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第一部・二章
住むの? 一緒に?
しおりを挟む「よし。これで今日からキミは白鉄騎士団構成員だ。なにか質問は?」
団長室を離れると、騎士団詰め所の中はなんとなく汗くさい。
応接室であれこれと書類にサインしたり、共通のあの上着を作るのに体のサイズを測られたり、こうしてライヤから仕事内容や心得、給料についてなどなど、長い長い説明を聞いたり、居眠りしてしまっているサーシャを眺めたりしている内に、昼はとうに過ぎてしまった。
初出勤は揃いの上着が出来上がる四日後からだ。
「いえ、ありません!」
アレクセイは長い説明の中で、まず騎士団には構成員がたくさんいることに驚いた。これからのアレクセイのように騎士と行動を共にする者以外。それ以外にも事務方やライヤの技師としての補佐の技術者などの構成員が、白鉄騎士団という組織を支えている。
それ以上に驚いたのが、給料の点だ。騎士が普段なにをしているかと言えば、基本的には訓練なのだ。生産的なことも、商売も、冒険者のように命がけでダンジョンにこもらなくても、お金がもらえる。
これはアレクセイの常識にはまったくない。
とはいえ、それが国の税金から全て賄われているかといえば、そうではない。騎士団とは軍に所属しているわけではないので補助金は出るが、ほとんどはパトロンからの出資によって賄われている。
「騎士爵が授与される時にはパトロンどころか、陛下と会うことになる」
「いやいや、そんな爵位がもらえることを当たり前みたいに言われても……」
ついこの間、冒険者クランから役立たずだと追い出されたばかりだ。騎士爵の話なんてまったく現実感がない。
「キミはまったく分かっていないな。ポイ捨ては天空の生物だったという報告と、それをキミの力で鎮めたという功績が認められれば、もしかしたらすぐにあるかもしれない」
「え、それほどのことだったんですか?」
「それほどのことなんだよ。これまで誰もがあの炎を消す方法は見つけられなかった。自然と燃え尽きるまで、できるだけ被害を減らすしかなかったんだ。だがキミは理の外の力に勝利した。これがどれほどのことなのか、キミは自分が成したこと、そしてこれから成してゆくだろうことの価値を、しっかり考えるべきだな」
客観的にそう言われるとすごいことなんだと分かるのだが、それが自分の話となるといまいち実感がわかずに、アレクセイは「はあ」と頼りない返事をするだけだった。サーシャの力がなければできなかったことでもあるし。
「アレクセイは、すごい、よ」
やっと目を覚ましたサーシャが、まるで自分は起きていたと主張するかのように会話に参加してきて、アレクセイは褒められたというのに思わず苦笑してしまった。
「だが、今のところはただの構成員なので、王城への居住権はない。ただし、騎士の称号を得るまではキミには護衛が必要だ」
「んッ!」
護衛という言葉を聞いて、サーシャが親指を立てて自分を指さした。
「ちょっと待ってください。護衛ってなんですか?」
「護衛と言ってもつきっきりというわけではない。キミに手を出すことは白鉄への宣戦布告だと分からせる程度のことをするだけだ」
「あ、いえ、そうではなくて、なんで護衛が必要なんですか?」
「ああ、これもキミの勧誘を急いだ理由なんだが、その禁忌の力はすでに教会、異端審問官達に目をつけられている」
アレクセイは驚いて、言葉を失ってしまった。
異端審問官が相手では、待っているのは処刑だけじゃないか。
「だから、キミには騎士爵が必須になる。騎士は下級貴族だが、国の英雄なんだ。教会もおいそれとは手は出せないからな」
そういうものなのか。なにか詳しい事情がありそうだが、とにかくライヤがそう断言するのだから、きっと事実なのだろう。
とにかく、手だてがあると知って少しだけ安心した。でも、自分が貴族の仲間入り? やっぱりいまいちピンとこない。
「理解してもらえたな。では、サーシャ。キミの家にアレクセイを住ませてくれ」
「えッ!?」
「ん。了、解」
驚いてサーシャに振り返ったが、いとも簡単に返事をされてしまった。
「いや、俺はひとまず教会でいいんじゃ……?」
「キミの故郷を疑わうわけじゃないが、教会に誰が出入りしてくるか分からないんだ。たまに親孝行をしにいくくらいはいいが、ずっと滞在するのは安全のために避けて欲しい」
「なるほど……」
それじゃサーシャと一緒に住むの? 二人で? 本当に?
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~
サーシャに案内されてきた場所は貧民街だった。
サーシャも以前は王城に住んでいたという。なぜ住まいを貧民街に移したのかは語らなかったが、もう王城に戻る気はないようだった。
きっと何か事情があるのだろうし、もしかしたらサーシャが恐れられる存在だということが理由かもしれないと思い、アレクセイはサーシャが自分から話そうとするまでは聞こうとはしなかった。
「ここが、う、ち」
辿り着いたのは、廃墟を素人が自分で直したような家だった。
「ただい、ま」
サーシャがそう言ってドアを開けた時、小さな子供が四人飛び出してきた。一瞬、ストリートチルドレンが盗みに入ったのかと警戒してしまったが、その子達はすぐにサーシャに抱きついて、思い思いのおかえりの挨拶をしだした。
どうやら、ここでサーシャは孤児たちと暮らしているようだ。
よくなつかれてる。
サーシャと二人ではない。
「うん。そっか。そうだよな。なんか安心した!」
「ん? 安、心?」
サーシャのその疑問に対して、アレクセイは笑って誤魔化した。子供達の純粋な笑顔が妙にまぶしい。
そんな子供達を改めて見ると、複雑な気持ちになった。
王都は豊かだ。その豊かさに惹かれて訪れた多くの人間を受け入れている。だが、だからと言って誰もが平等に豊かに暮らせるわけではない。
大きな都市には必ずそこから弾き出されながらも、生きていかなくてはならない人間が出る。そうした人間達のために街は拡張されるが、それ以上のことまでは手が回らないのも現状だ。
おそらく、この一帯はそうした人間達の生き場所で、サーシャの家族とは大人に見捨てられた子供達だ。
だが、この子供達の顔を見れば分かる。ここはサーシャの優しさのある場所だ。
アレクセイ自身も子供の頃、神父やシスターに対して、この子達と同じような顔を向けていただろう。
「本当にサーシャ、うん、なんか……」
自分が孤児だったせいか、この光景に感動してしまった。それがうまく言葉にならない。
だが、そのつぶやきにサーシャはなぜか目をまんまるくさせて、
「ちがッ、ちがう、の。殴ってな、い。<結んで>ないか、らッ!」
その慌てる姿を見て、ついプッと吹き出してしまう。
「大丈夫。そんなこと思ってないから」
すぐにアレクセイは子供の方に向き直り、
「今日からお世話になるアレクセイだよ。よろしくなっ!」
子供達は少しの間、不思議そうにアレクセイの顔を見上げていたが、すぐに大騒ぎしはじめた。どうやら歓迎されているようだ。
サーシャの家にはほとんどものがなかった。サーシャ自身も生活必需品以外は、ほとんど物を持たずに生活しているようだ。
それはなんとなくだが、サーシャらしく思えた。
家の中にも子供達がいるというのに、花のすごくいい匂いがしていた。いい匂いだなぁと思った途端、嗅いでしまうことが、なんとも恥ずかしくなり、改めてサーシャの家にきたのだと実感した。
サーシャの顔を見るのも照れてしまう。
とはいえ、そんなドギマギしていたのも最初だけで、アレクセイはサーシャや子供達と過ごすのが楽しくて、そのまま時間を忘れて過ごした。子供達もすぐにアレクセイを受け入れたようだ。
その晩、藁を敷いた上にシーツをかけただけのベッドで、とても懐かしい気持ちになって、子供達と一緒にくっついて眠った。
うっかり教会に連絡を入れるのを忘れて。
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