手とり、足とり、愛してあげる 【2】

青森ほたる

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人形みたいな男の子

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緊縛ショーの合間には、ソファ席では共通の友人の話、最近のSMを題材にしたAVの話とか、鞭を作ってる道具屋さんの話とか(篠崎さんが興味を持っているのがあまり歓迎できない)、グループでの会話に僕はほとんど入っていけなかった。

「シノサキは、アクロトモフィリアのけがあるだろ」

どんな会話の流れだったのか、そう指摘された篠崎さんが、「まあ、否定はしませんが」と肩をすくめる。そもそもアクロトモフィリアとはなんなのかわからない。

でも、みんなと話す篠崎さんを見て、自分の知らない篠崎さんの一面を知っていくことができるのは嬉しい。アクロトモフィリアについては、帰って調べることにしよう。

「飲み物、もらいにいこうか」
二人ともグラスが空になっていて、立ち上がった篠崎さんに水野さんが「ユウくんは置いていっていいんだぞ」と、しれっと声をかけてきたが、篠崎さんはもちろん当然のように僕の手を掴んでバーカウンターまで引っ張っていった。


フロアは僕らが到着したときよりまた一段とお客さんが多くなっていて、気をつけていないと肩と肩がぶつかるような混み具合だった。

「ユウくん、ちゃんと楽しい?」

となりに立っていても声が聞こえづらいくらい、ざわざわと騒がしく、お酒のグラスを受け取りながら、篠崎さんは僕の顔を覗き込むようにして尋ねる。

「楽しいです!!」

僕が大きな声で答えると篠崎さんはにこりと笑う。

「よかった。このあともまたショーもあるみたいだし、楽しみだね」
「はいっ」
篠崎さんは片手にグラスを持ち、片手でまた僕の手首をつかんで歩き出したが、バーカウンターから数歩行ったところで、

「あっ」

真横から来た人を避けようとした拍子に、僕はなみなみに注いであったハイボールを思いきり床にこぼしてしまった。

周りの人にかからなかったのは良かったが、ワイシャツとスーツの袖口が思いきり濡れてしまった。

「あちゃあ、濡れちゃったね」

篠崎さんはポケットから真っ白なハンカチを取りだして躊躇いなくべたべたになった僕の手を拭く。

「ご、ごめんなさい」
「よしよし、大丈夫だよ」

優しい声で慰められ、それから、もう一度新しいお酒をもらいに戻ったが、「ユウくん危なっかしいから」と、篠崎さんが僕のぶんのグラスまで持ってくれた。

篠崎さんにグラスを二つ持たせたまま、僕はただうしろからついていくだけという役に立たなさだが、篠崎さんと僕の関係ではこれは、いつものことといえばいつものことだ。

二人で、さきほどのソファ席に戻ろうかというところで、「シノサキさん」と、銀スーツの若い男性に呼び止められ、人混みのなかで足をとめる。

「唐島店長」と篠崎さんはすぐに反応して「こんばんは。今日はお客さんとしてお邪魔してます」と頭をさげるのにあわせて僕もぺこりと頭をさげる。

「いやぁ、嬉しいですよ。シノサキさんに来ていただけるなんて……」
店長さんの愛想のいい挨拶からはじまり「そういえば少々ご相談したいことがありまして……」とそれから二人で、仕事の話が始まる。

仕事の話はなんだか長くかかりそうで、僕がちょっと手持ち無沙汰だな、と思い始めたそのときだった。

「……っ!?!?」

後ろからとつぜん伸びてきた手に、僕は口をぐっと押さえつけられ、そのまま片腕をつかまれて人混みの中に引きずられるように、篠崎さんから引き離される。

ぐいぐい引きずられていくが、人が多すぎて、人混みの間からちらちらと見え隠れする篠崎さんも店長さんも、僕が突然消えたことに全く気づいていない。

フロアを突っ切って、連れて行かれたのは、個室トイレにつづく短い廊下で、そこでやっと、僕は口を押さえられていた手から解放され、無理やり引きずっていた人物と顔を合わせた。

「ユウくん、びっくりさせて本当にごめんね」

目の前にいたのは、くっきりとした二重に大きなうるうるの黒目、凛々しい眉毛と、すっと通った鼻筋、おそらくリップを塗った赤い唇…………至近距離で見つめられるとくらくらするような美青年だった。

「はじめまして。シノの新しい恋人のユウくん。僕、ユウくんに会ってみたかったんだぁ」

正面から勢いよく抱きつかれ、身長はそんなに変わらないのに、僕を引きずってくるだけの力はある彼は、僕をぶんぶんと振り回すようにぎゅうっと抱きしめてきた。

初対面の、いきなりにしては、長すぎるように感じたハグは、突然の出来事に声を失っていた僕がやっとしぼりだした「ど、どなた様ですか……っ」の言葉にやっと、腕がほどかれる。

「僕ね、シノとは仕事上でよく受け手のパートナーになる青斗だよ。あ、でも、シノには一切恋愛感情ないから安心してね。ちゃんと別のご主人様がいるんだぁ」
青斗は、軽く顎を持ち上げてほっそりとした首に巻かれたこれまた細い首輪をつまんでみせた。

「会いたかったユウくん見かけたら嬉しくなっちゃって、つい拉致しちゃった。ユウくん色んな話には聞いてたけど、ほんとにかわいいね」

どう考えても、そう弾むような声で喋る彼のほうが可愛い。

篠崎さんの仕事上のパートナーついては今まで一切聞いたことがないけど、たぶんそれなりの人数がいるんだろうなとは思っていた。積極的に会いたいとは思っていなかったしむしろ会えば嫉妬してしまうだろうから絶対に会いたくないと思っていたが、彼は、なんかもうそういう感情すら湧かない。

なんだか作り物のお人形のように綺麗で現実味がないのだ。

「青斗さんは……縄が好きなんですか?」

こんな綺麗な人が、自分と同じ趣味を持っているのが信じられない気持ちでたずねると、青斗さんはうんうんと笑顔で首を縦にふる。

「もっちろん、縄が一番好きっ!他にも結構色々なんでも好きだけど~、あ、痛いだけなのは嫌い」

「い、っしょです」と思わず小さくうった相槌は、青斗さんが「あちゃあ!!」と発した声にかき消された。青斗さんは、僕の肩越しに人混みのなかをつま先立ちで眺めていて、

「シノってば、君がいないことにもう気づいちゃったみたい」

と、心の底から残念そうに言った。
「あっ……」
「戻ったほうがいいね。ユウくん、シノには、トイレに行ってたって言うんだよ。僕のことぜったい言ったらダメだからねっ!!」

「えっ、え!? なんでですか」

戸惑う僕に青斗さんは、まるで同情するように形のいい眉を寄せて小首をかしげた。

「えーそれはもちろん、シノのそばから勝手に離れて、他の男と話してたなんて言ったら、ユウくんシノにめちゃくちゃ痛―いお仕置きされちゃうだろうから。ユウくんがそれでもいいならいいんだけど……」

それは、ぜんっぜん、まったく、よくない……。

「ほら、行って行って」

青斗さんは、僕の肩をつかみぐるっと回してどんっと人混みのなかに押し出す。押し出された勢いのまま駆けていくと、人混みのなかの篠崎さんは唐島店長のとなりで、きょろきょろと不安そうに周りを見回していた。

「しの、さき、さんっ!」
「ユウくん」

ばたばたと駆け戻った僕に、篠崎さんは一瞬だけほっとしたように目元をゆるませたあと、きゅっと眉を吊り上げて

「離れちゃダメって言ったでしょう。どこ行ってたの?!」

と、騒々しい店内に負けないような鋭い声で問い詰める。

「ど、どうしてもトイレに行きたくて。篠崎さん、お仕事のお話中だったから邪魔したら悪いと思って……」

するっと口にできた言い訳に、篠崎さんは半分納得したような軽いため息をつき、先ほどより少しだけ落ち着いたような声で、「それで、私との約束破っていいの?」と、言う。

「ごめんなさい……」

こういうときは、すぐにごめんなさいを言うべきだということくらいは、篠崎さんとの付き合いで学んでいる。

篠崎さんは僕の顔をじっと見つめて、それから先ほどからずっと少しだけ困ったような顔で隣にいた店長に、「唐島店長、さきほどのお話はまた後日」と頭をさげてから、「ユウくん行くよ」と、目で合図する。
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