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第一章:光属性の朝日さんの堕とし方

第22話:光とテニス

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「朝日さんって、光のことか?」
「はい、そんな大したことじゃないんですけど……」
「乳のサイズか? だったら、今度家に帰った時にあいつの部屋に忍び込んで調べてやっけど」
「ちげーよ!」

 この人を衣千流さんに近づけていいのか、本気で考える必要があるかもしれない。

「テニスです、テニス。朝日さんってテニスすごく上手いじゃないですか。いつ頃からやってたら、あんな風になれるのかと思って」
「なんだ、そんなことかよ。いつ頃から……そうだなぁ……」

 大樹さんは残念そうにそう言うと、腕を組んで思案し始めた。

「それこそ喋るよりも先に、テニスボールで遊んでたんじゃねーかな」
「そんなに前から? 何かきっかけとかあったんですか?」
「きっかけも何も……うちのお袋が元々プロのテニス選手やってたからだろ」
「えっ!? ぷ、プロ……!? 朝日さんのお母さんが!?」
「なんだ、そんなことも知らなかったのかよ。結構有名だったみたいだし、旧姓の高山たかやま光希みつきでググれば出てくんじゃね?」

 言われてすぐにスマホを取り出して、その名前で検索してみる。

「ほんとだ……」

 検索結果の一番上に、女子プロテニス選手『高山光希』のWikipediaが表示された。

 タップして、内容を詳しく読んで見る。

 朝日さんと同じように、ジュニア時代から有名クラブに所属して第一線で活躍。

 全日本ジュニア選手権をはじめ、多くの国内タイトルを獲得。

 大きな期待を背負って高校卒業と同時に十八歳でプロ転向し、その年に予選を突破して四大大会の本戦にも出場。

 二十歳ではツアー初優勝を成し遂げ、世界ランキングでトップ30入りも果たした。

 朝日さんもきっと、これから同じような道を歩んでいくんだろう。

 そう思わせるような、誰が見ても順風満帆なアスリートとしてのキャリアがそこには連なっていた。

 しかし、その華々しい活躍は直後のある記述を最後に途絶えていた。

 二十一歳の夏に、試合や練習によるオーバーワークが祟って左膝を故障。

 以後、長期に渡ってリハビリを続けるも、選手としては復帰出来ずに引退。

 メディア等への露出も避けるようになり,今は地元のテニスクラブでコーチとして活動しているとだけ記されていた。

「全然、知らなかった……」
「ってわけで、こ~んなにちっせぇガキの頃から母親の英才教育を受けてるわけよ」
「それって……嫌々やらされてたとか、そういう感じではないんですか?」

 母親が自分の夢を子に託して、厳しく指導するなんてのはよく聞く話だ。

 もしかしたら、それが今の彼女の心情に繋がっているのかもしれない。

 そう考えて、少し突っ込んで聞いてみるが――

「嫌々? そりゃねーな。うちのお袋はそういうタイプじゃねーし」

 考える素振りもなく、即断で否定される。

「なんなら俺が辞める時は、別に何も言われなかったしな」
「え? 大樹さんもテニスやってたんですか?」
「中学までな。一応そこそこのとこまでは行ってたけど、よく考えりゃ俺って別にスポーツ好きじゃねーなって思って辞めた。そん時もお袋は、俺の好きなようにすればいいってスタンスだったからな」
「じゃあ、朝日さんは子供の時からずっと、自分の意思でテニス漬けだったんですか?」
「あいつの内心まではわかんねーけど、多分そうなんじゃね。ON/OFFの切り替えははっきりしてるやつだけど、ONの時はそりゃ寝ても覚めてもテニステニステニスの全身テニス人間だよ。あいつからテニスを取ったら何も残らねーだろうな」
「いや、他にもかなり色々と残るとは思いますけど……」

 とはいえ、ずっと近くで見てきた兄の言葉はかなり貴重だった。

 ただ、そこまでテニスに情熱を持っていた人がどうして今はああなってるのかは全く分からないままだ。

 やっぱり、単純に今は疲れてOFFの状態が続いているだけなんだろうか……。

「で、こんな話聞いてどうすんだ?」
「い、いや……何かを成し遂げるような人って、やっぱり小さい時からすごい努力をしてるんだなーって……改めて確認したかったというか……」
「あっ、そう。別になんでもいいけど話してやった分だけ、お前も水守さんの前で俺のことを良く言えよ」

 だったら褒められるようなところを見せてくださいよ。

 とは、教えてもらった手前では言えなかった。

 そうして聞き込みは一旦中止し、水守亭へと向かうために移動しはじめる。

「そういえば、話が変わるんですけど……それってルールレスダンジョンのシャツですよね」

 改めて、隣を歩いている大樹さんの姿を見る。

 デニムのパンツに、長袖のシャツが一枚だけのラフな出で立ち。

 それだけでも画になる人ではあるが、シャツにはでかでかとキャラクターがプリントされている。

 前に、俺が大樹さんに好きなタイトルを聞かれた時に答えた作品のキャラだ。

「おう、いいだろこれ」

 裾を掴んで、よく見えるように恥ずかしげもなく広げてくれる。

 色彩豊かな彩りの髪の毛に銃とチェーンソーを持った少女。

 パンクガール――ゲーム開始前に選択する操作キャラの一人。

 百万本売れたような超大型タイトルではないが、このキャラはやたらと人気が出て、SNSでファンアートなども結構見かけた。

 それがまさかグッズにもなってるのは、流石に知らなかった。

「それ、どこで買ったんですか?」
「ん? 買ったんじゃなくて作ったんだよ」
「作ったって……それ、海賊版ってことですか……?」

 二次創作ではなく、公式の絵で公式のロゴも入っている。

 公式の売り物じゃないなら、いわゆる海賊版だ。

 もしかして、本格的なヤバイ人に格上げしないといけないんじゃないかと考えていると――

「正規品に決まってんだろ。人聞きが悪いこと言うなよ」
「え? でも、自分で作ったって……なのに正規品……?」
「……ん? ああ、そういやまだ言ってなかったか」
「何をですか?」
「このゲーム作ったの俺」
「え、ええええぇぇッ!?!?」

 平然と、驚愕の事実が告げられる。

「正確には、俺と後二人いるけどな。グラフィック担当とプログラム担当が」
「そ、それ本当ですか……? 大学生やりながらゲーム開発も……?」
「まだ会社って言うよりはほとんどサークルみたいなもんだけどな。一応、法人化はしてっけど」

 特別なことではないと言うような口調で話す大樹さん。

 しかし、ゲームを作る側の人たちは俺からすればまさしく神だ。

 さっきまで情けないと思ってた人が、急に見た目以上に輝いて見えてきた。

「しかし、妹のダチに好きなタイトルを聞いたら、自分の作ったゲームの名前が出てくるんだから世の中狭いよな」

 あ、握手とかしてもらった方がいいのかな……。

 サインを書いてもらえそうな色紙とかあったっけ……。

「ところで、お前は作る方に興味ねーの?」
「えっ? いや……俺はそんなの全然……まあ、全く無いってわけでもないですけど……今はそんな……」
「あっ、そう。あん時も結構面白い視点で切り込んできたから、てっきりあるのかと思ってたわ。まあ遊ぶのと作るのは全然違うしな。でも興味出たらいつでも言えよ。軽いインターンくらいはさせてやっから」
「は、はぁ……」

 か、かっけぇ……。

 ちょっと待って、もう無理かも。

 隣を歩いてるだけで緊張してきた。

 憧れのスター選手を前にした子供のような心境で歩き、なんとかバス停に到着する。

 ちょうど同じタイミングで到着したバスに乗り、大樹さんと並んで座席に座る。

 扉が閉まり、バスが発車して少し経った頃……。

「ん……? あれ……?」

 大樹さんが自分の身体を、服の上からぽんぽんと叩き出した。

「どうしたんですか?」

 訝しむと、彼は何かを察したようにポンと手を叩いた。

「わりぃ、財布忘れてきたから金貸してくんね?」

 顔の前で手を立て、笑いながら高校生に金をせびる大学生。

 尊敬と軽蔑の間を反復横跳びされて、俺の情緒はもうめちゃくちゃだった。
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