お仕置きと、恋と、涙と

青森ほたる

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翌日

 5時にセットしていた目覚まし時計が鳴って、私はベッドから飛び起きた。

掛け布団がベッドの横に落ちていて、少し冷えていた身体にひんやりとするワイシャツを着込んだ。

黒いスーツに対して血色の悪い肌と、肩にかかりそうな色素の薄い髪。手鏡にうつる、腫れた両目がいかにも自信なさげに自分を見返す。

昨日あんなみっともない姿を晒してしまい、優太さまにはさぞ呆れられてしまっていることだろう。
私は息をついて、まずは朝食の準備をするためキッチンへ向かった。


 昨日、優太さまが持って帰ってきたスーパーの買い物袋に食パンが入っていたので、朝ごはんはパンにあわせておかずをこしらえることにする。

フライパンの上で油が跳ねる音や、包丁がまな板にあたる音に包まれていると、少し気分が回復してくる。

優太さまは昨日あんなみっともない姿を晒した私にしばらくはここに居ていいと仰ってくださった。長期契約書はまだ白紙のままだが、もしこのまま私の仕事に満足していただければ希望はあるのかもしれない。


 6時を過ぎたころ、ストライプの柄の入ったスーツを着た優太さまが、片手にノートパソコンを携えてリビングにやってくる。

キッチンとリビングの間に壁はなくカウンターで繋がっており、優太さまは私が挨拶するよりも早く「おはよう、章人」と流し台の前の私に目をとめた。

「おはようございます、優太さま。今日の朝食は……昨日の食パンにベーコンエッグとミルクスープとサラダをご用意させていただきました」

「うん、ありがとう。僕は嫌いな食べ物もないし、夕食も適当に作ってくれればいいよ」

「かしこまりました」

 昨晩の一件からまだ心に残る恥ずかしさは、上手く冷静な表情の下に隠せているだろうか。

「そうだ、今日は昼間のうちに買い物に頼んでいいかな」
 傍らにノートパソコンを広げた優太さまの元へ朝食を運び終わったとき、そう呼び止められる。

「はい、承ります」
「まずは、セミダブルのベッドとそれに合わせたシーツ類の寝具一式。あと実家に送る用に適当に福岡の名産品の贈り物を見繕って、便箋と封筒も用意しておいて」

 私は急いでジャケットの内ポケットからメモ帳を取り出して、書き込んでいく。

耳の横の長い髪が何度もすべりおちて目にかかりその度に耳にかけ直した。優太さまはずっとメモを取る私を眺めていたのか、書き終わって顔をあげたとき目が合って、それから「よろしく」と、微笑まれた。

「はい、かしこまりました」




 優太さまの会社は有名な製薬会社で、東京に本社があり福岡は数ある支店の一つだという。

支店とはいえ市内のオフィス街でも周りより一際大きなビルの前で私は「いってらっしゃいませ」と優太さまを見送った。
大勢のスーツ姿のサラリーマンのなかに、優太さまの背中が見えなくなったとき、私は運転席に戻ってそのまま直接買い物に出かけることにした。


 ベッド本体は店内に展示してあったセミダブルのベッドが丁度焦げ茶色のシンプルなデザインのものを迷わずに選んだが、寝具を決める段階になってもっと優太さまの要望を聞いておくべきだったと後悔した。

第一、このベッドは客人用なのか、それとも優太さまが自分用に買い換えようと頼まれたのか、用途を聞くのも忘れている。散々悩んだあげく、店員に推されたオールシルクの銀色がかった寝具一式を選んだ。

「お届け先の住所と、指定のお時間があればご記入ください」
 注文票に住所を書き込みながら、ベッドを置く部屋を忘れずに聞いておかなければと心に留めた。

 デパートのギフトコーナーで福岡の苺を使ったチーズケーキに惹かれながらも、無難に辛子明太子のセットを選び、文房具屋に寄って家に帰るころには、午後を回っていた。

優太さまに無事に買い物を終えたことと、選んだ寝具の写真とついでベッドを置く部屋を尋ねておく。

タイミングがよかったのか、返信はすぐに届いた。



From 山城優太
TO 小川章人

件名 Re:買い物の件

ありがとう。寝具はすべてそれで問題無い。
ベッドを置く部屋だけど、朝、説明し忘れていたね。そのベッドは、章人が使っていい。
昨日母が用意した章人の部屋を見せてもらったけど、あまりにも安っぽいもので気になっていたから、買い替えを頼んだんだよ。
迎えの時間はまたあとで連絡する。

これから接客があるから、返信は必要無いからね。


 
 午後、家事を片付けている間も、夜、会社に優太さまを迎えに行く間も、私はどうベッドのことを切り出すべきか迷っていた。

私にあんな高級なベッドは必要ない。そのことをどう伝えればいいのか。

いざ、優太さまをお迎えしても中々言い出せずに、結局何も言わないままマンションの駐車場に着いてエレベーターに乗り込んだ時になって私はやっと口を開いた。

「優太さま……ベッドの件ですが」
「章人。遠慮するところじゃないからね」

 まるで私が何を言いだそうとしたか了解している様子で、やんわりと制される。私は「ですが」と、優太さまを振り返ると、

「僕は、僕がしたいと思ったことをする。文句はないよね?」

 と、今度はもう反論する余地のないキッパリとした声で言われた。

黒い瞳にまっすぐ見つめられ、私は迷いながらも「はい」と、返事をするしかなかった。

自分の主人に物を買い与えてもらった経験などない。申し訳ないと思いつつも、本当は素直に有り難いという気持ちもあった。

それでも感謝の気持ちを伝えるという行為の不慣れさと、気恥ずかしさで私はエレベーターの階数ボタンに目線を移し「お気遣いいただき、ありがとう、ございます」と、小さく口にした。

するといきなり肩をつかまれて、くるりと身体を優太さまの正面に向かせられる。

至近距離で、優太さまを見上げる形になって、私は息を詰めた。 

「章人。そういうお礼の言葉は、ちゃんと顔を見て言おうね」
 口調は軽く、黒い瞳はきらきらとして口元は微笑んでいたが、私は今にも泣きそうな気持ちになった。

「も、申し訳ございません…っ」

 声が震え、頬が一気に上気したのが、自分でも分かった。

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