たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

ライヤの痛恨のミス再び

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 脱出――そう思った時、アレクセイはここにいるべきはずのものに気づいた。
 サーシャが救出したという少年兵達。
 周りを見渡す。いや、辺りにいるはずがない。ここはついさっきまで、あの業火の中だったのだから。

「あの、捕虜は……? どこにも姿が……」

 死というイメージが頭に浮かぶ。燃え尽きて灰になっていたとしたら、さっきの<まわる人形>の風で――。
 ライヤの短いため息のような息遣いが耳元に届いた。

『それはいい』
「いや、よくないでしょう!」
『いいから急げ。すぐにポイ捨ては襲ってくるぞ。サーシャを空に投げろ。その人形もベースは<歩けない人形>だ。腕の力は脚力の10倍程度ある』

 そう言われて、アレクセイはほんのわずかの間だけうつむいた。
 多分、その少年兵達は自分と同じくらいの歳だったろう。国境沿いの争いなんかにかりだされ、敵に捕まったと思ったら、こんな山の真ん中で焼き殺されたなんて、そんな現実――。

 自分が孤児だっただけに、そんな子供達がここにいたということ、その痕跡も残っていないということが心に重かった。

『アレクセイどうした?』
「……いえ、やります」

 振り返ると、身につけていたアクセサリーが壊れたのか、サーシャが地面にばらまかれた宝石を拾いあげたところだった。
 すぐにでも行ける、と凛とした表情が告げている。

 今は生きている者を救助することこそ優先――。

「サーシャ、抱えるから力を抜いて」

 アレクセイは自分よりも頭一つ分以上も大きなサーシャを、両手で抱きかかえた。

「空に投げるから、あの鳥につかまえてもらって」
「ん、わかった」

 腕の中でサーシャは小さくうなずいた。
 空を見上げる。あの巨鳥は上空で炎と戦っていた。
 今になって、どうして降りてきてサーシャを助けようとしないのか分かった。あの炎は魂の強い者にまず反応しているのだろう。巨鳥が上空で暴れているからこそ、こうしてまだ炎に襲われずにすんでいる。

 巨鳥と炎の戦いの中にサーシャを投げるのか、と躊躇いが生まれた。もし失敗したら、サーシャは上空からまた落ちることになる。
 一度瞬きをしてから、迷っている時間はないと思い直した。
 サーシャを上空に放り投げる。
 数メートル先で「おまた、せ」と巨鳥に言ったサーシャは、そのままその大きな背に乗り移った。

 よし。上手くいった。
 サーシャが巨鳥の首に抱きついた。炎をかわしながら飛ぶ巨鳥も嬉しそうに目を細める。
 なんていいコンビなんだ。
 お互いが思い合っているのが、ここからでもよく分かった。

 さあ、じゃあ……。

 …………。

「……あの、ライヤさん、確か手は脚の10倍くらいですよね? 今の感じだと手の10分の1くらいの力じゃ、とても飛び上がれそうにないんですけど……」
『あっ……』
「今、あって言いました!?」

 ライヤ痛恨のミス再びである。

 ライヤとしてはアレクセイが憑依した人形で熱を感じることが、そもそも想定外だった。サーシャを上空に放った後は、そのまま走って戻ってきてもらうつもりだったのだ。
 だが、それはもうかなわない。

 このポイ捨ての炎は過去に確認できないほどの超高温になっている。こうなっては耐火仕様の人形でも長い時間は耐えられない。

『抜けて戻ってくることはできないか?』
「さすがにこの距離は無理です」

 元々魂には移動する機能はないから、体があるのだろう。それを無理に動かしているのだから、使用するマナは膨大だ。
 マナのなくなった魂では、体がなかったら霧散するかもしれない。

 再び、炎が取り囲む。吹き飛ばされたという異常の元を察知したようで、アレクセイに向かって一斉に波のように炎が流れ込んだ。
 熱い。人形ももうあまり長くもたない。

『力業だが、術式起動中に手を下に下げられれば――』

 それだ。もうそれしかない。
 アレクセイは再びあの<古い言葉>にマナをこめる。

 <ぐるんぐるんと風よ吹け、ぐるんぐるんと舞ってゆけ>。

 再び、水平に伸ばされた手から風が吹き荒れる。腰から上が回りだし、この身を焦がす炎を吹き飛ばす。

 上空を見上げた。サーシャが巨鳥から身を乗り出して、こちらを見ている。

「アレクセ、イ!」

 その呼び声に応えるために、アレクセイは腕に力を込めた。“この動きしかできない”という術式を、ただ強引に魂の力だけでねじ伏せる。
 固定するマナと逆らおうとするマナ。この二つの相反する力がぶつかり、その反作用から小さな雷がアレクセイの周りにバチバチと音を立てて光った。

 アレクセイが上空に向かって吼える。

 回る腕が下がった。
 風が下方向に吹き抜け、その体が浮き上がる。

「すご、い……」

 サーシャがつぶやいた時、アレクセイがすぐ目の前まで舞い上がってきた。

『どうなった!? 応答願う!』
「絶妙、にダサく飛ん、だ!!」

 サーシャが興奮した声をあげた。
 アレクセイは苦笑してしまった。命がけで気にもしてなかったが、確かに上半身が回って飛ぶ人形なんて絶妙にダサいかもしれないと思う。

『よくやってくれた! 助かってくれてありがとう……』

 ライヤの声は最初大きかったが、だんだんと震えて、かすれて小さくなっていた。
 そうだ。助かったんだ。
 そんな実感がわいてくる。

「脱出成功です! このままそちらに飛んで……あれ……?」

 がくんと体がかたむいた。
 無理矢理に術式をねじ伏せたせいか、なにかまずいことになった気がする。

「風をとめ、て! こっち、きて!!」

 サーシャが叫ぶ。理の外の炎を吹き飛ばすほどの風をまき散らしているのだから、あの巨鳥も近づけない。だが、これではまずいと分かっていても術式が止まらない。
 体が傾いた方向へ急加速して飛ぶ。

「無理! 制御できないッ!!」

 帰りたい方向とは真逆の山頂へ向かって、アレクセイは飛び立つ。
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