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第一部・二章
サーシャが結ぶもの
しおりを挟む翌朝、アレクセイがサーシャと子供達と一緒に朝食をすませた頃に、白鉄の騎士が一人やってきた。
アレクセイとはポイ捨て現場で面識のある若い男で、挨拶をするとティモフェイと名乗ってくれた。
どうやら、ここにいる子供達に読み書きと簡単な計算を教えるのも、市民との交流、貧しい者に恩恵を与えるという貴族の義務に当たるという名目で、騎士達が面倒を見ているようだ。
あまり豊かではないが、衣食住と将来のための勉学、教会の孤児院並みの至れり尽くせりじゃないか。
アレクセイは子供達の勉強の邪魔にならないように、昨日は確認していなかった裏庭に出た。なんでも、ここではサーシャが薬草や食べられる野草を栽培しているらしいが。
そのサーシャが花壇に向かって桶に汲んだ水を、柄杓でまいていた。
水が朝日に照らされ、小さな虹を作って宙を舞い、落ちて大地にしみこんでゆく。
と、よく見るとサーシャの周りを小さな何かが飛んでいた。
虫のような大きさの鳥、花の蜜を吸うハチドリだ。
アレクセイは自然と顔がほころんだ。
「サーシャはこんなかわいい子とも<結んで>るんだ」
「違う、の。こいつら、吸いにきて、る」
あ、そういえばサーシャも甘い花の匂いのする天空の植物だった……。
まとわりつかれるけど、叩き落すのもかわいそうなようで、少し大変そうだ。
気の毒だけど、ちょっと笑ってしまう。
「見た、い?」
突然のサーシャからの問いに、アレクセイは「え?」と目を丸くする。
「他の子、見た、い?」
桶と柄杓を手にしたまま、サーシャは小首を傾げた。
あ、他の子か。うん。
ここの広さで大丈夫なのかな? と返事よりも先に周りを見渡すと、サーシャがずずずいと迫ってきた。
「見る? 見、る?」
サーシャの口許が少しゆるんでいる。普段表情が乏しいだけに、この顔は意外だった。いつになく圧が強くて驚く。
とはいえ、
「ぜひ!」
アレクセイだってそれは見たくてたまらないのだ。
サーシャは満足気にうなずいて、ネックレスにしている黄色っぽい宝石を手に取った。アレクセイの目にもすごく綺麗な石にうつる。
「俺、宝石とかぜんぜん分からないんだけど、その石じゃないとダメなの?」
「宝石じゃな、い。琥珀。ボクの涙でできて、る」
琥珀は長い年月をかけて固まった樹液だという。サーシャの一部だから、この中に<結び>ついた相手が入れるのか。
いや、だとしても、どういう原理なのか分からないけど。
まず、サーシャが出してくれたのはあの巨鳥だ。
紫の羽毛の持ち、凛々しい目をアレクセイに向けた。が、サーシャがそっとその顎の下を撫でると、気持ちよさそうにその目を細めた。
「神鳥」
「へ……?」
「ん、神鳥」
思わず聞き返してしまう存在だ。キズビト以上の伝説じゃないか。
神鳥は成長すると、いずれこの世界を丸のみして去っていくと言われている神話の世界の鳥だ。
まさかそんな鳥の背に乗っていたなんて。
「神鳥っておとぎ話の生き物じゃないんだ……」
「ん。でも、まだ子供な、の」
「子供でこの大きさかぁ。何歳くらい?」
「3000歳、くら、い?」
……うん。それで子供なら世界は飲み込まれる前に勝手に滅んでいそうだ。
「あ、あの、今後ともどうかよろしくお願いします」
アレクセイは神鳥に対して、なぜか自然と敬語になってしまう。神鳥もまんざらでもないような顔でうなずいた。
次は雄鶏から生まれるコッカトリスだった。
“龍へと至る道”で行ったダンジョン、“王都西の森四番目”の30階層のボスと同じ怪鳥だ。
その時、クランメンバーの実力ではイゴール以外は殺されると思い、アレクセイは憑依を試み、結果、相手の魂を体から追い出して退治したのだった。
巨大な鶏のような姿で尻尾は蛇。二つの意思をもつのに、魂は一つだったことに驚いた。
<古い言葉>のこもった視線によって、万物を石のようにしてしまうという能力をもつ。
「理のこちら側なら、最強クラスのモンスターとか言われてるんだよな……」
そうつぶやくと、サーシャは誇らしげな顔を見せた。
「次、間違えられた食人鬼、ね」
アレクセイは「お」と目を輝かせた。“間違えられた食人鬼”とは初めて聞く名前。しかも何か意味深な感じだ。
琥珀から出てきたのは、3mを超える巨人の一種である食人鬼のような生物だった。存在に<古い言葉>が宿っているのか、なにか強烈な違和感がある。
「ん、自己紹介し、て」
サーシャに言われて“間違えられた食人鬼”は膝をついて、アレクセイと視線を合わせようとした。それでもまだアレクセイより高いけど。
「我ハ、<オグレマゲ>……」
「本当に!? その名前なにか間違ってない!?」
オグレマゲという名前にこめられた更に巨大な違和感に、ついアレクセイは叫んでしまった。
見上げる程の巨躯だというのに知性を感じさせる顔、<古い言葉>を操り、その名についつっこまずにいられなくなる程の違和感をもつ食人鬼。
その名も“間違えられた食人鬼”か。
それから数種類見せてもらったアレクセイは、次々と出される不思議生物たちを見ては、「おお!」と歓声をあげていた。こういうところはやはり男の子だ。
「群れ、を二つ、貸したま、ま」
「群れなんてもってるんだ。すごいなぁ」
感心するとサーシャは本当に得意げだ。自分の仲間達が大切で自慢なのだろう。
「ポイ捨ては?」
「まだ寝て、る」
サーシャは首を横に振った。この間、聖山で<結び>ついたポイ捨ては、今はマナを回復するためにずっと眠っているらしい。<燃やし尽くせ焼き尽くせ……>と連呼していたのは、こちらに落ちてきて暴走状態だったのではないかと、ライヤに報告してあるようだ。
「そして、最後、は――」
この面々の後の大トリだ。いやが応にも期待は高まる。
サーシャが取り出した最後の琥珀がわずかに光った。
「おおぉ……お?」
おっさん。
「……ええと?」
よく見てもおっさんはおっさん。
自分の腕枕でだらだらしてるおっさん。
一度だけ頭をあげてこちらを見たが、すぐにまた元のポジションに戻ってだらだらしだすおっさん。
「……って、なんでおっさん飼ってんのさ!?」
「殴って、<結ん>、だ」
照れた顔を見せるサーシャ。
「言っておくけど、その表情とやってることあってないぞ! いや、これってまさか暴行拉致監禁事件……? え、やばいんじゃないの……?」
「あー。そこの少年。誰だか知らないけど、俺は好きでペットやってるから、このままお互い誰だか知らななまま話を終わらせよう。いいな、少年は何も見ていない。それじゃあな」
言うだけ言って、そのまま琥珀に戻っていくおっさん。
……本人がいいって言ってるんだから、見なかったことにしていいのだろうか。
あとでライヤさんに相談してみよう……。
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