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第一部・二章
希望なんだ
しおりを挟む「ぃぃいやぁぁああ! 離してぇぇえ!」
王城内、白鉄騎士団詰め所団長室に悲鳴が響く。
ライヤが人形に四肢を掴まれた悲鳴の主に、ゆっくりと歩み寄る。
「やめて、ホント、許してください。その手の変な針はなんですか!?」
「やめてと言われて私がやめると思うか、アレクセイ?」
アレクセイは自由に動く首だけを、仰々しく振りながらわめき散らす。反対にライヤの口許が心なしかだらしなく緩んでいるのは、技師である彼女がその知的好奇心に突き動かされている証だ。
「これはキミの血液を抜く道具さ。キミのマナのこもった血がどうしても欲しくてね……」
そう言ってうっすらと笑う騎士団長に、アレクセイはあの聖山での一件と同じくらいの恐怖を覚えた。
聖山でのあの激闘を終え、事故死したことになっている少年兵の捕虜達を、こっそりと隣国に送り届けてから三日。
騎士団への入団が決まり、孤児院に迎えにきてくれたライヤと共に車輪付きセダンチェアー――王都名物でもある人力車に乗って、ここ騎士団の詰所にきたのは「入団に関しての書類の記入」が名目だったはずなのだが……。
なぜか、複数の人形に手足をつかまれ……。
怪しげな器具が腕に……。
針がぷすりと……。
アレクセイの顔がひきつる。未知こわい。こわいコワイ。
「この針には穴があいていてね、空気圧で体内に薬を入れたり、逆に血を抜いたりするものだ」
「血を抜くってなに……? もしかして俺殺されちゃうの……?」
「殺しはしないさ。私にはキミのマナと血が必要なのだよ」
笑みを浮かべたライヤの手によって、怪しげな器具に血がたまってゆく。
教会の教えでは血は命そのものだが、外に出た血は不浄だ。それなのにこんなことされるなんて。
「これでキミ専用の人形作りがはじめられそうだ。できる限りキミになじみ、それでいてキミを遥かに超える力をもつ人形にするつもりだ」
「は、はあ……」
やっと人形から解放されたアレクセイは、生きている実感に安堵のため息をついた。もちろんライヤの話など耳に入っておらず、とにかくコノ人コワイという感想しか残っていない。
「さて、先日はあの炎の中で生き地獄とも言える経験をさせてしまったことを、まず詫びたい。完全に私のミスだった。申し訳ない」
「あ、はい……」
「では、次の人形に活かすためにも、キミの力について聞かせてもらえないか?」
どうやらライヤの中では、アレクセイは人形に憑依して災害現場に出ることが決まっているようだ。
「ああ、そうだ。その前に言わねばならないことがあった」
「え、まだなんかあるんですか……?」
アレクセイはすっかりライヤを警戒してしまう癖がついてしまった。
そのライヤが微笑む。アレクセイはビクっと一度身を震わせてたじろいだ。
「改めて。白鉄騎士団団長のライヤだ。入団おめでとう。これからよろしく頼む」
そう言って差し出された右の義手を、アレクセイは少し遅れてからしっかりと握り返した。
そして初めて家族でもない相手に、憑依について話をした。
とはいえ、魂が体を出てなんにでも乗り移れる、という点でライヤの想像していることと差異はなかった。
だが、乗り移る対象に目や鼻など、アレクセイがそう認識できるものがないと視覚や嗅覚はなく、魂で感じるしかないという話を、ライヤは興味深く聞いていた。
そうして話は進む。
「つまり魂はそもそも動けないものなのだな?」
「ええ。そうですね。強力なモンスター、あのコッカトリスでさえも、魂を追い出してしまえば、もう自分では戻れないです」
通常、魂は自分で動かせない。だが、考えてみれば当然のことだ。可能ならば誰でも体から出て自由に動けるようになっているはずだから。
「体から出された後の魂は、あの霧の化物のように霧散してしまうものなのか?」
「この間、距離の限界があると感じたことと似たことなんですが、体とのつながりが切れてしまうとそうなることが多いと思います。ただ、体がなくとも存在する幽霊とかも存在するので一概には言えないけど……」
ライヤは「なるほど」と小さくつぶやき、また改めて「魂は動けない、か」と独り言のようにつぶやく。
「俺が初めて出てしまった時も、体に戻れなくて大慌てでした」
幼かった頃に、孤児院で初めて魂が体から出てしまった時は、自分の体が下に落ちているのに近づくこともできなくて、絶望したのだった。
たまたま、子供達が眠ったかどうか見回りにきた神父が、倒れているアレクセイを見つけてくれた。
あの時、神父は上を見て、下を見て、目玉が飛び出すくらい驚いていた。<古い言葉>は下手くそなくせに、魂がなんとなく見える人で助かった。
とはいえ、魂を掴めるわけではないので慌てふためいていたが。
やっと体を魂に押しつけられて、なんとか戻れたという顛末だった。
あれ以降、魂にマナを使うという、普通ならやり方も分からないことが、なんとなくできるようになった。そのおかげで移動も可能になったが、その機会のない生き物はまず無理だ。
「魂が抜ければ、だいたいの場合は死か。とはいえ、アレクセイ本人は自由に移動できる。これは興味深いな。誰か人間に試したことは?」
「そんなのないですよ!」
つい語気が強くなってしまった。
これはアレクセイ自身が絶対にしないと決めていることだ。相手を殺してしまうかもしれないのだから、敵対する危険なモンスターにしか絶対に行わない。
その線引きを間違えたら、本当に自分は生まれてきてはいけなかった存在になってしまう。
禁忌なのだから他人も怖いだろうが、本人だって自分という存在に恐怖しながら生きてきたのだ。
「ああ、これはすまない。悪気はないんだ。とはいえ、人間での実験はされていないのだな」
ライヤはじっとアレクセイを見つめた。なんか嫌な予感がする。
「私に試してみてくれないか?」
「絶対にダメです!」
……本当にこわい、この人。
でも、まさかこういう風に食いついてくる人がいるとは思わなかった。
「あの、ライヤさんは俺のこと気味悪くないんですか? 禁忌ですし、そんな人間を騎士団に勧誘とか、やっぱり……」
「バカを言ってくれては困る。いいか、キミは私にとって希望なんだよ」
希望?
ライヤはそんな疑問に答える前に、「少し私の話をしよう」と言ってから話し出した。
「私は手足と家族を理外災害でなくした。運よく当時の白鉄に救出されたんだが、一部の生還者に出る兆候が私にもあってね、混ざっていたんだ」
理の外の災害にあった者が、突然なにかができるようになったりすることがある。それは魂に理の外の何かが混ざったのだろうと言われている。
ライヤがそうして得たものは、マナを使った道具を作る“技師”の知識と閃きだった。
同じように白鉄騎士団には混ざり者が多いという。
「あの理の外の存在が憎い。だから、死なない<勝手に動く人形>の開発を目指している。ようするに、新たな生命を作ろうとしているわけだ」
それは不可能と言われている。なぜなら、そこは神の領域なのだから。
だが、それでもライヤは高みを夢見て手を伸ばし続ける。それが彼女の原動力だからだ。
「白鉄に入ってから、少なくない仲間を見送った。災害現場では命ある者では踏み込めずに助けられない命も多くあった。だから、<勝手に動く人形>でなくとも、安全に救うために、死なない才能を探していたんだ」
……死なない才能。
「まだ志半ばだが、キミという存在と出会う奇跡が起きた。まさに死なない才能だ。私の勝手な理想を押しつけて悪いが、本当に私にとってキミは希望なのだよ」
……この間、めちゃくちゃ死にそうになったんですけど?
だが、このライヤの視線を前にそうは言いづらく……。
ただ気になることがあった。
混ざり者。
アレクセイは自分の出生を詳しく知らない。
もしかしたら……。
と、そこでドアが開いた。
団長室をノックもなしに開けるなんて誰だろう――とそんな風に思ったが、振り返って確認するより先に、鼻腔をくすぐる甘い匂いで分かった。
「サーシャ!」
「や、アレクセ、イ。久しぶ、り」
サーシャがやってきて、ひとまずはこの話は終わりになった。
これから入団手続きだ。
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