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第一部・二章
交わるは龍へと至る道と異端を裁く道
しおりを挟むアレクセイが騎士団で働きだすまで、「まずは剣と、サーシャとのマナの連携訓練だ」と前向きに勤しんでいる頃、冒険者クラン“龍へと至る道”は厳しい状態の中にあった。
荷物持ちのアレクセイを追放してわずか数日。あれから連日のダンジョンへの挑戦だというのに失敗が続いている。
かつては31階層以降が目標だったのが、今では15階層まで辿りつけないありさまだ。
このわずか数日で“龍へと至る道”のメインパーティであるイゴール達が、仕事のランクを落としたと、冒険者ギルドでは話題になっていた。
落ち目だ、と影でささやかれ出している。
冒険者達の間では博徒と同じような考えが蔓延している。
くすぶりは伝染する、と。
「ハッ、ずいぶんと露骨なこった」
イゴールは酒場に入るなり、自分達を遠巻きに見て、薄ら笑いを浮かべる中堅冒険者達に聞こえるように言った。
以前のように、“龍へと至る道”にあやかろうと近づく者はいなくなった。
だが、それを薄情だとは言わない。自分達は命のやり取りをしているのだ。くすぶりが伝染しないように、ゲンも担げば最後の最後には運頼りにもなる。
それを責めようとは思わないし、そんなことにいちいちかまってもいられない。
イゴールは思う。
自分はやれる。だが、もう一人だ。メンバーを守れるあと一人の誰かが必要だ。
前に進むためにあと一人欲しい。
遠征に出ているパーティも一度呼び集め、全体の改変を考えている。
全てはあの天を統べる龍へと辿り着くために――。
龍こそが最高の死に場所だ。
「……望みはほんのわずかの名誉、いくばくかの報酬、そして両手にあまる自由と、最高の死に場所だ」
イゴールはつぶやく。最近はとんと聞かなくなったが、これは昔は冒険者の間では流行り文句だった。今でもこれこそが冒険者の本質だと言い切るイゴールは、若い世代の冒険者に影で老害と笑われてもいる。
もはや自分などは時代遅れなのだろうという自覚もある。
だが、それでも龍に焦がれる。
どんな名誉よりも、どんな贅沢より、どんな女との一夜より、龍と戦って死ぬ――その最期にこそ思いを馳せる。
イゴールの座るテーブルに酒の入ったジョッキを、メンバーの男がもってきた。
「あいつがいた頃は上手くいってたんですけどね」
「あ? あいつはただの荷物持ちだろうが。なに言ってやがる、あんなのいてもいなくても変わらねえ。そうだろ、お前ら?」
そう全員に振ってもメンバーの顔はいまいちパっとしない。
「ちっ、どいつもこいつもしけたツラしやがって。幸運の女神はむっつりよりも赤裸々を好むもんだ。てめえら、今はくだらねえこと考えねえで飲んで食って騒げ」
イゴールが自分の仲間達をそうやって煽ると、あちこちから「おお!」という声が上がった。
だが、そんな盛り上がり始めた空気に、冷や水をかける者がいた。
「イゴールさんよ、あんたがクビにした小僧が、白鉄騎士団と一緒にあっち側相手に活躍したって噂だぜ」
別クランの冒険者だった。見る目がないとでも言いたいのか、口許の端が小ばかにするように吊り上がる。
とはいえ、次に起きたことはこの男には予想外だった。
この場にいた“龍へと至る道”の全員が立ち上がった。熟練冒険者達の物言わぬ怒りがこもったのか、酒場全体の空気が殺気立つ。
軽口のつもりだった冒険者は彼らを見渡した後、自分のクランメンバーへ救いを求めて視線を送った。が、首を横に振られてしまった。
張り詰めた沈黙を破ったのはイゴールだった。
「おい、あいつが白鉄で前線に立ったってのか?」
「は、はい。そういう噂で……」
「あぁ……?」
イゴールの表情が怒気で、まるで発情期の食人鬼のようにゆがむ。小さく「ありえねえ……、認められるかよ……」というつぶやきがもれる。
酒を煽る。
つぶやきは、すぐにはっきりとした宣言へと変わった。
「アレクセイ、てめえが騎士の前線に立つなんざ、そんなことは絶対に認めねえ。おい、調べろ。事実だったら、この俺がぶっ潰す」
彼らの姿を見て、周りの冒険者達はひそひそと声を潜めた。ただ役立たずをクビにしたというだけでは、この怒りようはあまりに異様だ。
“龍へと至る道”とクビになった少年との間に、何か特別な、よからぬ事情があるのではないか――。
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → × 〇 ~
冒険者ギルドに併設された酒場が殺気立っている頃、近くを歩く男がいた。
教会が誇る武力集団、聖堂騎士団に属するコンスタンティンという名の男だ。
傍らに部下を三人引き連れて、王都の入場門に近い下町を練り歩く。傲慢な彼らはこの地域ではあまり受けがよくないようで、通り過ぎる人の中にはわずかに顔をしかめる者も少なくなかった。
だが、今のコンスタンティンはそんなことを気にしてはいない。
ことの発端は先日の聖山でのことだ。
彼は聖山で奉仕作業中に世俗騎士程度に邪魔をされ、怒り心頭で撤退したことを、人生の汚点のように感じている。
その女騎士団長の弱みを握れるかもしれないのだ。
あの現場でのことは思い出すのも忌々しいが、あの時にいた少年だ。
ある異端審問官から聞いて知ったことだが、あの女騎士団長が連れて行った少年は、一年前から異端の調査の対象だった。なんでも禁忌の可能性があるという。
もし、禁忌だとすれば、あの傲慢な女騎士団長の弱みともなる。あの女の弱みを握れば……。
コンスタンティンは下衆なことも考えながら、酒場のドアを開けた。
「冒険者イゴールに話がある。本人は名乗り出よ」
「あぁ!?」
殺気立った冒険者達の視線が、もろにコンスタンティンへと突き刺さる。突き刺さりまくった。
完全にたじろぐコンスタンティン。まさか、聖堂騎士たる自分がこんな威圧を受けるとは思っていなかった。
「おう、俺がイゴールだ。おい、望み通り名乗り出てやったんだ。この後は俺の望みでも聞いてくれんのか?」
「い、いや、すまない。失礼をお詫びする。私は聖教会“銀の聖堂騎士団”が騎士、コンスタンティンという者だ。貴殿と話がしたい」
なんとか言えた。が、イゴールのねめつけるような視線が強い。冒険者達の圧もすごい。
「話というのは、以前に貴殿のクランにいたというアレクセイという少年なのだが……」
「ほぉ、アレクセイのことか」
ここで初めてイゴールは態度を緩めた。それどころか口許に微かに笑みさえ浮かべたのだった。
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