たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

文字の大きさ
19 / 58
第一部・一章

ライヤの痛恨のミス再び

しおりを挟む


 脱出――そう思った時、アレクセイはここにいるべきはずのものに気づいた。
 サーシャが救出したという少年兵達。
 周りを見渡す。いや、辺りにいるはずがない。ここはついさっきまで、あの業火の中だったのだから。

「あの、捕虜は……? どこにも姿が……」

 死というイメージが頭に浮かぶ。燃え尽きて灰になっていたとしたら、さっきの<まわる人形>の風で――。
 ライヤの短いため息のような息遣いが耳元に届いた。

『それはいい』
「いや、よくないでしょう!」
『いいから急げ。すぐにポイ捨ては襲ってくるぞ。サーシャを空に投げろ。その人形もベースは<歩けない人形>だ。腕の力は脚力の10倍程度ある』

 そう言われて、アレクセイはほんのわずかの間だけうつむいた。
 多分、その少年兵達は自分と同じくらいの歳だったろう。国境沿いの争いなんかにかりだされ、敵に捕まったと思ったら、こんな山の真ん中で焼き殺されたなんて、そんな現実――。

 自分が孤児だっただけに、そんな子供達がここにいたということ、その痕跡も残っていないということが心に重かった。

『アレクセイどうした?』
「……いえ、やります」

 振り返ると、身につけていたアクセサリーが壊れたのか、サーシャが地面にばらまかれた宝石を拾いあげたところだった。
 すぐにでも行ける、と凛とした表情が告げている。

 今は生きている者を救助することこそ優先――。

「サーシャ、抱えるから力を抜いて」

 アレクセイは自分よりも頭一つ分以上も大きなサーシャを、両手で抱きかかえた。

「空に投げるから、あの鳥につかまえてもらって」
「ん、わかった」

 腕の中でサーシャは小さくうなずいた。
 空を見上げる。あの巨鳥は上空で炎と戦っていた。
 今になって、どうして降りてきてサーシャを助けようとしないのか分かった。あの炎は魂の強い者にまず反応しているのだろう。巨鳥が上空で暴れているからこそ、こうしてまだ炎に襲われずにすんでいる。

 巨鳥と炎の戦いの中にサーシャを投げるのか、と躊躇いが生まれた。もし失敗したら、サーシャは上空からまた落ちることになる。
 一度瞬きをしてから、迷っている時間はないと思い直した。
 サーシャを上空に放り投げる。
 数メートル先で「おまた、せ」と巨鳥に言ったサーシャは、そのままその大きな背に乗り移った。

 よし。上手くいった。
 サーシャが巨鳥の首に抱きついた。炎をかわしながら飛ぶ巨鳥も嬉しそうに目を細める。
 なんていいコンビなんだ。
 お互いが思い合っているのが、ここからでもよく分かった。

 さあ、じゃあ……。

 …………。

「……あの、ライヤさん、確か手は脚の10倍くらいですよね? 今の感じだと手の10分の1くらいの力じゃ、とても飛び上がれそうにないんですけど……」
『あっ……』
「今、あって言いました!?」

 ライヤ痛恨のミス再びである。

 ライヤとしてはアレクセイが憑依した人形で熱を感じることが、そもそも想定外だった。サーシャを上空に放った後は、そのまま走って戻ってきてもらうつもりだったのだ。
 だが、それはもうかなわない。

 このポイ捨ての炎は過去に確認できないほどの超高温になっている。こうなっては耐火仕様の人形でも長い時間は耐えられない。

『抜けて戻ってくることはできないか?』
「さすがにこの距離は無理です」

 元々魂には移動する機能はないから、体があるのだろう。それを無理に動かしているのだから、使用するマナは膨大だ。
 マナのなくなった魂では、体がなかったら霧散するかもしれない。

 再び、炎が取り囲む。吹き飛ばされたという異常の元を察知したようで、アレクセイに向かって一斉に波のように炎が流れ込んだ。
 熱い。人形ももうあまり長くもたない。

『力業だが、術式起動中に手を下に下げられれば――』

 それだ。もうそれしかない。
 アレクセイは再びあの<古い言葉>にマナをこめる。

 <ぐるんぐるんと風よ吹け、ぐるんぐるんと舞ってゆけ>。

 再び、水平に伸ばされた手から風が吹き荒れる。腰から上が回りだし、この身を焦がす炎を吹き飛ばす。

 上空を見上げた。サーシャが巨鳥から身を乗り出して、こちらを見ている。

「アレクセ、イ!」

 その呼び声に応えるために、アレクセイは腕に力を込めた。“この動きしかできない”という術式を、ただ強引に魂の力だけでねじ伏せる。
 固定するマナと逆らおうとするマナ。この二つの相反する力がぶつかり、その反作用から小さな雷がアレクセイの周りにバチバチと音を立てて光った。

 アレクセイが上空に向かって吼える。

 回る腕が下がった。
 風が下方向に吹き抜け、その体が浮き上がる。

「すご、い……」

 サーシャがつぶやいた時、アレクセイがすぐ目の前まで舞い上がってきた。

『どうなった!? 応答願う!』
「絶妙、にダサく飛ん、だ!!」

 サーシャが興奮した声をあげた。
 アレクセイは苦笑してしまった。命がけで気にもしてなかったが、確かに上半身が回って飛ぶ人形なんて絶妙にダサいかもしれないと思う。

『よくやってくれた! 助かってくれてありがとう……』

 ライヤの声は最初大きかったが、だんだんと震えて、かすれて小さくなっていた。
 そうだ。助かったんだ。
 そんな実感がわいてくる。

「脱出成功です! このままそちらに飛んで……あれ……?」

 がくんと体がかたむいた。
 無理矢理に術式をねじ伏せたせいか、なにかまずいことになった気がする。

「風をとめ、て! こっち、きて!!」

 サーシャが叫ぶ。理の外の炎を吹き飛ばすほどの風をまき散らしているのだから、あの巨鳥も近づけない。だが、これではまずいと分かっていても術式が止まらない。
 体が傾いた方向へ急加速して飛ぶ。

「無理! 制御できないッ!!」

 帰りたい方向とは真逆の山頂へ向かって、アレクセイは飛び立つ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...