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第一部・二章
最上の異変
しおりを挟むそれは王都から南西に二つ離れた領地、神様のポイ捨てのあったあの聖山とは、また別の山脈が連なる山岳地方の田舎でのことだった。
「うわ。きもちわりぃ」
必死に移動するそのカタツムリを見た少年が、大声をあげて身をよじった。
ここらへんではキグルイマイマイと呼ばれている生き物だ。まるで気が触れたように見えるカタツムリなのだが、その姿は少年の反応が当然のように気味が悪い。
マイマイの長く細い触覚の部分――触るとひょっこりひっこむあの部分が、異様に膨れ上がり、光沢のある緑の縞模様になって、ぎょろぎょろと不規則に動く。
これは後の世ではロイコクロリディウムと呼ばれる寄生虫の仕業だ。
この寄生虫はまずカタツムリに寄生し、次の寄生先の鳥に食べられるようにカタツムリを洗脳、そして目立つ位置まで誘導するのだという。
この見た目の薄気味悪さと、洗脳して他の生物に食べさせるという、あまりに無慈悲な行為に話を聞くだけでも嫌な気持ちをもつ者も多いだろう。とはいえ、こういった話は自然界には決して少なくはない話だ。
だが、今キグルイマイマイに寄生しているのは、ただのロイコクロリディウムではない。
この寄生虫は地底からやってきた。
これもまた理の外の存在――。
この地底の寄生虫にとって唯一の命の危険は、その少年だけだった。
少年が残酷にもこの気味の悪いカタツムリを踏みつけていたら、これから先に起こることは変わっていたかもしれない。
とはいえ、それは誰にも分からないことの上、無意味に命を奪えばよかったなんてことを子供に望むべくもない。
カタツムリは翌日には山へと入り、その頂を目指してのぼった。
草の根本を喰らい、小さな虫を喰らい、花を喰らい、甲虫を喰らい。
鼠を喰らい、
狼を喰らい、
鹿を喰らい、
そして熊を一飲みに喰らい――。
数日後、キグルイマイマイは巨木を軽く喰らう大きさとなり、念願である“それ”に喰われようと山の頂に辿り着いた。
空に向け奇妙な鳴き声を発し始める。
その音は人の耳には届かない高音。
鳴いている間も、虹色に変化しながら光り輝く触覚が、不気味にぎょろぎょろと動き続ける。
“それ”がくるまで、その奇妙な鳴き声を出し続けた。
遥か太古の時代、このマイマイの声とよく似た音の出る道具を、異界に住む者が使っていたという歴史がある。
その道具の名を当時の異界の民はこう名付けていた。
――龍笛、と。
<大きい目>で異常を探す技術者が、この巨大にふくれあがったカタツムリに気がついた時には遅かった。
その鳴き声にいざなわれ、天空から舞い降りる巨大な影が目撃された。
天空の覇者、絶望の代名詞――。
あの龍が地上へと現れてしまったのだ。
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