きつく縛って、キスをして【3】

青森ほたる

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いつもの平日夜

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「ちょっとまって、今何時?!?!」

いつもの平日、バーAXVのソファ席でお酒を飲んでいた私は、時間を確認するのを忘れていて勢いよく立ち上がる。

「ええっもうこんな時間!!」
「千尋くん、どうしたの、慌てて?」
「ちぃちゃんね、門限があるのよ」

コータがそう言うと「なに門限って? 千尋くん、子供みたい」と、ソファ席にどっと笑い声がひろがったが、全然笑い事じゃない。

平日飲みに行くのはいいけれど、23時までに必ず家に帰ること。俊光様に決められたルール。破った場合は……。

「ねえ、私のジャケットどこっ? ないんだけど!!!」

店にはいったときに脱いだジャケット置き場には、いろんなお客さんのコートやジャケットが折り重なるように置いてあって見つからない。

「コータくん、ついに酔いどれ千尋くんのお世話係卒業?」

「そう卒業、卒業。大学生みたいなめちゃくちゃな遊び方して意識なくなるまで飲みつぶれてたちぃちゃんが今や門限を気にする優等生ちゃんなんだから」

「信じられないねえ」

「ほんと、私が何回、駅のトイレで介抱したか……ほとんど意識のないちぃちゃんを何回、自分のベッドで寝かしてあげたか……。人って変わろうと思えば変わるものなのねえ」

そんな呑気な会話にツッコミをいれる余裕もなく、なんとか自分のジャケットを探し当てた私は、ばたばたと会計をすませて「じゃあねっ」と、コータに手をふる。

「またね、ちぃちゃん」
「うん。また連絡する」

ジャケットの前ボタンを止める暇なく腕を通しただけの状態で店を飛び出し、駅への夜道を走る。

まずい、まずい。やっとこのあいだの外出禁止がとけて、飲みに行けるようになったというのに。もしもまた外出禁止になったら……夜の楽しみが減ってしまう。

もちろん、仕事終わりにそのまま俊光様と一緒に帰れる日は飲みになんていかない。俊光様と同じ車で同じ家に帰って、同じ夜を過ごす。憧れてた恋人生活だから!

でも、俊光様と一緒に帰れる日はあまり多くはない。とくに最近はまた一段と忙しくなっている。相変わらず秘書課として大した地位の出世もない私は多くの仕事を任されているわけではないので、その全てはわからないが俊光様が体一つで持っていることが不思議なくらいの仕事をこなしていることはわかる。

本当はもっと、おうちで二人でゆっくりする時間がほしいのに。あの寝室の大きなベッドの上で、俊光様の両手でぎゅうっと首を絞められて……。

酔って火照った頬がゆるむ……なんて、妄想をしている暇はない。そう、急がないと。門限ぎりぎりなのだ。なんとしても、なんとしても、間に合わないと………………。

「千尋さん。3分、過ぎてますね」

大きな玄関の扉のところで、最寄駅から全速力で走ったせいで肩で大きく息をする私を見下ろして佐久間さんが告げる。

「……っっ……っ……門からっ、玄関まで遠すぎるんですよ!!!」

佐久間さんは無言で、そんなこと言われても、という目をした。

そもそもの原因は、お店をぎりぎりに飛びだしたとき乗りたかった電車を乗り過ごしたことにある。その次の電車に乗った時には一度諦めかけたけれど、全速力で走れば間に合うのではないかとわずかな望みにかけて走ってきた、けれど。本当に門から玄関までが遠すぎる!!だって、この家の門にたどり着いた時がぎりぎり23時といったところだ。全速力で走っても3分かかる庭って…………!

「佐久間さん、あの……っ。3分ですよ。たった3分」

「だから、なんですか?」

口調も目線も、めちゃくちゃに冷たい。
俊光様と付き合い始めて最初の頃はもうすこし、俊光様の恋人として優しくされていたような気がするのに。
一緒に暮らし始めてから、段々と、私に遠慮がなくなっているというか、愛想を尽かしているというか……?

「千尋さんにとって3分過ぎるのは良くて、ではそれが4分だったらどうなんですか? 5分なら? 10分なら? どこかで線を引く必要があるから23時と決められた時間があるのでしょう」

そんなの、黙るしかなくなる。でもたった3分見逃してくれてもいいのに。納得しない気持ちが顔にでていたのか、佐久間さんは黙り込んだ私をじっと見つめたあと、

「門限に遅れたうえに、反省する態度が見られなかったということまで報告しておきます」

といって、くるりと踵をかえした。

「佐久間さんっ!?」

私は慌てて佐久間さんの背中を追いかけて家に入る。

「ひ、ひどいです!!!」
「ひどくないです。事実なので」
「あのっ!私、ちゃんと、反省しています!!!!もう絶対二度と遅れません!!!あのそれに本当に遅れないように頑張って走ったんです。頑張って走って帰ってきたことは伝えてもらえますかっ?」

「言い訳は直接、俊光様にどうぞ」

佐久間さんは、それ以上私に構っている暇はないというように、ぴしゃりとそう告げた。
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