレクセイの意思で動く。動かせる。
「サーシャ!」
だが、返事がない。
ぞわりと這いよるような怖さを覚える。
まさか――。
「サーシャ……?」
不安になりながらも、防火マントをめくる。突っ伏した体勢のサーシャに触れ、ゆっくりと揺さぶる。
「ん、誰……?」
サーシャが顔をあげてくれた。不安な気持ちから解放され、アレクセイは泣きだしそうな気持ちになった。人形ではそこまで表情は出ないが、もし生身だったら、きっとくしゃくしゃに歪めたひどい顔だっただろう。
サーシャがゆっくりと体を起こしはじめる。
その姿を見てアレクセイは思わずのけぞった。かろうじて悲鳴はあげなかったが。
いや、誰?って言いたいのはこっち!
サーシャの体の前面を覆うくらいに、無数の根が生えていた。しかも地中深くに伸びていたのか、異様に長い。体を起こし始めると、ぶちぶちと根が切れる音がし、一緒に土をもちあげてきてぼろぼろと……。
人間の前面から生えている大量の根というのは、軽くトラウマになりそうな見た目だった。
とはいえ、根を張ることで地中から水分を吸い上げて、この熱を耐えていたのだろう。
「アレクセ、イ……?」
「う、うん。よく分かるね、俺だって」
今のアレクセイはライヤが用意した人形に憑依している。サーシャはこの能力のことも知らないはずなのに。
「ん、魂が綺麗だか、ら」
魂の美麗について造詣は深くないが――というか、全く分からないが、そう言われてるとだいぶ照れくさい。
サーシャがぱんぱんと自分の体の前面を叩くと、簡単に土と根が地面に落ちた。
服は根があけた穴が無数にあり、肌の傷痕のような模様が見えていた。そのせいか、王都で会った時よりも、ずっと強く花のような甘い香りが空気中に漂う。
「命の恩、人。ありが、と」
サーシャが微笑んだ。やわらかいけど、どこか儚い微笑みだ。
その姿がこの白い炎に照らされて――。
生きていてよかったとか、気にしないでとか、そういった返事をしようとしたが、サーシャと視線がからみあうと、アレクセイは口ごもった。胸が高鳴る。
この時初めて、アレクセイはこの人を「綺麗だ」と真っ正直に思った。白く揺れる光に照らされた肌の模様もまた本当に綺麗だ。
千度を超える炎に周囲を囲まれている状態で、この少年は天空の植物だという女性に見惚れて、しばらく言葉を失った。
『どうなった!? アレクセイ応答せよ』
ライヤの厳しい声が現実に引き戻してくれた。
そうだった。今は何よりもここから脱出だ――。
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