たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

文字の大きさ
29 / 58
第一部・二章

なにやら怪しい二人と普段から怪しい神父

しおりを挟む



「あ、思い出した」

 アレクセイはさっきのどことなくダメそうなおっさんを見て、自分の育ての親である神父を思い出した。
 そういえば、昨日はここに泊まるとも言わずに帰らなかった。まだ、教会を出るとも報告してないのに。
 神父さんはともかくシスターには心配をかけてしまっている気がする。

「まずった。サーシャごめん。一旦教会に戻る」
「ん、じゃあ、ボク、も……」
「あー、すぐに帰ってこれるわけじゃないと思う。待たせるのも悪いから俺一人でいいよ。それじゃ大切な仲間を見せてくれてありがとう」
「……そ、う」

 アレクセイはサーシャに背を向けた。
 サーシャは去っていく少年の背中を、どこか儚げな目で見つめていた。



 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~



「ただいまぁ……」

 アレクセイは教会の孤児院側のドアを開けて、頼りない声で挨拶をした。なんとなく気まずい。そういう時はあえて元気にふるまって見せようかとも思うのだけど、やはり自然に気持ちに引っ張られた声になってしまう。

「アレクセイ?」

 奥からシスター、エカテリーナの声がした。パタパタとした足音が近づいてくる。長く一緒にいたからなんとなく分かることだが、心配かけた時はいつもこんな足音だ。

「大丈夫だった? 昨夜はどこにいたの? 王城でなにかあったの?」

 顔を見るなり、こちらに答える隙を与えない質問の連呼だ。
 アレクセイは変わらないなぁと思って、苦笑してしまった。

「大丈夫だよ。昨夜は……」

 と、そこで一旦言葉が止まった。
 サーシャの家に泊まった――言葉にするとそれだけのことなのだが、これをすんなりと言えないのが思春期。
 そして改めて、自分が女性の家に泊まったのだと自覚してしまい、なぜか気まずさが増してあわあわとしてしまう。

「どうしたの? やっぱりなんかあった?」
「ううん。なにもない、あるわけない!」

 なんとなくシスターの顔を見られない。
 考えてみると、これって朝帰りだ。

「というか、アレクセイなんかいい匂いする」
「えっ!? そ、そう? 花見てた、からかな」」

 なぜか痛いところをつかれてドギマギしてるみたいな態度になってしまう。

 と、なんとなくシスターの目が冷たくなった。

「そういう遊び覚えるのは、少し早いと思うけど?」

 え? ん? あ……。
 色町で遊んできたと思われてる!?

 そうしてアレクセイはシスターに事情をちゃんと説明した。いや、同僚の騎士の家と言うだけで、それが女性だという点はぼかしたので、決してちゃんとではなかったが。

「あ、そうだ。シスター。俺って災害被災者だった?」
「いいえ。違うよ。アレクセイはここ王都生まれで、ご両親は事故で亡くなって、ここに預けられたの。聞いたことなかった?」
「うん。詳しくは知らなかった。じゃあ、俺の能力って混ざり者というのヤツじゃないのか」
「神父様からは生まれつきと聞いてるけど……」
「そっか。んじゃ、直接聞いてみるよ。神父さんは?」
「礼拝堂の方に来客があっていってるよ」

 礼拝堂といっても、この教会のそれは質素なものだ。ただ広い空間に、神父が説法をする壇上があるという程度の作りで、ガラス窓もなければ、特に何も掲げていない。讃美歌の伴奏用のピアノもないし、信徒達が座るための長椅子もない。
 信徒達は床に座り、讃美歌はシスターの声に合わせて歌う。そんな最低限の場所だ。

 アレクセイはライヤから聞いた話――自分が異端審問官に目をつけられているという話を思い出し、堂々と行くのを躊躇った。ならばのぞき見だ。
 以前に神父が、この教会はどこからでも話し声が聞こえるという悲しいことを言っていたが、本当にその通りで礼拝堂の話し声が辿り着く前に聞こえてきた。

「……と香草。他に隠したりしてないですよね?」
「ん? いったいなにを隠すと?」

 若そうな男の声に問われると、神父がいつもの調子で何かをすっとぼけている。
 香草? なんの話だろ?
 あ、神父さんまたあれを隠してんのか。どうしようもない人だな、本当に。
 って、あれ、この声――。

 ドアの隙間から、礼拝堂の方をのぞき見る。

 やっぱり、あの二人はおやっさんところのメンバーだ。確か一年前くらいにクランに入った二人組。
 なんだってここに? あ、さては酒場から苦情を伝えに使いっぱしりか?
 そんなことを思っていると、二人が去っていく。

 やれやれとばかりに深くため息をついた神父が振り返ると、アレクセイがのぞいていたことに驚いた。

「神父さん、また密造酒こっそり売ってたんですか? 香草使って薬膳酒とか言ったんでしょ?」
「おや? 私の秘密をいつの間に知られてたのだろう? 仕方ない。口止め料に一杯つきあえ」
「やめて。俺を巻き込まないで」

 過去にも酒場で密造酒が話題になったことがある。犯人は誰かは分からなかったようだが、まったく迷惑な話だ。
 とはいえ――。

「神父さん、なんかごまかしたよね?」

 神父さんとも長く一緒にいるんだ。それくらい分かる。おそらく、さっきの二人の話は密造酒じゃなかったんだ。

「勘が回るようになったなぁ。素直にだまされないアレクセイなんてアレクセイじゃないぞ」
「……いいから、教えてよ」
「さっききた二人、お前の話を聞きにきたんだよ。何かお前のことで隠してることはないかと聞くから、何歳までおねしょしていたか、きっちり教えておいた」

 何も言わなかったくせして。
 あ、いや、さっき聞こえてきた部分の前は聞いてないから、もしかしたら本当に話してるかもしれない。というか、この人なら話す気がする。

「あの二人、おやっさんのところのクランメンバーなんだ。でも、なんで俺のことなんて……」
「さあねえ。ところで、お前は何しに戻ってきたんだ? もうお前の住む場所はここにはないぞ」

 心配されてると思って帰ってきてみたら、これか。

「あ、俺の能力って……」
「生まれつき」
「本当? 災害被災で魂が混ざったりするって、ライヤさんに聞いたんだけど……」
「そういう例はあるらしいが、お前のは生まれつき」

 どうやら隠し事など何もなく、本当に生まれつきのようだ。
 まあ、生まれつきか混ざり者か知ったからといって、なにがどうなるという訳でもないのでいいのだけど。



 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~



 アレクセイは神父にも今後は同僚の騎士の元で世話になるという説明をしてから、教会に置いた自分の荷物をとって、サーシャの家に戻った。
 もうさすがにティモフェイと名乗った騎士も帰ったようで、子供達は家の中で思い思いの遊びをして過ごしていた。アレクセイを見ると飛びついてくる。

「痛いって。サーシャはまだ裏庭?」
「うん」

 子供達を置いて、裏庭へ繋がるドアをあける。
 と、アレクセイは思わずそのまま見惚れてしまった。

 肌の多くを露出させた薄着のサーシャが、太陽に向かって仰ぎ、両手を広げて止まっていた。
 本当にまるで時間が止まっているようだ。
 全身の模様も陽光に照らされ、白い肌の色はまるで透き通っているかのようで、ドアを開けたらおとぎの国につながったと言われても信じてしまいそうなくらい、今のサーシャの姿は神秘的だった。
 聖山であの白い炎に照らされたサーシャを綺麗だと思ったことを思い出す。
 今も同じように綺麗だ。

 少しの間、ただ黙って見ていると、サーシャがゆっくりと振り返った。

「アレクセ、イ……?」
「あ、うん。ただいま」
「……もう帰ってこな、いかと思、った」

 その言葉とこちらを見るサーシャの目が、とても寂しそうで驚いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...