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第三章 交点に降るは紅の雨
27 ベレン卿からの依頼
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「……人が消えている、ね……」
賑わう大通りを外れて、カイトとアイビス向かったのは、小さな宿屋だ。
ベレン卿からの依頼は次のようなものであった。
『領内で人が消えている。その原因を探ってほしい』
その一報がベレン卿にもたらされたのは、つい先日のことだった。
最初に気がついたのは、衛兵の一人。ある宿の女将から、「うちのお客が帰ってこない」と通報された時、(聞き覚えがある)とハッとした。
以前の記録を調べたところ案の定、ひと月前に同じような報せを見つけたのだ。
たった二件。偶然だと簡単に片付けることもできた。だが衛兵はその先を調べた。
そして領内で幾人もの行方不明者が出ていることを突き止めたのだ。
「人身売買、か?」
「どうだろうな」
理由としてはまず第一に思い浮かぶそれに、だがカイトは首をひねる。
「人身売買にしては、おかしな点がいくつかある」
昨日、ベレン卿の執事マックスからの説明を思い出しながら、二人は意見を交わす。
まずは消えているのが旅人であるという点。さらに大人ばかり、それも壮年の男。普通人身売買ならば、御しやすく操りやすい子どもや女性が狙われる。
これまでの調べでは、教会の孤児院や民の中から消えた者は確認できていない。
「だが人身売買であっても、成人の男性を狙う場合もあるだろう?例えば労働力や兵士として」
「まあ、そうだな」
アイビスもカイトも今すぐに結論を出そうとしてはいない。こうして言葉に出すことで自分の考えをまとめ、互いの意見を擦り合わせて、方向性を決めるのだ。
もう一つおかしな点は、場所だ。
このベレン領から、あえて人を攫う理由。
「ここは世界で最も法と警備が厳しい場所だぞ。なぜあえてここで事を起こした?それに検問を、どうすり抜ける?」
他国の人間であっても、領内で罪を犯せば領の法で裁かれることになる。
ベレン領では奴隷も人身売買も禁じられているため、死罪も覚悟しなければ、ここでそんな真似はできない。
「検問、か」
アイビスとカイトは視線で会話し、互いの考えが一致したことを確認する。
ベレン卿がこの事案を一行に任せた理由──衛兵の中に加担するものがいる──その疑惑があるからこそ、外の人間であるカイトたちに任せた。
気を引き締めてから、目的の扉を開けた。
******
「ああ、あの人のこと調べてくれているのかい」
宿屋の女将は人がいいのか、調べに訪れた二人にお茶まで淹れて、消えた客の話をしてくれる。
「独り旅だって言っていたよ。南から来て東へ抜けるつもりだって。宿に荷物を置いて、酒を飲みに行くって出ていったんだ。うちでは食事は出すけど、酒はあまり種類を置いてなくてね。『せっかくベレン領まで来たんだから、故郷の酒でも探してくる』って」
「誰かに会うとか、言ってませんでした?」
「そんなこと聞かなかったね。そもそもここへ来たのは初めてだって言ってたし」
「何かから逃げているような様子は?」
「まさか!気のいい人だったよ。確かに剣は持っていたけど、旅人なら当然の備えだろう?」
アイビスが女将から聞き出した情報に目ぼしいものはなく、それほど時間をかけずに腰を上げる。
ふと、思いついたカイトが、
「その客の荷物は、今どこに?」
立ち上がりながら聞く。
「それなら、領兵さんに預けたよ。貴重品は持って出たみたいだし、身分を示すものもなかったけどね。着替えやら保存食やら、そんなものしか残ってなかったよ」
女将は最後に「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げて二人を見送った。
彼女こそがこの事件の発覚に一役買った人物だ。ふっくらとした頬っぺたを引き締めて、仕事としてだけでなく、心から消えた旅人を心配する様子を見せた。
二人はその足で領兵の詰所へ向かい、荷を見せてもらったが、確かに女将の言う通り、新たな手がかりは見つけられなかった。
******
現在一行は三手に分かれて行動している。
まずはカイトとアイビスの組。
二組目はフェザントとヘロン。こちらは町中を歩き回って、店の人や領民から情報を集めている。
主にヘロンがあっちこっち動き回って、会う人会う人に話しかけるのを、フェザントが「はぁはぁ……ぜぃぜぃ……」息を切らしながら追いかける光景だ。
そして三組目、ユエとラークとクレインとジェイの四人は、ベレン領のギルドを訪れていた。
ベレン領は領主の館を中心に、区画整理されている。
十字の中心に領主の館、そこから東西南北に十字行路が伸び、横長の楕円形の領地を区切っている。さながら大陸の縮図のようだ。
道は格子状に作られているため、初めて訪れた者でも迷うことはない。
全ての道に番号が振られていて、例えばベレン領のギルドの場所『西四北三』ならば十字行路の南北路から西へ数えて四番目、東西路から北へ数えて三番目の道だということだ。
******
ベレン領のギルドは来客万来だ。仕事を求める傭兵と依頼に来た商人たちで溢れている。
依頼するでもなく、仕事を探しているでもない四人は、忙しそうな職員に声をかけるのを躊躇って、少しばかり時間を無駄にした。
いつまで待っても手が空きそうにないと察したクレインが、心の中で詫びながら、「あの!」一人を呼び止める。
「はい?ご依頼ならあちらの列に──」
「いえ、依頼ではなくて!!少しお話があります」
「は、い?」
そこでクレインとまともに目が合った職員は、その美形っぷりに固まってしまった。
だがクレインはそれ幸と、
「ここの責任者にお目にかかりたい。これを渡してください。中を見ればきっとお会いになってくれると思いますので!」
一気にまくし立てて、封のされた手紙を職員に押し付ける。
職員はポーッとしたまま、だがクレインの言葉に操られるように歩き、二階の扉に消えて行った。
「大丈夫か?」と顔を見合わせた四人だが、あっという間に、責任者と思われる男が転げるように階段を降りてきた。
「っ、お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
先ほどの慌てっぷりをなかったことにして、五十代くらいのその男は恭しく先導していく。
周りの視線から逃れるように四人は、首を引っ込めてそれに続いた。
二階の奥の部屋へと招かれ、ワグナーと名乗ったギルドの責任者は、改めて対峙した四人に戸惑いを覚えたが、今度はそれを顔には出さない。
「……それで、ベレン卿の使いの方が、何用でしょう?」
クレインが渡した手紙には、ベレン家の紋が封蝋されていた。
いつもは泰然自若を旨に、この大きなギルドを率いるワグナーだが、さすがにかのベレン卿からの手紙には手が震えざるを得なかった。
その上これを届けたのは、兵や役人には見えない四人組だ。(しかも全員美形──いやいや!!それは関係ない!!)そんなどうでもいいことが頭をよぎって、ワグナーはとにかく自分を取り戻そうと深呼吸をした。
ワグナーの心中を察しずに、
「先にベレン卿の手紙を読んでください」
クレインはさっさと話を進める。
「読っ?!これは私が開けていいものですか?!」
「……ええ、読んでくれないと話が進まない」
驚きに飛び上がって、ズレた眼鏡もそのままのワグナーに、クレインはすでにイライラし始めている。
ベレン卿の館に滞在し、何度も直接話したことがあるクレインには理解できないのだが、ワグナーの反応は至極当然のものなのだ。
いくらベレン卿が気さくで、町にもよく顔を出すとは言え、一般人からすれば雲の上の、その上の、その上の──とにかく己とは全く世界が違う人物なのだ。
ワグナーはこのベレン領のギルドの責任者となって五年経つが、ベレン卿からの手紙など受け取ったことはもちろんない。
ワグナーが目にするのは『ベレン領』からの文書であって、ギルドとの窓口である顔見知りの役人がいつも届けてくれる。
その役人に心の中で助けを求めながら、だが『読め』と言われて読まないという選択肢は、彼にはない。
意を決して、震える手で蝋を破る。
恐る恐る指の先で手紙を扱うその様子は、本人は『触れるのも憚られる!』という畏敬の念からなのだろうが、一周回って、汚いものになるべく触りたくない手つきにも見えた。
クレインがさらにイライラを募らせるほど時間をかけて、何度も何度も、上から下まで目を走らせる。
「……それで?引き受けていただけますね?」
とうとう急き立てたクレインに、ワグナーはほとんど泣きたい気分で、顔を上げた。
「……お引き受けは………………でき、かね、ます……」
(ああ……!ベレン卿からの頼みを断るなんて……!!明日にはこの頭と胴体は繋がっていないかも……)
そう思いながらも、ワグナーは表情を繕い、覚悟を決めた。
「引き受けることは、できません……!」
「ベレン卿からの直接の頼みでも、ですか?」
「誰が相手であっても、ギルドの傭兵の情報を、お教えすることはできません」
キッパリと否やを突きつけたワグナーだったが、「っひぃ」クレインの背後からジェイの目力に気圧されて、喉奥で悲鳴を上げて、いまいち格好がつかない。
だがそれでも、ワグナーは頑なに首を縦には振らない。
ジェイを抑えたクレインが、考えるフリをして言葉を探すフリをする。
「これはベレン卿個人からギルドへの『お願い』です。確かに公式なものではない。だからこそ、我々、中立の立場の者が使者を務めている」
「『中立』……ですか?」
「ええ、我らは言わば、ベレン卿に雇われた傭兵です。この通り、ギルドに登録しています」
腕につけた腕輪を示して、クレインは交渉を続ける。
「ベレン卿はもちろん、ギルドへ干渉するつもりはありません。あくまでギルドの独立性を尊重して、こういう形を取っています」
「それならば、ギルドとしては傭兵を守る義務があることもご存知でしょう?」
「はい、だからこそ、お願いしています」
「……?どういう……?」
ここでたっぷり間を溜めて──
「ベレン卿の『お願い』は、ギルドの傭兵の安全にも関わるからです」
クレインは今回の行方不明事件のあらましを語る。
「──それで、行方不明者の一人の荷物に、これが……」
「ギルドの、腕輪……」
ワグナーの手にラークから渡されたのは、銅色の線が走る見慣れた腕輪。
「今回の事件の被害者像は、『独り旅の男性』──ギルドの傭兵の身にも危険が及んでいるのでは……?」
この腕輪の持ち主は、カイトとアイビスが話を聞きに行った、あの宿の客ではない。
およそひと月前の、もう一人の被害者と思われる人物のものだ。
その人物も帯剣した二十代後半くらいのガタイのいい男性だった。
宿に残されていた荷物を衛兵が預かり、その中にギルドの腕輪を見つけ、ベレン卿の手に渡った。
それを被害者の手がかりとして、今回クレインたちが預かってきたのだ。
今回の事件の捜査が難航しているのは、被害者たちが旅人だからだ。それも独り旅。彼らの身分を知る者もいなければ、行動を辿ることもできない。
取っ掛かりになれば、と一行はまず、被害者の情報を集めることにした。
「この腕輪の持ち主の、例えば仕事の内容を探るつもりはありません。開示できないのなら、そちらで調べてくれるだけでも構いません。……とにかく、手がかりが欲しいんです」
ワグナーから然りを引き出すまで、いつまでも粘る覚悟だった四人だが、
「……承知、しました」
今度はあっさりと頷かれて、
「いいん、ですか……?本部とかに、許可を取ったり……」
クレインの方が戸惑う。
「私の責任において、お引き受けします。──どの道、傭兵の身分を調べるには、この腕輪を登録したギルドか、本部に問い合わせることになります。ここからなら──本部の方が近い。許可を取ったその足で、身分を照会して参ります」
大陸で最も忙しいギルドを預かる責任者としての顔で、これからの行動を計算する。
自ら本部に赴く覚悟で、ワグナーはすでに心を決めた。
一気に切り替わった雰囲気に唖然とする四人を見て、やっとワグナーにも微笑む余裕が出てきた。
「……ベレン卿は、領地の悪評にも繋がりかねない大変な情報を明かしてくださいました。『信頼には、信頼を』それがギルドの信条です」
ワグナーには、ベレン卿が権力で押し切らなかったことが、何より決め手になった。これで役人や兵士を並べて、恫喝するようなことがあれば、例え刃を突きつけられようとも、首を縦には振らなかっただろう。
「あなたが言われた通り、これは傭兵を守ることにも繋がります。最終的に、どこまで開示できるかは本部の意向になりますが、この腕輪は、私ワグナーが、責任を持ってお預かりいたします」
丁寧に頭を下げて、腕輪を大切に布に包んだ。
******
「長くても一週間以内に──」ワグナーからの連絡を待って、再びギルドを訪れる約束をして、四人は席を立った。
賑わう通りを戻りながら、四人はホッと顔を合わせる。
「……だいたい、予定通り、かな?」
ギルドとの交渉に最も向いていたのは、アイビスだろう。
だがカイトが指名したのはクレイン。
曰く、「ギルドの人間は、傭兵や商人との交渉など日常茶飯事だ。脅しや泣き落としは効かない。クレインのような見た目の方が有効かもしれない」と。
気が進まないクレインに、アイビスが交渉術を伝授したのだ。
クレインはとにかく表情を変えずに、相手の目を見つめて話すこと。
口下手なジェイは、黙って背後に立って睨み続けること。
ユエとラークも、黙って顔を見せていればいい──と。
先にベレン卿からの手紙で圧力をかけ、その後こちらから先に情報を渡し、そして『あくまでギルドのためでもある』と強調し、最後に少しだけ譲歩する。
まさにカイトとアイビスの目論見通りに事は進んだ。
しかしこの短時間で話がまとまったのは、責任者がワグナーという人物だったからに他ならない。
柔軟な考えができ行動力も責任感もある、長として相応しい対応を見せた。
何はともあれ、役目を半分終えた四人はベレン卿の館へと、足取りも軽く戻ることができる。
──いや、ユエを除いて、だ。
ユエは自らこの組に加わった。
町の人や宿の人に話を聞く他の二組には、向いていないことは自分で分かっていたからだ。
と、言っても、こちらの組でも役に立った実感はないため、三人より少しだけ気落ちしていた。
そんなユエを横目で見守るラークは、以前のヘロンの言葉を心配して、三人に付いて来たのだった。
『ジェイが一番ユエのこと嫌ってる』
(うーん……やっぱり僕には、そんな感じはしないけどなあ……)
ジェイは元兵士だけあって、ラークにも感情を読み取ることは難しい。
(うーん……ただのヘロンの思いつきかなあ?)
首をひねりながら、三人の後を追った。
賑わう大通りを外れて、カイトとアイビス向かったのは、小さな宿屋だ。
ベレン卿からの依頼は次のようなものであった。
『領内で人が消えている。その原因を探ってほしい』
その一報がベレン卿にもたらされたのは、つい先日のことだった。
最初に気がついたのは、衛兵の一人。ある宿の女将から、「うちのお客が帰ってこない」と通報された時、(聞き覚えがある)とハッとした。
以前の記録を調べたところ案の定、ひと月前に同じような報せを見つけたのだ。
たった二件。偶然だと簡単に片付けることもできた。だが衛兵はその先を調べた。
そして領内で幾人もの行方不明者が出ていることを突き止めたのだ。
「人身売買、か?」
「どうだろうな」
理由としてはまず第一に思い浮かぶそれに、だがカイトは首をひねる。
「人身売買にしては、おかしな点がいくつかある」
昨日、ベレン卿の執事マックスからの説明を思い出しながら、二人は意見を交わす。
まずは消えているのが旅人であるという点。さらに大人ばかり、それも壮年の男。普通人身売買ならば、御しやすく操りやすい子どもや女性が狙われる。
これまでの調べでは、教会の孤児院や民の中から消えた者は確認できていない。
「だが人身売買であっても、成人の男性を狙う場合もあるだろう?例えば労働力や兵士として」
「まあ、そうだな」
アイビスもカイトも今すぐに結論を出そうとしてはいない。こうして言葉に出すことで自分の考えをまとめ、互いの意見を擦り合わせて、方向性を決めるのだ。
もう一つおかしな点は、場所だ。
このベレン領から、あえて人を攫う理由。
「ここは世界で最も法と警備が厳しい場所だぞ。なぜあえてここで事を起こした?それに検問を、どうすり抜ける?」
他国の人間であっても、領内で罪を犯せば領の法で裁かれることになる。
ベレン領では奴隷も人身売買も禁じられているため、死罪も覚悟しなければ、ここでそんな真似はできない。
「検問、か」
アイビスとカイトは視線で会話し、互いの考えが一致したことを確認する。
ベレン卿がこの事案を一行に任せた理由──衛兵の中に加担するものがいる──その疑惑があるからこそ、外の人間であるカイトたちに任せた。
気を引き締めてから、目的の扉を開けた。
******
「ああ、あの人のこと調べてくれているのかい」
宿屋の女将は人がいいのか、調べに訪れた二人にお茶まで淹れて、消えた客の話をしてくれる。
「独り旅だって言っていたよ。南から来て東へ抜けるつもりだって。宿に荷物を置いて、酒を飲みに行くって出ていったんだ。うちでは食事は出すけど、酒はあまり種類を置いてなくてね。『せっかくベレン領まで来たんだから、故郷の酒でも探してくる』って」
「誰かに会うとか、言ってませんでした?」
「そんなこと聞かなかったね。そもそもここへ来たのは初めてだって言ってたし」
「何かから逃げているような様子は?」
「まさか!気のいい人だったよ。確かに剣は持っていたけど、旅人なら当然の備えだろう?」
アイビスが女将から聞き出した情報に目ぼしいものはなく、それほど時間をかけずに腰を上げる。
ふと、思いついたカイトが、
「その客の荷物は、今どこに?」
立ち上がりながら聞く。
「それなら、領兵さんに預けたよ。貴重品は持って出たみたいだし、身分を示すものもなかったけどね。着替えやら保存食やら、そんなものしか残ってなかったよ」
女将は最後に「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げて二人を見送った。
彼女こそがこの事件の発覚に一役買った人物だ。ふっくらとした頬っぺたを引き締めて、仕事としてだけでなく、心から消えた旅人を心配する様子を見せた。
二人はその足で領兵の詰所へ向かい、荷を見せてもらったが、確かに女将の言う通り、新たな手がかりは見つけられなかった。
******
現在一行は三手に分かれて行動している。
まずはカイトとアイビスの組。
二組目はフェザントとヘロン。こちらは町中を歩き回って、店の人や領民から情報を集めている。
主にヘロンがあっちこっち動き回って、会う人会う人に話しかけるのを、フェザントが「はぁはぁ……ぜぃぜぃ……」息を切らしながら追いかける光景だ。
そして三組目、ユエとラークとクレインとジェイの四人は、ベレン領のギルドを訪れていた。
ベレン領は領主の館を中心に、区画整理されている。
十字の中心に領主の館、そこから東西南北に十字行路が伸び、横長の楕円形の領地を区切っている。さながら大陸の縮図のようだ。
道は格子状に作られているため、初めて訪れた者でも迷うことはない。
全ての道に番号が振られていて、例えばベレン領のギルドの場所『西四北三』ならば十字行路の南北路から西へ数えて四番目、東西路から北へ数えて三番目の道だということだ。
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ベレン領のギルドは来客万来だ。仕事を求める傭兵と依頼に来た商人たちで溢れている。
依頼するでもなく、仕事を探しているでもない四人は、忙しそうな職員に声をかけるのを躊躇って、少しばかり時間を無駄にした。
いつまで待っても手が空きそうにないと察したクレインが、心の中で詫びながら、「あの!」一人を呼び止める。
「はい?ご依頼ならあちらの列に──」
「いえ、依頼ではなくて!!少しお話があります」
「は、い?」
そこでクレインとまともに目が合った職員は、その美形っぷりに固まってしまった。
だがクレインはそれ幸と、
「ここの責任者にお目にかかりたい。これを渡してください。中を見ればきっとお会いになってくれると思いますので!」
一気にまくし立てて、封のされた手紙を職員に押し付ける。
職員はポーッとしたまま、だがクレインの言葉に操られるように歩き、二階の扉に消えて行った。
「大丈夫か?」と顔を見合わせた四人だが、あっという間に、責任者と思われる男が転げるように階段を降りてきた。
「っ、お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
先ほどの慌てっぷりをなかったことにして、五十代くらいのその男は恭しく先導していく。
周りの視線から逃れるように四人は、首を引っ込めてそれに続いた。
二階の奥の部屋へと招かれ、ワグナーと名乗ったギルドの責任者は、改めて対峙した四人に戸惑いを覚えたが、今度はそれを顔には出さない。
「……それで、ベレン卿の使いの方が、何用でしょう?」
クレインが渡した手紙には、ベレン家の紋が封蝋されていた。
いつもは泰然自若を旨に、この大きなギルドを率いるワグナーだが、さすがにかのベレン卿からの手紙には手が震えざるを得なかった。
その上これを届けたのは、兵や役人には見えない四人組だ。(しかも全員美形──いやいや!!それは関係ない!!)そんなどうでもいいことが頭をよぎって、ワグナーはとにかく自分を取り戻そうと深呼吸をした。
ワグナーの心中を察しずに、
「先にベレン卿の手紙を読んでください」
クレインはさっさと話を進める。
「読っ?!これは私が開けていいものですか?!」
「……ええ、読んでくれないと話が進まない」
驚きに飛び上がって、ズレた眼鏡もそのままのワグナーに、クレインはすでにイライラし始めている。
ベレン卿の館に滞在し、何度も直接話したことがあるクレインには理解できないのだが、ワグナーの反応は至極当然のものなのだ。
いくらベレン卿が気さくで、町にもよく顔を出すとは言え、一般人からすれば雲の上の、その上の、その上の──とにかく己とは全く世界が違う人物なのだ。
ワグナーはこのベレン領のギルドの責任者となって五年経つが、ベレン卿からの手紙など受け取ったことはもちろんない。
ワグナーが目にするのは『ベレン領』からの文書であって、ギルドとの窓口である顔見知りの役人がいつも届けてくれる。
その役人に心の中で助けを求めながら、だが『読め』と言われて読まないという選択肢は、彼にはない。
意を決して、震える手で蝋を破る。
恐る恐る指の先で手紙を扱うその様子は、本人は『触れるのも憚られる!』という畏敬の念からなのだろうが、一周回って、汚いものになるべく触りたくない手つきにも見えた。
クレインがさらにイライラを募らせるほど時間をかけて、何度も何度も、上から下まで目を走らせる。
「……それで?引き受けていただけますね?」
とうとう急き立てたクレインに、ワグナーはほとんど泣きたい気分で、顔を上げた。
「……お引き受けは………………でき、かね、ます……」
(ああ……!ベレン卿からの頼みを断るなんて……!!明日にはこの頭と胴体は繋がっていないかも……)
そう思いながらも、ワグナーは表情を繕い、覚悟を決めた。
「引き受けることは、できません……!」
「ベレン卿からの直接の頼みでも、ですか?」
「誰が相手であっても、ギルドの傭兵の情報を、お教えすることはできません」
キッパリと否やを突きつけたワグナーだったが、「っひぃ」クレインの背後からジェイの目力に気圧されて、喉奥で悲鳴を上げて、いまいち格好がつかない。
だがそれでも、ワグナーは頑なに首を縦には振らない。
ジェイを抑えたクレインが、考えるフリをして言葉を探すフリをする。
「これはベレン卿個人からギルドへの『お願い』です。確かに公式なものではない。だからこそ、我々、中立の立場の者が使者を務めている」
「『中立』……ですか?」
「ええ、我らは言わば、ベレン卿に雇われた傭兵です。この通り、ギルドに登録しています」
腕につけた腕輪を示して、クレインは交渉を続ける。
「ベレン卿はもちろん、ギルドへ干渉するつもりはありません。あくまでギルドの独立性を尊重して、こういう形を取っています」
「それならば、ギルドとしては傭兵を守る義務があることもご存知でしょう?」
「はい、だからこそ、お願いしています」
「……?どういう……?」
ここでたっぷり間を溜めて──
「ベレン卿の『お願い』は、ギルドの傭兵の安全にも関わるからです」
クレインは今回の行方不明事件のあらましを語る。
「──それで、行方不明者の一人の荷物に、これが……」
「ギルドの、腕輪……」
ワグナーの手にラークから渡されたのは、銅色の線が走る見慣れた腕輪。
「今回の事件の被害者像は、『独り旅の男性』──ギルドの傭兵の身にも危険が及んでいるのでは……?」
この腕輪の持ち主は、カイトとアイビスが話を聞きに行った、あの宿の客ではない。
およそひと月前の、もう一人の被害者と思われる人物のものだ。
その人物も帯剣した二十代後半くらいのガタイのいい男性だった。
宿に残されていた荷物を衛兵が預かり、その中にギルドの腕輪を見つけ、ベレン卿の手に渡った。
それを被害者の手がかりとして、今回クレインたちが預かってきたのだ。
今回の事件の捜査が難航しているのは、被害者たちが旅人だからだ。それも独り旅。彼らの身分を知る者もいなければ、行動を辿ることもできない。
取っ掛かりになれば、と一行はまず、被害者の情報を集めることにした。
「この腕輪の持ち主の、例えば仕事の内容を探るつもりはありません。開示できないのなら、そちらで調べてくれるだけでも構いません。……とにかく、手がかりが欲しいんです」
ワグナーから然りを引き出すまで、いつまでも粘る覚悟だった四人だが、
「……承知、しました」
今度はあっさりと頷かれて、
「いいん、ですか……?本部とかに、許可を取ったり……」
クレインの方が戸惑う。
「私の責任において、お引き受けします。──どの道、傭兵の身分を調べるには、この腕輪を登録したギルドか、本部に問い合わせることになります。ここからなら──本部の方が近い。許可を取ったその足で、身分を照会して参ります」
大陸で最も忙しいギルドを預かる責任者としての顔で、これからの行動を計算する。
自ら本部に赴く覚悟で、ワグナーはすでに心を決めた。
一気に切り替わった雰囲気に唖然とする四人を見て、やっとワグナーにも微笑む余裕が出てきた。
「……ベレン卿は、領地の悪評にも繋がりかねない大変な情報を明かしてくださいました。『信頼には、信頼を』それがギルドの信条です」
ワグナーには、ベレン卿が権力で押し切らなかったことが、何より決め手になった。これで役人や兵士を並べて、恫喝するようなことがあれば、例え刃を突きつけられようとも、首を縦には振らなかっただろう。
「あなたが言われた通り、これは傭兵を守ることにも繋がります。最終的に、どこまで開示できるかは本部の意向になりますが、この腕輪は、私ワグナーが、責任を持ってお預かりいたします」
丁寧に頭を下げて、腕輪を大切に布に包んだ。
******
「長くても一週間以内に──」ワグナーからの連絡を待って、再びギルドを訪れる約束をして、四人は席を立った。
賑わう通りを戻りながら、四人はホッと顔を合わせる。
「……だいたい、予定通り、かな?」
ギルドとの交渉に最も向いていたのは、アイビスだろう。
だがカイトが指名したのはクレイン。
曰く、「ギルドの人間は、傭兵や商人との交渉など日常茶飯事だ。脅しや泣き落としは効かない。クレインのような見た目の方が有効かもしれない」と。
気が進まないクレインに、アイビスが交渉術を伝授したのだ。
クレインはとにかく表情を変えずに、相手の目を見つめて話すこと。
口下手なジェイは、黙って背後に立って睨み続けること。
ユエとラークも、黙って顔を見せていればいい──と。
先にベレン卿からの手紙で圧力をかけ、その後こちらから先に情報を渡し、そして『あくまでギルドのためでもある』と強調し、最後に少しだけ譲歩する。
まさにカイトとアイビスの目論見通りに事は進んだ。
しかしこの短時間で話がまとまったのは、責任者がワグナーという人物だったからに他ならない。
柔軟な考えができ行動力も責任感もある、長として相応しい対応を見せた。
何はともあれ、役目を半分終えた四人はベレン卿の館へと、足取りも軽く戻ることができる。
──いや、ユエを除いて、だ。
ユエは自らこの組に加わった。
町の人や宿の人に話を聞く他の二組には、向いていないことは自分で分かっていたからだ。
と、言っても、こちらの組でも役に立った実感はないため、三人より少しだけ気落ちしていた。
そんなユエを横目で見守るラークは、以前のヘロンの言葉を心配して、三人に付いて来たのだった。
『ジェイが一番ユエのこと嫌ってる』
(うーん……やっぱり僕には、そんな感じはしないけどなあ……)
ジェイは元兵士だけあって、ラークにも感情を読み取ることは難しい。
(うーん……ただのヘロンの思いつきかなあ?)
首をひねりながら、三人の後を追った。
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(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
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