きつく縛って、キスをして【2】

青森ほたる

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はなればなれ

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俊光様が出張にでかけてから、本社では副社長が社長代理となり、日本に残った私たち秘書課の面々は副社長のもとで、変わらない業務をこなしていた。

ただし、変わらないのは仕事だけで、私の精神状態はそれはもう最低だった。

なんと当初一ヶ月の予定だった俊光様のヨーロッパ滞在はすでに二ヶ月半に達しているのだった。

「渡辺くん、すこし私とお話しする時間はとれますか?」

秘書課のリーダーの後藤さんにそう声をかけられたとき、私はなんとなくこれは怒られるのだろうなということだけわかった。

俊光様がいなくなって二ヶ月半。それは私だってそれなりにいつも通り、頑張っていたつもりだ。

でも、だってもう二ヶ月半も!!!二ヶ月半も会えずにいる。

時々、電話をすることはある。それでも時差はあるし、お互い時間があうわけではない。それなのに電話の俊光様の声ごしに後藤篤志の「社長」なんて声が聞こえた時には、無性にむしゃくしゃした。

私は毎日俊光様のいないオフィスに通っているというのに、篤志は俊光様と同じホテルに宿泊しているらしくそれこそ四六時中一緒にいる。

なんで……私を連れてってくれなかったんだろう、と思う。

それがどうしようもない我儘であることはわかっているから絶対に口には出さないけれど。でも思ってしまうのは仕方がない……。

そう思いだすと、だんだんと仕事に身が入らなくなっているのは事実だ……。


小さな会議室で二人、テーブルを挟んで向かい合わせに座った後藤さんは、怒っているというより心配そうな顔をしていた。

「渡辺くん、体調はどうですか」

これは……ここ最近の私の『体調が悪いのでお休みします』というのを心配しての言葉だ。夜もあまり眠れないせいで朝も起きられず、病院に行っていたと言い訳をすることもある。

体調が悪いと言うのはまあ……嘘だ。でも、本当に精神的に落ち込んでいるのは事実だし……。

「今は、なんともありません。ご心配おかけしました」

後藤さんは本当に私の仮病に気付いていないのかまだ心配そうに眉をよせていた。

「もし体調が不安定ならようなら、しばらく長めにお休みをとってもいいんですよ」
「えっ」

まさかそれを打診するための面談なのだろうか。

というか、おやすみを勧められる社員って、どんな仕事のできない出来損ないなのだろう。いや、私が仕事ができない出来損ないは事実なのだが……。こんな私が出張に同行させてもらえないのは当たり前だ……。

ああまた、うじうじしている……。

「いえ、本当にご心配には及びません。というかご心配をおかして本当にすみません。が、頑張りますので、よろしくお願いします!」

テーブルに頭を打ちつける勢いで頭をさげる私を後藤さんは慌てたようにとりなす。

「それならいいのです。私も心配し過ぎたのもかもしれませんね」
「いえ……、すみません……」
「私からのお話は終わりです。渡辺くんからなにかありますか」

俊光様は、あとどれくらいで……なんて後藤さんに聞いても仕方がない。

「いいえ……」

と、私が答えると後藤さんは優しい微笑みでうなずき、それで面談は終わりだった。

随分と余計な心配をかけているらしい。もっと頑張らないと。わかっているけれど……。

俊光様は、いつ、帰ってくるのだろう。

自分のデスクに戻った私は、パソコンの横に置かれたカレンダーを見て、はあっとため息をつく。

実は……もうあと三日なのだ……今週の金曜日、すなわち私の誕生日まで。

そんな誕生日なんて、子どもでもないしここ何年も気にしていなかったけれど。出張がここまで長引かなければ俊光様と初めて一緒に過ごす誕生日になるはずだったのに……。

けれど、あと数日で俊光様が帰ってくるはずもなく……どうやら一人きりの誕生日になりそうだった。



そして、誕生日当日。

まわりの先輩たちが次々仕事を終えていくなか私はだらだらと仕事を続けていた。

ここ数日、俊光様からの連絡はなし。まあ、もともと連絡するのはいつも私からで俊光様のほうからというのはあんまりなかったけれど。

今日も、早く帰ったところで何があるわけでもない。

誕生日だからってなんの予定もなし。一人寂しくアパートに帰って寝るだけのいつもと変わらない日……一緒に過ごす友達がいるわけでも……そう思って、私は唯一の友達、コータのことを思いだした。

がらんと人の少なくなったフロアの時計を見れば、もうすぐ9時になろうかというところだ。

コータは家にいるだろうか、それともどこかの飲み屋にいるかもしれない。私はバタバタと帰りの荷物をまとめると「失礼いたします」と、飛び出していった。

会社の外へ出て、すぐにコータへ電話をかける。長いコールのあとコータが「はーい、ちぃちゃん」と電話にでた。

なんだかコータのうしろがやたらと騒がしく、どうやら家で一人というわけではないらしい。

「あ、コータ……」
「ちぃちゃん、どうしたのこんな時間に。お仕事いま終わり?」
「あ、うん。今会社出たとこ。なんか急にコータに会いたくなって……コータは今どっかで外で飲んでるの? 合流、してもいい……?」

「あー……」と、コータの声が不自然にのびる。

「ごめんね、いま、この間話したパートナーくんと居酒屋で飲んでるの」
「あ。そ、っか……」

それは仕方ない……。

「ごめんね。ちぃちゃん……なんか元気なさそうだけど。社長さんまだ帰ってこないんだよね……」
「うん……。まあ仕事だから仕方ないし」
「まあ、それはそうだけど。そうだ、それかやっぱり三人で飲もうか。いま、ちょっとちぃちゃんも合流してもいいか聞いて……」

コータがそこまで喋っていたとき、いきなり電話の向こうでザァッとノイズがして、声が途切れる。

「コータ……? もしもし…もしもし……?」

「渡辺千尋さんってあんた?」

いきなり電話口から聞こえてきたのは知らない男の声だった。

「え、あ……はい……」
「いい友達だかなんだかしらないけど、コータとべたべたすんのやめてほしいんだけど。こんな時間に電話かけてくんな、迷惑だから」

いきなり早口で捲し立てられ、そして次の瞬間には、ぶちっと通話が切れていた。

「ぇ……」

ツーツーと通話のきれた電話を馬鹿みたいに耳に押し当てながら、固まる。

今のは、この間話していたコータの新しいパートナーだろうか。あの束縛強めだとかいう。

はあ、これは……完全に、私が、悪者なのだろう。

こんな時間に電話かけてくんなって、それは、そうだ。いつもコータにはなんだかなんの遠慮もせずに電話をかけてばっかりで、コータにはコータのお相手がいるのに、気を遣わせて……。

もう、最悪だ……。

道端で棒立ちになった私を夜の街では誰一人気にかけることなく誰もが早足で追い越していく。

はやく……

俊光様に、会いたい。
会いたい。
会いたい。

指が勝手に俊光様への電話をかけていた。俊光様に、会いたいです。正直にそう言おう。なんなら、今度の休み、私がヨーロッパに行ってもいい。

カチャ、と通信音が切れる。

「俊光様……っ」

勢い余って話し出した私の耳に届いたのは、機械音声だった。

「おかけになった電話は、電波の届かないところに電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、 掛かりません」

呆然と立ち尽くすわたしは、ふと我に帰ってとっさにGPSのアプリを開く。このところ俊光様の位置情報は、フランスの会社かその近くのホテルなことが多い。

けれど……、そのときアプリに表示されたのは、『電源が入っていないため位置情報が取得できません』の文字だった。

アプリを利用しているのだからよく考えればわかる話だけれど、電源が入っていないと、使い物にならないなんて。

電源が入っていないと……位置情報は取得できない。

つまり……私が電源を切れば、どこへ行こうと分からないということになる。

どこへ行こうと……??

といっても、コータには会えないし……一人で飲むくらいしか……なんて寂しい誕生日前日の過ごし方……もっとこう、なにか……。



「いらっしゃいませ。本日は十周年イベントにようこそ~」

語尾にハートがいっぱいつくようなテンションで出迎えられた私は、ぺこりと頭を下げながらお会計を済ませた。

「バッチの色は何色にしましょうか?」
「あ、緑でお願いします」
「はぁい、楽しんでくださいね」

来てしまった、いわゆる、SMパーティに。私の携帯は電源を切って鞄の中に突っ込まれている。

私は受付で受け取った緑のバッチを胸につける。これは、バッチの色でS、M、どちらでもない、を示すもので、私が選んだ緑は「どちらでもない」だ。

こんなパーティで素直にMのバッチなんてつけたら、どうしてもパートナーさがしに間違えられる。それはさすがにまずい。

元々はどこかバーにでも行こうかと思っていた。お店を探していると、昔何度か訪れたことのあるこのお店で開店十周年のパーティが催されていたのだ。

SMパーティは昔はよく行った。そういえばコータと出会ったのもそういうパーティだったし、一人でも、パートナーと来ることもあった。俊光様と出会ってからは一度も来ていない。

このSMパートナーとの出会いを求めるような雰囲気といい、ステージで繰り広げられるSMショーといい、俊光様のいかにも絶対NGな要素が散りばめられているからだ。

お酒のグラスを手にあいている席に座る。大きなBGM、人々のざわめき声、お酒のにおい、ステージは遠いが、なにやら真っ赤な縄を使った緊縛ショーをやっていることはわかる。

久しぶりだ、この空気感。まわりの高揚した雰囲気にあてられて、私もすこし胸が高鳴るのを感じた。




純粋にパーティを楽しんでいたのは、途中までだった。

こういうパーティとあってはやはりカップルも多く、なんとなく気まずくなるたびに席をかえていたら、だんだん会場の端っこのほうに追いやられ、ただお酒を飲むペースだけがどんどん早くなって、途中からは若干気分が悪くなるほど酔ってしまったことがなによりの原因だ。

まあ明日も休日だし、別に泥酔してもいいやと正直思っていた。

一人きりの誕生日くらい好きにさせてくれと思う。

恋人からの連絡もなし、おまけにもう二ヶ月以上も遠距離、会わないと人の心はどうやったって離れるものじゃないか……。

「ねえ、だいじょうぶ?」

それが自分にかけられた言葉だとしばらく気がつかなかった。頭のなかは酔い初めのふわふわとした高揚感をとっくにすぎ、ガンガンと不快な頭痛が支配していた。

「きみ……、だいじょうぶ?」
いつのまにかガラスのテーブルに突っ伏していた私が、重たい頭をあげると目の前に屈んでいるのは、私の知っている人だった。

「鈴川さん…………?」

全身黒の装いに、白い手袋をはめているその人は、私の『元』ご主人様だった。

「ち、ひろちゃん?? 千尋ちゃん?! どうしたの、こんな酔っ払って……。一人できたの?? コータくんとか……」

「いない、いないです。一人です……」

ああ、気持ち悪い。なんだか、目の前が暗くなっていた。

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