たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・二章

正しさを掲げ、暗躍する

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 この頃のアレクセイの毎日といえば、騎士団で訓練をしてから、サーシャとマナの連携のお手玉をしたり、マナを武器にのせる術を学んだり、その後はサーシャと孤児たちと飯を食べ、そして皆で寄り添って眠るというものだった。
 “龍へと至る道”との確執はあるものの、充実した日常が流れてゆく。

 そんな日々の中、この日常を脅かす異変が影で動き出していた。

『燃えない何かに乗り移れないか!?』

 それはライヤの声。
 先日、駐屯軍が聖山で白鉄騎士団が配置された地点を盗聴していたものだ。異端審問官が軍に何か記録がないかと打診したところ、軍は白鉄騎士団をよほど疎んでいるのか、それとも教会の権威の力なのか、はたまたその両方か、二つ返事でこの機密とも言える情報を渡してくれた。
 どうやらこの騎士団長は盗聴に気を付けていたようで、憑依をほのめかす言葉は使っていない。
 唯一、それと受け取れるものがあるとすれば、これだった。

 今、この音声を軍の開発した遠い耳もどきで聞いているのは、聖堂騎士コンスタンティンと、王都の教会本部でこの地の主教を勤める男だ。何度も何度も繰り返し現場の音声を聞き直す。
 主教が小さくため息をついた。

「コンスタンティン殿、やはり無理だ。これでは異端に認定はできん」
「お待ちくだされ。乗り移れないかとはっきり言っているではないか。世俗騎士、白鉄騎士団の団長は禁忌の力を目当てに、異端者アレクセイに近づいたのだ」
「いや、さすがにこれでは……」
「主教。異端はまぎれもない事実なのだ。ならば灰は黒として処さねば、禁忌をのさばらせ、ひいては神への裏切りとなる」

 無茶苦茶な理屈だ。こんなことを主教に頼む聖堂騎士がいるなど、以前では考えられなかった。
 だが、西部の教会である普遍派の権力構造を取り入れて、この地の教会もずいぶんと変わってしまった。
 その変化を最も表しているのが――、

「主教、コンスタンティン殿の言う通りですよ。禁忌は生まれてきてはならない存在です。異端とすることこそが、神への信仰の証でしょう。大主教への書状、お願いできますね?」

 ドアを開け、部屋に入ってきたこの男の役職こそ、その変化の象徴の一つだ。
 かつてはこの地の教会にはなかった役職、異端審問官。
 異端に対して血の粛清を担う教会最大の汚れ役だ。特にこの男ヤロスラフは十余年前に魔女の子として赤子まで焼いたという暗い経歴をもつ。

 ヤロスラフは禁忌が冒険者だった一年前からの独自調査の記録を、主教へと差し出した。

「……今度、伯爵となられた方主催の集まりがあるのですが、とても信仰に厚い方でしてね、是非に教会の方と仲良くなりたいとおっしゃられているのですが、主教、一席どうですかな?」

 ヤロスラフはこの主教が伯爵家クラスから出される献金がどれくらいか、皮算用をはじめたことをその表情から読み取った。

 かくして、聖堂騎士コンスタンティンと異端審問官ヤロスラフは、王都地区の主教からの書状を得て、その上の役職である大主教庁、更には府主教庁への目通りの為に馬車の屋形に乗った。

 とはいえ、ヤロスラフとしては忸怩たる思いを抱えていた。現国王が目にかけている白鉄騎士団に、あの禁忌が加入する前に手を打てれば、府主教庁まで行かずともすんだ。しかも聖山で理の外を相手にかつてない程の手柄をあげたらしい。
 このまま騎士になられたら、国王が完全に庇うだろう。前国王に比べて、なにかと教会――普遍派に対してに反発的な男だ。
 禁忌がまだ構成員である内に府主教から、異端であるという認定をとり、早急に処理しなくてはならない。
 そんな焦りを胸の奥にもちながらも、平静を保っている。
 なのに、この聖堂騎士は単純に浮かれ顔だ。
 御者に命じて出発した後、コンスタンティンは満足気にふぅと一息ついた。

「ヤロスラフ殿、ご協力感謝する」
「いや、禁忌とあれば我々の敵ですからな。特にあれはまずい」

 この時点ではヤロスラフが危険視するほどには、コンスタンティンは憑依に注目してはいなかった。元々気に入らない世俗騎士達と、あの女騎士団長に対する復讐心の方が強い。

「そうですかな? 同じ騎士のキズビト、それにあの前団長に比べれば……」
「いや。何も手を打たずに憑依を自由にさせておいては、明日我らが総主教様の中身が異端者に変わっているという危険すらある。国崩しどころの禁忌ではない」

 コンスタンティンはその反論に眉をひそめた。そもそも総主教様に近づくこともかなうまいなどと本筋とはずれたことを思ったが、言い争うのも大人げないと思って頷くだけにとどめた。
 神の正義を示す紋章をつけた馬車は進む。

 禁忌であるアレクセイに異端審問の手が伸び始める。


 だが、今最も大きな問題は彼らではない。

 最上の異変が、誰にも与り知らぬところですでに起きていた。
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