お仕置きと、恋と、涙と

青森ほたる

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あとどのくらい

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 優太さまの足音が遠ざかっていき扉の音がして、私は一人部屋に残された。

銀色のシーツに、ぼたっと落ちた涙を、手のひらで拭う。あがった息をなんとか整えようとした。

再度、扉が開く音がしたとき、振り返って優太さまの姿を確認したくなる気持ちを抑えて、じっと待った。


「章人、今日は随分悪い子だったよね」
 うしろに戻ってきた優太さまは、私にそう声をかける。かっ、と頬が熱くなった。

「ご、めんなさぃ」
「もう二度と、こんなことにならないように、最後にこれで少しだけ厳しいお仕置きにしようね」

 そう言って優太さまが私の目の前に出したのは、黒い靴ベラだった。

「はい、優太さま」
 私は唾を飲み込んで、なんとかそう返事をする。優太さまに道具でお仕置きされるのは初めてだ。

「頭、下げて」

 ほんの少し曲げた頭を、軽く押さえられて、シーツにおでこがつきそうなくらいに下へ向かされる。

お尻がだけが突き上げられる、身体に覚えのある体勢に心臓がきゅっと縮こまる。

さらに、その無防備にさらされたお尻に靴ベラがあてられて、全身に震えが走った。

「10回、自分で数えなさい。いいね」
「は……ぃ…っ」

 声を絞り出して返事をする。お尻に当てられた物が離れてすぐ、ひゅんっと空気を切るような音がしてバシィイインンッ!!!と、切るような鋭い痛みが走る。

「あぁぁっっ……!!」
 身構えていたのに僅かに背中が反って、声が喉をついて出る。

「ぃ、いっかい…。あぁぁっっ!!に、にかい!!さんかいっ!!!」

 必死になって数を数える私に、立て続けに痛みが襲う。一打ごとに足を踏みしめ、身体を揺らしながら何とか耐える。

「ひぃいいっ…っ?!?!」
 バチィイインンッ!!と斜めに痛みが走ったとき、身体がよじれ思わず膝を折ってその場にしゃがみこんでしまう。

「ご、ごめんなさぃっごめんなさいっ…っ」

 床に突っ伏して、涙をぼろぼろと垂れ流しながら繰り返す。

すぐ立ち上がらなければと頭では思うのに、どうしても身体が言うことを聞かない。

「章人」

 優太さまの手が軽く触れただけなのに、じんじんと熱をもったお尻には、それだけで鋭い痛みが走って、私は小さく悲鳴をあげた。

「章人、ほら、お尻あげて」
「も、もう…っ…っ」

 もう、いや、と思わず言いかけた言葉は、口にする前に飲み込む。そんな弱音を吐いて、優太さまに呆れられたくない。

「章人。数はどうしたの?今のは何回目?」
「っ…な、ななかぃ……?」

 ほんの少し自信がなくて小さな声で答えたが、優太さまの「そうだね」という声が聞こえてきて大きく息を吐き出す。よろよろと立ち上がって、もう一度ベッドに手をついて頭をさげる。

「それじゃ、残り三回ね」

 体勢を崩したことで、数を増やされることを覚悟していたが、優太さまはさらりとそう言っただけだった。

お尻に硬い靴ベラが当てられて、全身を強張らせる。

ヒュッと、空気を切る音がして、間髪入れず二打続けて振り下ろされる。

「あぁぁんんっはちぃかいっ!! っぅきゅうかいっ!!」

 軽く靴ベラが位置を確かめるように、お尻に二三度あてられたあと、ヒュンバチィイインと、今までで一番鋭い痛みが走る。

「ひぃっっ…ぁあああっ!!!」

 背中が反り返り、掴んだシーツを引っ張りながら叫ぶ。

「あぁんんっ…んんんっ…」
「章人、ほら数は?」

 私は何度も息を吐き出しながら、

「じゅ、じゅっかい…ぃっ…です…っ」
 と、なんとか答える。

お尻も喉も焼けるように痛い。

「よし!! お仕置き、おわり!!」

 優太さまの声に一気に身体の力が抜けて、ベッドに上半身をもたれかけ、足を折ってうずくまった。

吸っても、吸っても、息が苦しい。視界が霞む。

「章人、ベッドに横に……」

 優太さまがなにか言いかけてやめ、慌ただしく駆け寄ってくる足音がする。

背中に手が優しく触れる。

身体に腕が回されて倒れこんだベッドから抱え上げられ、強く抱き寄せられた。

「あきひと。だいじょうぶ…?」
 息が止まり、それからまた堰を切ったように涙が溢れてくる。

「ゆうたさ…ま…っごめんなさぃ……ごめんなさいごめんなさぃ」

 優太さまの胸に顔をうずめて泣き続ける私の背中を、優太さまはただ黙ってゆっくりと撫でた。

苦しかった息も、どくどくと脈打っていた心臓音も、緩やかに治まっていく。

「いい子だね、章人」

 優太さまは締め付けていた腕をそっと解くと、私とまっすぐに目を合わせて頭を撫でた。

「お尻、ちゃんと手当しておこうね」

 私の心が溶けるほどに、優しい顔で微笑む。

私はただぼんやりと頷いて、立ち上がる優太さまを目で追う。優太さまは窓際の机の上から、透明のボールと白いタオルと、グラスを持って戻って来た。

「涙も汗もこんなに流したんだから、しっかり水分補給しないとね」

 優太さまは私の額の汗を軽く指先でぬぐい、私の両手に冷たい氷水の入ったグラスを持たせた。

私がグラスに口をつけると、優太さまは満足そうに頷いて、今度はタオルを持ってきたボールの中の氷水に浸す。

私はグラスの水で喉を冷やしながら、優太さまがタオルを絞るのを眺めていた。

優太さまは何度かタオルを氷水につけたあと、最後にもう一度かたく絞ったものを持って近づいてくると、そのタオルをほんの一瞬だけ私の頬に当てる。

「タオル、冷たくて気持ちいいでしょ。お尻、冷やしてあげるから、ベッドに横になってごらん」

 優太さまは私の手から空になったグラスを取り上げて、ベッドを軽く叩いて私を促した。

私が倒れこむようにベッドにうつ伏せになるとすぐに、ひんやりとしたタオルがお尻の上に乗せられる。

その冷たさで、ほんの少し痛みが遠のいていく。

優太さまは私の隣に腰掛け、私の髪をあやすように弄っていたが、いきなり、すっと立ち上がり歩き出してしまう。

「ゆ、ゆうたさまっ…」
 私は思わず上半身だけ起き上がり、優太さまの腕を掴んだ。

「優太さま、ど、どこに…」

「ん、大丈夫だよ。洗面所に、章人の汗拭くタオル取りに行くだけ」

「ど、どこにも、行かないでください……っ」
 優太さまの顔を見ることはできない。

シーツを見つめたまま、ただ手を離したら優太さまが消えてしまうかのように、きゅっと掴んだ手に力をこめた。

「章人……?」
「そばに、いてくださいっ……っ」

 頭では優太さまの言葉をちゃんと理解しているのに、口から出た言葉はめちゃくちゃだった。

「お願いしますっ。わ、私を、一人にしないでくださぃっ」

 こわい。
一人になるのがこわい。
ただ側にいてほしい。
私の側で、私の名前を呼んでほしい。
私にずっと触れていてほしい。
私は、本当に我が儘だ。

「わかった。ずっとここにいる。章人を一人になんかしない」

 優太さまの優しい声が、きっぱりと私にそう告げる。腕をつかんだ私の手を取り、きゅっと握る。

私はふらふらと身体の力が抜けて、顔から布団の上に倒れこんだ。
「章人」

 ベッドがきしんで、優太さまが私の近くに腰掛ける気配がする。
心が満たされる。
私の罪悪感さえも、消し去っていく。

こんな私を、優太さまはあとどのくらい見放さずにいてくださるだろうか。
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