たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・二章

賭けるべきものはもうキミしかない

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 龍の息吹を感知した瞬間、<守人人形まもりてにんぎょう>は組み込まれているあらゆる術式を解放した。
 その名の通り守るための力を。
 マナを起爆剤とした爆発防御、大気を凝縮させ何層にも重ねた盾、この耐熱素材の上にも幾重にもマナの層を作った。
 龍の圧倒的な力の前に、その全てがどれほどに役に立ったのか分からない。

 だが、その結果は奇跡と言っていい。

 人形は息吹の熱に焼かれても完全に壊れることなく、瓦礫の上に落下したのだから。
 そのままアレクセイは動かない。魂にまで息吹の熱は届いていた。


 龍はアレクセイの生死に関わらず、その魂も一片たりとも残さずに塵にするつもりで近づいた。
 地に降り立ち、かつて街だった瓦礫を踏みつぶしながら、一歩また一歩。

 その前を神鳥が飛ぶ。

「アレクセ、イ!」

 サーシャの呼びかけにアレクセイは応えない。

「くる、な! く、るな!!」

 普段からは信じられない程に声を枯らし、サーシャが絶叫する。神鳥から飛び降りて殴る。マナを込めた拳でその鱗を叩く。それでも龍はまるで動じる様子はない。

「アレクセ、イを守るって言ったん、だ……!」

 鉄よりも硬い鱗に殴打を繰り返す拳は破れ、赤い血が飛び散る。



 龍は蠅を見る目をサーシャに向けた。
 だが、改め直す。この存在を前にした感覚は覚えていた。

 その模様。その<支配者>の言葉をもつ魂。

 たかだか草花にすぎぬ者共のせいで、あの時どれだけの犠牲がでたか――。

 龍の中に激しい感情が湧き上がる。もはや羽虫に対する嫌悪ではない。憎悪だ
 まだ咲かぬ花とはいえど容赦はせぬ――と、感情のままに前足を振るった。
 サーシャはその身を遥かに超える質量に弾かれ、激しい衝撃と共に宙へと舞い上がった。
 神鳥が空中でサーシャの体をその背中に乗せる。

 だが、その神鳥も細く凝縮した光線のような息吹に翼を撃ちぬかれた。



「おさないで! 慌てずに進んでくだ……さ、い……」

 ライヤの叫びが、その光景を見て途切れた。
 開いた小型<門>の前に人だかりができている。救助した一般人達を王城へと送っている最中だ。もう一般人も残り少ない。
 思い思いの礼の言葉をかけながら、人々は門をくぐってゆく。

 だが、今その声はライヤの耳に届いていなかった。
 龍によって、サーシャと神鳥までもやられたのがはっきりと見えたからだ。
 騎士も冒険者も龍が小型<門>に攻撃をしてきた時のために、ずっとマナを練りながら守りの態勢を固めていたが、様子が変わった。

「わりぃ、おやっさん。先に誉れはもらうぜ」

 まず冒険者達が龍へと走りだした。
 やっとアレクセイとまた話ができるようになったというのに、こんなところで死なせてなるものか。
 そんな思いが冒険者達を駆り立てる。

「団長、我々も行きます!」

 そう叫ぶ騎士をライヤは止めようとしなかった。騎士達もまた冒険者同様に龍へと向かう。

「バカどもめ……」

 ライヤはその背中を見てつぶやきながらも、自分も同じく走り出したかった。だが、団長として一般人の避難が終わるまで、ここを離れることはできない。
 最後の一般人を送った後、イゴールを担ごうとした。イゴールを送った後は、自分も龍の元へ行く――そんなつもりだった。
 その時、イゴールが「ライヤ殿……」と声をあげた。

「二つ頼む。俺をここに置いていってくれ。そして、こいつをアレクセイに渡してやってくれ。あいつの魂は死んじゃいねえ。あいつなら……」

 ドヴェルグの打った剣をライヤに差し出した。
 あいつなら――イゴールのその言葉の先の真意をライヤは汲み取った。

「あいつのマナなら……」

 マナは魂に宿る。
 ライヤの知る限り、唯一その魂を直接動かし、鍛えることができる人間。
 ならばそのマナも同様に鍛え続けられてきたはずだ。

 アレクセイは誰ともマナの連携ができなかったという。確かに不器用なのも理由の一つだろうが、それだけではない。
 同じように白鉄騎士団でも、マナのやり取りが誰ともできない者が一人だけいた。
 サーシャだ。
 彼女のマナは騎士達の感覚では同程度の量に思えても、あまりに密度が高すぎて誰も合わせることができなかった。
 だというのに、アレクセイはそのサーシャとだけはマナのやり取りができている。
 理の外の存在――人間とは魂、マナ共に圧倒的な力の差のあるサーシャとのみ、だ。

 <守人人形まもりてにんぎょう>は確かにライヤの最高傑作だ。だが、アレクセイがやったような龍の咆哮や息吹に対策できる術など、悔しいが今の技術力にはない。
 なのに人形はまだ破壊されていない。
 その高密度のマナで人形の力を引き上げて自分を守ったのではないか。

 アレクセイはお世辞にもマナの扱いが上手いとは言えない。体を強くする<古い言葉>も使えるという程度だ。だが、それはサーシャと合わせられるような高密度のマナを扱えていないだけとも言える。
 魂から自動的にマナを引き出す<守人人形まもりてにんぎょう>と、際限なくマナを吸うドヴェルグの剣であれば――。

「その剣受け取ろう」

 ライヤがうなずくとイゴールは笑って見せた。が、次の瞬間、ライヤは<門>の向こうへとその剣を投げ込んでしまった。
 イゴールの顔色が変わる。

「勘違いしないでもらいたい。確実にアレクセイの元に送り届けるためだ。私もアレクセイに賭けてみたい」

 果たしてアレクセイが動けるかどうかも分からない。動けたとしても、この剣で何ができるかと言われれば、それもはっきりとは答えられない。
 そもそもあの絶対王者に対して分のいい賭けなどありはしない。
 龍と敵対してしまった以上、生き残る可能性があるとすれば、もうそれだけだ。

 <遠い耳>に向かい、ライヤはいつもの調子で声を上げた。

「本国、その剣をアレクセイの元へ転送ッ! 今すぐにだッ!」



 龍は解せないままだった。この羽虫は咆哮による魂の束縛の中でも動き回り、息吹を浴びせたというのにまだ生きている。
 そして、何よりもあの魂を直接触れられるおぞましさ。あの感覚を思い出す。

 これこそが恐怖なのだと、龍は初めて知った。

 倒れているこの羽虫が何なのか本当に分からない。いや、この個体だけではない。ここにいる羽虫たちは何かおかしい。何度も何度も邪魔をされ、一度などたった一匹に集めたマナを破壊された。

 今、また他の羽虫たちが大声をあげて龍へと向かっていた。
 どいつもこいつも気味の悪さがあった。
 龍はまずは最もおぞましいあの個体と、天空の草花を共に破壊しようと決めた。

 マナが集まる。凝縮してゆく――。
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